暗闇の中
映像は終わり。光は閉ざされる。
◆また顔出すよ。今度はゆっくり話したいな◆
ぐにゃりと歪み・視線は離れていった。
「――――」
夜空に星が見えた。少し冷たい風が肌を撫でていく。
戻ってきたようだ。第一地区・フェンクス院の屋上。
「……何だったんだ?ありゃあ」
疑問しかない。
目的はいつの間にか果たしていたのか、あっさり僕達を帰した。
(変なもんを見せやがってっ)
まだ胸がむかむかする。冷や汗が残って、気分が悪い。
一発ぶん殴りたかったが、それは叶わず。
胸くそ悪い映像を最後まで見せると、奴は満足したようだな。
「ジン太、お前」
「……少し頭を整理させてくれっ。そんなバカなことがっ」
ダチ公は頭を抱えながらベンチに。やはり心当たりがあんのかい。
(謎の座長・奇怪な場所)
不気味な奴だ。さっぱり行動が分からない。
ジン太は、念の為に駐屯所に行くべきと言っていた。ついでに器検査も。
確かに、どこからでも接続と同じ現象を起こせるとしたら脅威だ。
(もしかしたら、マットンの一味と関係が?)
新聞の一面に載っていた情報によると、一味はどうやら壊滅したらしい。判明している全てのメンバーを捕らえたと書いてあったが、残党がいたとか。
「……俺のせいかもな」
ぽつりと漏れる、ジン太の声。
「どういうこった。ジン太君」
「昔から、俺はある種の不運に付きまとわれてる――」
ジン太はそれから、己の持つ場面破壊について語った。
「いつからだったか、俺はそう名付けていたんだ」
よく格好悪い姿を晒すことがあると思ったが、そんなになのかよ。
「――それの原因が、あの野郎ってことか……まじで?」
「いや、根拠は薄いが……くそっ!聞くべきだったなっ」
「聞いたところで、素直に教えてくれっかね?」
それを避ける為に、さっさと姿を消したのではないか。とも、思う。
「ないか。まさか、マリンも……いや、考えすぎ……」
深刻そうな顔で、ジン太は苦悶に唸る。マリンちゃんがどうしたっていうんだ。
「……とにかくっ!あいつは、また会おう的な事を言った!その時に必ず問い質す!」
苦悶を振り払い、決意の拳を握り締めるジン太。
真実を聞くとは言っても、一筋縄では行かないだろう。
「武器があれば。って、意味ないか」
何か力になれないかと思ったが、今のところ対策は浮かばない。
(あそこに行った途端、動きを封じられるのが見える)
どういう仕組みなのかを理解しなければ、太刀打ち出来ねェ。
「……あんな野郎に好き勝手させるかよ」
敵意丸出しで、ジン太は再会を覚悟したようだ。
「おう。その意気こそ熱血野郎!」
僕も同調し、クソ座長の顔を(想像で)殴った。
◆嫌われたもんだ。けど――◆
「……?」
一瞬、ぐにゃりとした気配を感じ。
それが遠ざかった。
「……」
もう何も感じない。
夜の、冷たい風が吹き抜けた。
「さむっ……そろそろ戻ろうぜ」
「だな」
僕達は話を切り上げ、屋上の出入り口へと向かう。
「――なあ、ジン太」
その途中で、友の背中に向けて声を掛けた。
「うん?なんだよ、ロイン」
ジン太は振り返り、僕の言葉を待つ。
「あー、うん、なんていうかよ、なんていったらいいか」
言葉が詰まって出てこない。僕の喉よ、しっかり働け。
(僕が言いたいことはっ)
何かゴチャゴチャしてるが、簡単な事だろう。
今の内に言っておかなければならない、気がする。
(あの日々に対する言葉。暑苦しい肯定を)
嘲笑の中で貫かれた想い。
それを受けて抱いた感想を、率直に伝えよう。
「お前は暑苦しいよ、本当――サンキューな」
不変の熱意を秘めた・最高の親友に。
(――伝えた言葉は夢に溶け)
光が眩しいな。
僕は大きな夢・海上に一人浮かび、当てもなく漂っている。行き先は分からずに・ぷかぷかと流れ。
服は、私服に変わっている。ようだ。
静かな海は、ひとまず落ち着いた目的を表すかのようだ。
「あー……、もう努力したくねぇなぁ……」
疲れるんよ、なんだかんだで。うん。はい。どっかの熱血人とは違って、紳士の僕は優雅に生きるのが合ってるんじゃないかなって。
そんな風に思ってしまうのは、しょうがねぇよな。
「思っても……頑張っちゃうのは」
愛する女性の笑顔だとか。親友の応援とか。色々あったからだ。
なかったら、投げ出したって構わない。
僕の夢は、大切な人によって形作られたもんなんだから。きっかけは一人の女の子で、それを後押ししてくれる人達がいて、どんどんと後に引けなくなっていった。
だからこそ諦められず。
みんなのおかげで、ここまで来ることが出来た。
「しかし……長かった」
何度の挫折と苦難を味わってきただろう?
アホみたいに死に物狂いで、バカみたいに大真面目に。
「ジン太と再会して」
スカイ・フィールドや天の頂を進み、天上の怪物と戦い。
進んできた道のりは。
「本当の顔を隠しながらだ」
もしもと。思った時がある。
もしも、この姿を晒して戦ったとして。
「みんなは受け入れてくれるか?」
普段の僕の顔は……冷静に考えたら普通かな。
「それが最悪に変わったら」
不快に感じるかもしれない・激しく拒絶されるかもな。
そんな考えが拭えないもんだから、人生はやっぱりくそったれに思えた。
「結果、あの様か」
愛する人には逃げられ、見世物のように笑われてしまった。
こんなものは受け入れられないと、嘲笑が本心を伝えていて。
「この顔じゃ仕方ねぇか」
右手で顔を触る。今では自在に変化させられる様になって、自分で確認したが。
「きつすぎるっ」
あまりに酷い顔だった。
醜い・滑稽・不細工面。好き嫌いとかいう次元を越えた、万人の心を砕く兵器。そう思わせるもんだな。
「大切な人を不快にさせるだけ」
そういう風に変わってしまうなら、重ねた想いに意味なんてあるのかよ。
見せるべきではないんだ。こんなもん。
「だけど」
友は言っていた。
――どんなことがあってもッ!!変わりはしないんだッッ!!!
僕の真実を知ってもなお、全力で叫んでくれた。
奈落の中で聞こえたんだ。その声が。
「……嬉しいもんだな」
強く・真髄な肯定。鬱陶しいと思ってもおかしくないそれが、僕の心を救ってくれたようだ。
「一人だけでも」
そう言ってくれる奴がいる。そんな希望は。
自分でも不思議なほど、僕の気持ちを助けてくれた。
「――」
海と混じり合う、強い感情を伴う涙。
昇る太陽がぼやけてんな。
「……?」
頭の後ろに、ざらついた砂の感触。
「砂浜か」
浜辺に流れ着いたようだ。
ここからは徒歩になるな。
「よいしょっと」
不安定な場所から、地へと両足を着ける。
沈み込む素足が日光の欠片を感じた。
浜の向こうには森林が見える。明るい太陽さえ阻む、暗闇の森。
糞のような場所だ。
「……先へ進もう」
砂を踏み締めて、一つの不安・悩みを消していく。一歩、足を動かす毎に決意は固まって。
ずっと考えていた。
もし。僕の容姿が受け入れられないものだとして、みんなに嫌悪の目を向けられたら。
その生き方は変わってしまうのか?
また昔のようになって――。
「――否」
実際にそうなってみて、僕は確信した。
「これで良いんだ。ロイン」
普通から外れた、ただの化け物よ。
真の姿が、なにをやってもギャグに変えてしまうとしても。
本当を見せた途端、壊れてしまう想いだとしてもさ。
「歩いていく」
重い苦悩がのしかかっても、踏ん張って、悲しみに折れそうになりながら。
光が見えない、暗い森林の中へと。
それを隠したまま、大切な人を想い。
くそったれな人生を行く。