注意事項
僕は、世界を壊せる化け物なんだ。
子供の頃、そう思ってた。
「おい、またあいつか……」
「見るな、化け物の呪いに掛かるぞ」
通り過ぎる大人達が、くだらねぇことを言ってやがる。
(【最初】からコレだから、慣れたがよ)
本当にそうなら、てめぇら全員この世にいねぇよ。それとも、本当に凄い力が秘められているってのか?
「この村に災いを起こす、伝説の化けモンじゃ……」
そんなもんを本気で信じてんのかよ。狂った村だぜ。
まあ、無理もねぇか?
(周囲と比べて僕の顔は【外れて】いる)
基準から大きく離れた顔面凶器、他人に不快感を与える見た目。人外じみた印象を強く与える。
そこにあるだけで、鬱陶しがられる存在が僕。
(なんだかんだ言って、外見は大事なんだよ)
どんなに頑張っても、視覚的に引っ張られるのは防げない。脆いもんだな意志なんて。綺麗事を言ったところで、顔があれなら絶対拒否。信念?感情?努力?人生?なんの意味がある。ただし美形に限るを忘れてんぞ。
(くそったれだ)
そう人生なんて。生まれつきのもんで左右されるような概念。
こんな下らねぇもんだよな。
(たりねぇよ)
「……ちっ」
小石を蹴って、明後日を恨む。
睨む夕陽はいつも通り忌々しい。
「いてっ!?」
頭に鈍い痛みが走る。
足下に転がる石ころが見えた。さっきの復讐か。
「じゃねぇな」
右の草むらを見ると、悪ガキ風の三人がこっちを見て笑ってやがる。
「やれやれ」
拳を痛めながら、帰路に戻った。
「いてぇな」
鼻をへし折ってやったが、こっちも折れちまったぜ。困るような面ではないが。
(足りないな)
「ただいま」
「……」
薄暗い家に戻ってきた。
扉を開けて挨拶しても、返事はなし。誰もいない訳じゃねぇ。
(母親……じゃなく、こっちを睨んでる赤の他人さん)
白髪混じりで、ごく普通の顔立ちの女性。
目に込められた感情は、そう思うしかないと諦観させる。こういうもんなのか?親って。
「……暗くねぇかよ。ランプ切れてんだろ」
「誰かの所為で肩身が狭くてね。……あんたが買ってきておくれよ。ルビィは渡すから」
「……はいよ」
軽く言葉を交わして、僕は奥の部屋へ。
(集会所近くの店が良いかな。トラブルが少なそうだ)
自室の床に寝転がり、ぼんやりと天井を見つめた。
(……この日々に)
意味なんてあるのか分からないが、何か引っかかるもんがある。足りてねぇんだ、欠けてんだな。
(上手く言葉に出来ないが、僕はそれが欲しい)
いつか絶対手に入れてやる、その為に――。
「うう……」
うめき声が下から聞こえる。聞き慣れてしまった声だ。
赤の他人が床に倒れていて、頭から血を流している。
僕がやった。いつかこういう時が来ると思ってたから、割と冷静だな。
「よくもっ、ばけものっ」
手元のナイフを光らせながら、どうでもいい他人は殺意を向ける。
【放置してはいかん。ちゃんと見張っておけ】
(……仕留めておくべきか)
危険を感じた僕は、物騒な考えを行動に移そうとして。
「めんどくせぇ――じゃあな、ありがとさん」
一応の感謝を伝えて、感慨もなく家を後にする。
村にも家にも、二度と戻ることはないだろう。
「はっ!はっ!ハッ!!」
肌寒い闇の中を行く僕は、腹と肩に感じる痛みを必死に堪える。
(奴等、マジで掛かって来やがってっ!)
着衣に滲む赤は、結構多い気がするな。やべぇかもしれねぇ。あまく見過ぎたかっ。
(遠のく、視界がっ)
死ぬのか僕は。
……ふざけんなっ!死ぬかよっ!
(死に場所じゃねぇんだっ)
まだ足りないんだ、それを手に入れるまでは。
(僕は、くそったれな道を歩き続ける)
「……ッぐ!」
倒れた体に力が入らず、夜空を見上げる形で停止した。
(ここは、どこだっ)
土に背を預けながら、考える。周りには草木が殆どない。
夢中で来たから分からずに、希望があるのかないのか。
(僕、は)
顔から色々溢れてきた、反動かもしれない。
だが、泣いたってどうしようもな――。
「――誰?キミ」
掛けられた覚えのない程、気遣いに満ちた声が鼓膜を響かせた。
女の子の声であることは分かる、なにもんだ?
「えっ、あっ!泣いてるの?てっ!血がっ」
空を隠すように見えた姿は、金髪の少女。しかもカワイイ。
「どっ、どうしたらっ!?ええっとっ」
少女は慌てながら、自分に出来ることを探して。
僕は上体を起こし、その様子を見ている。
「き、キミっ!名前はっ!」
屈んだ少女は、顔を正面から見つめて。僕の名前なんかを聞いてくる。
「……ロイン」
ぶっきらぼうに答えた。
「わたしはメイっ。えーっと、だからっ」
あたふたしながらメイは、こちらに両腕を伸ばし。
「なっ」
僕の体を抱き寄せた。
「泣かないで、ロイン。もう大丈夫だよ」
僕は驚いた。
なにに対して?
(人間の体って、こんなにあったかいのか)
感じた事のない温もり……これが優しさなのかよ。
その少女は本当に大切そうに、僕を抱き締めていた。
「……」
夜空の下で、僕はすれ違いの涙を流す。
【見るな】
【ばけものっ】
足りなかったものが、見つかったような――。
「――またか」
結局、こうなってしまうのか。
彼女を騙し続けた、罰なのかもな。
【あっ、ああっ、これはっ、違うのっ――違うッ】
僕と同じ髪色に変わった女性は、絶望と混乱の中で去っていった。はっきりと拒絶の目を向けたまま。
僕は一人、夜風に晒されながら座り込む。床が妙に冷たく感じる。
「――ロインっ、何があったんだ!」
いや、一人ではねぇな。あまりに帰りが遅いから、熱血野郎が来たようだ。
僕の様子を見て、心配そうに聞いてきた。
「……心配することねぇさ。ただ、自信過剰のバカ野郎が」
見事に大切な人を傷付けて、無様に玉砕したってだけだ。
「はははっ、ははっ!」
「ど、どうしたんだよっ」
どうしたって?笑えてしょうがねぇのさ。
無駄に夢見て、頑張って、その果てに不細工すぎて失敗ってよ。なんだいそりゃ。
一級の喜劇だ。大爆笑だっ。
「はっははっ!!」
まったく、本当に。
【――いやっ!!近寄らないでっ!!】
本当に。
こんなの。
「――――笑えねェんだよおおおオオッッッ!!!」
「不細工な奴は、格好良いことしても無駄なのかよッ!!言っても滑稽でしかないのかよッ!?」
回る回る、心が、不満が、思考が。
「こんな簡単にッ!!あっさりとッ!!」
【まけ、るかよオォッ!!】
止まらない想いを、涙と共に。
「あの想いはッ!!日々はッ!!」
【ずっと一緒に過ごしてきたんだから】
どうしようもない現実に、叩きつけていく。
やりきれない慟哭は、どこまでも深く。
「そんな理由でッ!!台無しになっちまうもんだったのかよォッッ――!!?」
僕の内から吐き出された。
咆哮はどうしても止まらず、空しく夜の中に散っていく。
どう足掻いても陽の光は射してこない、明日が見えない。
「ロイン……」
僕の見る世界が、崩れてしまったかのようで。
「!?」
「なんだっ!?」
ようじゃなく。周囲の風景が【ぐにゃり】と歪む。床も、ベンチも、夜空も。他の空間と混ざり合う。
ジン太の反応を見ると、気のせいではなく。
「これはっ、接続ッ!?」
それと似たような現象が起きている。
訳が分からず、体を動かそうとするも。
(動かないっ!?)
そうしている間に、周囲の景色が一変した。
何もかもが明後日に消え、異質なる空間が出現する。
「だれだっ!?」
変わった世界に、人影が一つ。
(ずっと僕を見ていた存在)
こいつがそうだと、直感で分かった。
「――場面破壊にご注意を。――滑稽なる者達よ」