不変
■ポイントが一定数に達しましたので■
■喜劇の星船・本店にご案内致します■
■そんな声が響いた■
(周りの大きな窓から、複数の光が――)
何とも奇妙な光景を見せてくる。
この、僕達を飲み込んだ空間は。
「奇妙奇天烈摩訶不思議、滑稽量産爆笑上等。なる光景こそが、我が本道」
高い天井でくるくる回る、筋肉隆隆たる男達の像(?)。背中から羽が生えていて、それぞれのポーズと表情がシュール過ぎる。落ちてこないよな、あれっ。
「どうか、存分に笑わせてくれ。ジン太・ロイン」
床に敷かれた絨毯には、珍妙な顔をした人の顔が埋め尽くすように描かれている。逆に不気味だ。
「このオレ。喜劇を追い求める――取るに足りない【座長】を」
その顔を踏みつける様に置かれた靴は、とても格好良い印象の黒靴。更に纏う衣服は、執事が着るような礼が表れた灰色のスーツ。ネクタイがびしっと決まっていて、大人の雰囲気を醸し出している。
加えて、かなり整った顔立ち。黒髪。秩序の体現者。
「座長だって?」
僕は身化を発動しながら、警戒態勢。
才物に組み込まれたシステムの一種、【管理体】か?
(管理体。【練兵長】や【船長】のような、才物を司る存在)
「そんなに警戒しなくても……オレはただ、今回の劇に招いただけなんだが」
困ったように笑う、座長を名乗る男。
劇?一体、どういう意味だ。
「こんな状況じゃ無理ねぇだろ。何処だよ、ここは。さっきのはお前がやったのか?」
「此処は喜劇の発信所。――お前達も一緒に楽しもうじゃないか」
「だから、意味がわからねぇってっ」
座長に向けて一歩、踏み出そうとした右足が固まる。
(さっきと同じっ。器の使用も封じられている!)
強固な強制の力。隣のジン太も顔を力ませながら、動きを止められているようだ。
「くそっ!」
「それじゃあ案内しようか。付いてきてくれ」
気にもせずに、クソ座長は振り返って歩き出した。
顔の上を進み、奴の向こうに見える黒く染まったドアへ。
(足が勝手に……。まるで自由が利かない)
勝手に座長の跡を付けてしまう両足。この男の才奥なのか、抵抗できないっ。
「……!」
今は従うしかないのかっ。
とにかく機会を伺わないとな……。
(しかし、本当におかしな場所だ)
大きな丸い部屋。
すれ違っていく、様々な物体。
(ひよこの群れが回っている……本物じゃなくて人形のようだ)
喧しい音を立てながら、内部で何かを回転させている物や。
草のように、ハリセンが多数生えて。
それらは一端に過ぎず、他にもまだまだ存在する。
(頭がおかしくなりそうだぜ)
混沌の形か。
(僕の、隠している顔と同じ)
この空間には、決定的に秩序が欠けている。
「気に入ったか?」
振り返りもせずに、感想を聞いてくる座長。
「……別に」
「残念だ。自慢のエントランスなんだが」
エントランスね。他にもいくつか部屋があるのか。
四方に見える複数のドアは、張りぼてではなさそうだ。
(才物内に蓄積されたサイクロを元に、あらゆるものを構築するシステム――【内部構築】で造られた場所……なのか?)
そうなると、練兵場のように時間の流れが歪んでいる可能性が。助けは期待出来ないか。
(武器もなし。素手でどうにかは)
出来るわけねぇか。管理体だからと言って強いとは限らないが、その傾向はある。
(体は操られ、自由にならない)
二人がかりでも勝てる気はしないが。このままというのも危険だ。
なんとか、ぶっ倒すっ。
(目的が見えてこねぇな、何なんだ?こいつの狙いは)
「――さあ、どうぞシアタールームへ」
黒一色の部屋・闇に覆われた室内。
(点々と椅子が置かれている)
暗闇の中で、それだけがはっきりと映っていた。
両足は、自然に椅子へと向かう。
(形や色が様々)
不規則に置かれた椅子の、一つに引き寄せられる。
(趣味がわりぃな……)
血肉・骨・皮がぐちゃぐちゃに混ざったかのような体に、ぎょろりとはみ出た目玉の化け物。を背後に備えた椅子だ。
座りたくないっ。ぬるっとしそうっ。
「好きな椅子へ座ってくれ」
挑発してんのか?座長さん。
勝手に座っちゃうんだが。
「着席したら少し待って。……直ぐに始まるから」
座長は、僕達を残して闇に溶けた。
「どういうこった……」
呟きが漏れて、頭が混乱する。
「俺も分からん……何の意味があってこんな場所に……」
ジン太も同様の様子で、無駄に格好良い椅子に座っていた。なに、その高そうな椅子っ。
「僕と変われやっ!……じゃなく、あの野郎は場面破壊とか言ってたな」
何の名称だろうか。才力・才物?聞いた覚えはない。
「……まさかな。ないない」
ジン太君。気になる呟きをするなよな。心当たりあるんじゃないのか、その顔。
「病院の屋上から、ここに飛ばされたって訳か……とんでも過ぎる」
空間移動の方法も、あるにはあるがな。
(接続や、修の灯などの【空間調整】)
前者は便利だが、設置条件がある。
(後者も、才物内だけという制限付き)
何の制限もなく、自在に他者を移動させるなんてあり得るのか?
「イレギュラーも駄目か、ジン太」
「元々、使いづらいが……一回だけ何とかなりそうだったんだけどな」
「まずいな。奴は何を企んでるかっ!?」
突如、視界に人型が映る。数は椅子と同数、場所はそれの上に。
(どんどん濃く……)
薄かった輪郭がはっきりと。
そして響き渡る、テンポの良いメロディ。
「うおお!?」
椅子が浮き上がったっ!
(他の椅子もっ)
離れていく床と、上昇していく椅子の群れ。
体は未だ鈍ったまま、動いちゃくれない。
「……これは?」
全ての椅子が一方向を向き、停止する。
高さはバラバラで、不規則なまま。
「!光が」
暗闇を開く輝きが、前方に展開された。
(闇を四角く切り取る、それは――)
「――スカイ・ラウンドっ!優勝っ!見ててくれよっ!」
「は」
息が詰まる、見えるものが信じられない。これは何だ。
「よし!今日から、素振り三百回と……!」
目に映るのは大きな子供の姿。ある日の風景。家の前。木剣を持って、日課のトレーニングを行っている。
この後、木剣がすっぽ抜けて窓を割ってしまう。
「おあっ!?」
ほらな、思った通りの展開だ。
「うおおおっ!今日中に王都一周っ!」
気合いを入れて外に出た、僕はこの後。
(木の根っこに引っかかって、盛大に転ぶんだ)
「いてぇッ!?」
予想的中。僕って凄くね?
(それは、そうだろう)
流れていく映像、映る少年。
これは【僕】だ。必死になってた頃の自分だ。
「……」
右に座るジン太の顔が、驚きで固まっている。
理由は簡単に分かった。
(昔の面影がある……更に醜く。剥き出しになった――僕の顔。【今】の顔、か?)
記憶と重ならない、おかしな映像。
僕の血を凍らせる毒。
「はははっ」
うっかりだな僕。才力発動を忘れているぞ。
そんなんじゃ、笑われちまうだろ。
「――はははははっ!」
聞こえてきたじゃないか、笑い声が。
僕の姿を嘲笑う複数の声がよ。
「当然だろうがッ!!僕を、誰だと思ってやがるッ!!遥か頂ッ!!天の玉座ッ!!憎き宿敵を打ち倒してッ!!そこに座る男ッ!!ロイン・シュバルツだぞッッ!!」
「ぎゃははははっ!!」
周囲に座った人型達が笑う。
堪えきれない負の感情を、発散させていく。
僕が刻んだ想い・過去が、踏みにじられ。
「ありがとう。ジン太」
「ぶっほッ!!」
「ふはっ!!」
言動の度に巻き起こる、笑いの渦。
珍妙に過ぎる顔とのギャップということか。
行動全てが、滑稽に見えてしまうのかも。
「ただいま、先生」
「あははっ!!」
尻丸出しで戦う戦士がいたとしよう・場違いの格好で剣を振ったとしよう・鼻水を噴射しながら、目玉を飛び出させながら想いを口にする奴がいたとして。
「まけ、るかよオォッ!!」
【みんな】笑わないだろうか?
笑わずにいられるだろうか。
(つまり僕の顔とは)
それの究極・圧倒的な視覚干渉。どうしても抗えない、爆笑の極地。
「いや、倒す」
証拠に、【みんな】笑っている。
「あはっ!!あはっ!!」
「ぶははッ!!」
「はッはははッ!!」
人型は見知った顔。
メリッサもリンダ先生もジョージもケビンもゴンザレスもアッシュも――醜い映像に激しい嫌悪感を浮かべ、嘲笑っていた。
望んでいたものとは真逆の、苦痛の笑み。
「ああ、そう。偽物じゃなく本人だ。顔以外に変な小細工もしてない、本当の笑い。逸材だよ。お前は」
いつの間にか左に、質素な椅子に腰掛ける座長が。
「偽、もの」
その可能性もあるんじゃないかと、思ったが。
僕は既に拒絶されている。
それとも、それこそ仕込みか?そう思いたい。
「何の目的でっ、みんなをっ!」
「危害を加える気はないよ。一緒に楽しみたいんだ。……目的は、見定めの一貫ってところか」
「んだよ。そりゃっ」
頭が痛くなる。わけわかんねぇよ。どういうことなんだ。
(まるで全てが悪夢の様で)
吐きそうになって、叫びたくなった。なのに、目を逸らすことすら封じられている。
悪夢なら、どうか早く。
「しかし本当に逸材だ。あらゆる滑稽の要素を詰め込んだような、素晴らしき顔面。全ての出来事をギャグに変えてしまうな、あれは」
「――」
座長の言葉に反発しようとして、出来ない。
僕自身も認めてしまっているからだ。
「ハハ、ハ」
笑いが出てくる。止められない。嘲笑が喉から放たれていく。
(もし、これが本当なら)
僕の頑張りは、努力は、こんな簡単に反転するもんだったってことか。
(脆い脆い、砂の城)
「僕の人生にお前がいてくれたから!!救われたん「あははははっはあはっぎゃはははははははふはっあはは、ハハハハハハハハひはははっはっははっはっはははっっっ――!!」
「――は、は」
右の友も一緒になって、笑いの風を引き起こし。
砂の城は崩れていく、都合の良い虚構は滑稽な劇に壊される。
【否定】の笑いは僕の脳内を蹂躙し、奈落へと突き落としていく。
「ふ、ふふはっ」
染まっていく僕の全て。
頑張ってきた日々。流した涙。乗り越えた壁。
その果てに見れた、望んだもの。
みんな・みんな・ギャグに変わる――。
「変わるわけねェだろ。あほか」
場の雰囲気を両断するように。友の声。
「……ジン太?」
友は体を震わせ、続けて言った。
「……お前の努力がッ!!あの頑張りがッ!!その程度のもんなわけねェだろうがッ!!ロインッッ!!ふざけんなよッ!!」
心の底からの叫びを、本音を伝えてくる言葉。
先程の笑いの意味が、僕が思っているのと違うことに気付いた。あまりの怒りから出るものだったんだ。
「誰が嘲笑おうがッ!!俺が肯定するッ!!胸を張ってッ!!お前の頑張りをッ!!果たした夢をッ!!お前が積んできた努力ッ!!振るってきた剣ッ!!抱いてきた想いはッ!!」
両目に消えぬ熱意。
嘲笑を吹き飛ばすほどに。涙を流し、友は暑苦しく叫ぶ。
本当に暑苦しくて。変わらない、熱血野郎。
「どんなことがあってもッ!!変わりはしないんだッッ!!!」