赤い瞳
なんで、こんな事になってしまったんだ。
俺は選択を間違えたのか?
「……」
怪物討伐に成功し、俺達は命を拾った。みんなの奮闘は成果を見せ、実を結んだのだが……。
(なんてこったよ……ッ)
思わず涙が出そうになり、堪えた。立ち尽くす俺は、動くことが出来ずにいる。
(こんなことってないぜ)
完璧なんてないのだ。どのような結果にも、反動は伴う。
顔を流れるのは血か汗か。
俺はひたすらに怯えていた。
(こんな……。こんなっ)
零してしまったものは、戻らない。
――尻から放出した、波動砲とか。
(くそったれっ!)
心の中で吐き捨てた。
(最後の一撃の直前、発動してしまった)
家を出たときから、嫌な予感はしてたんだよっ。俺の判断ミスが原因だ!
(どうすりゃ良いんだ?教えてくれよ、運命さん)
下手に動いたら、尊厳と一緒に落ちてしまいそうな物体。ぶっちゃけそろそろ笑顔を浮かべて、力尽きたいんだが……っ。漏らしたままなのはっ。
(誰かに気付かれる前に、処理を行うしかない)
諦めるな、足掻くんだ!
「おいっ、なんか臭くね?」
(ケビン――伏兵――!)
背後からの高速の不意打ちによって、体が崩れ落ちそうになる。
(どう、対処をっ)
落ち着くことだ、今は。
冷静・クール・動揺するな!感づかれるぞ!
(クールな己を想像し、構築するンだっ!)
汗を吹き出しながらの攻防。お前は俺が倒す!
(……隙を見つけて、一旦離脱しなければ)
辺りを見回し、機会を伺う。
(……)
荒れた遺跡内には、疲れ果てた戦士達が残っている。
「まいったなぁ、動けないよ。ほんと……助かった」
マルスさんが背を床に寝ていた。傍には、ルドーさんが両膝を立てて座っている。
「はは、情けないな。……やってくれたぜ、クルト。付いて行って正解だっただろ?」
そして、少し距離を置いた地点に。
「ああ――すまん」
損傷が目立つ鎧を着る、怪物がいた。
(まさか、あれだけ苦労したのに)
割と直ぐにあいつは覚醒し、再び俺の前に立ったんだ。
だが、攻撃を仕掛けてくる事はなかった。
(元の状態に戻ったか……完全にとは行かないようだが)
今の内に息の根を止めるべきだ。とは、本人の言。
そこまでしなくてもと、全力で止める戦士達。
(実際、今度こそ本当に限界の筈だ)
座り込んだ姿に覇気はなく、ぴくりとも動けないでいる。
(助けを呼びに行った戦士は除外して……一番元気なのは、あいつかな)
赤髪の斧使い・ゴンザレス。
「ふー……また苦戦しちまったな」
今回が初の実戦らしい実戦の癖に、異常に動けてた男。
(もっと躊躇しても、普通ならおかしくないが)
人を討つ戦いに対する適性が、高いのかもな。末恐ろしい奴だ。
(逆にあいつは)
「ごめん、なさい。すみ、ません」
メリッサは何回も繰り返す。仲間達のピンチに上手く動けなかった、己を責めるように。
その姿からは、いつもの明るい雰囲気が失せていた。
「そんなに自分を責めないで。みんな生きてる」
メイは彼女を抱き締め、慰めていた。
「……」
その光景を見るダチ公は、非常に苦々しい顔。巻き込んでしまったことを、悔いているのか。
(俺の所為でもあるな……)
まさか、こんな事態になるとは。最近、やたらとトラブルに遭ってないか。
俺は――。
「ジン太――漏らしたな?」
右肩に置かれる手が、妙に冷たく。
致死の攻撃が心臓に刺さった。
「え、なんのことですか?」
俺は最後まで諦めない。
●■▲
死闘は終わり、俺達には安息が訪れた。
戦士達は、それぞれの場所で体を休める。
「この恩は必ず返そうッ!!感謝ッ!!」
国に命救われた恩あって、一時的に戦士団入りしているらしい怪物。
クルト……さんは、王都・第三地区に在る監獄に収監。やはりまだ危険なみたいで、色々な部分が本調子に戻らないと言っていた。器の検査が終わるまでは、そのままだろう。
なんでも才力の質が高すぎて、器の制御領域にジュアの力が辿り着けず。そのまま流された所為で暴走、というのが今回の事件の発端らしい。
(俺も同様だ)
ジュアに受けた器の制御・停止。それの後遺症なのか、限界突破がまた不安定な状態に。
ふざけんな!あの野郎!
(せっかく鍛えた力がっ)
ショックで頭を抱える。これが悪夢か……。
(このまま戻らない、なんてことはないよな?)
近くの棚に置かれた瓶を掴み、薬を不安感と一緒に飲み込もうとする。
「苦っ!」
治療の為とはいえ、これはきつい。吐き出しそうだ。
(そう治療の為)
俺は、第一地区の病院に入院していた。
包帯が巻かれた体は、白いシーツの上に。窓を見ると、暖かそうな陽射しが。
「――クソまずッ!!」
対面壁際から聞こえた声は友。
俺と同じ反応を返しながら、ベッドの上で顔をしかめるロイン。少しは包帯が減ったが、まだ退院には掛かりそうだ。イメージの中で、患者用の服が定着している。
「あーあ、せっかく学校が始まったのに……モテモテ・スクールライフはお預けかっ。なんたって、天空の覇者だかんな……ぎゅふふ」
いつもの如く妄言を吐いているので、心配はなさそうだが。申し訳ねぇな。
【これだから熱血野郎は……もっと用心しろよな!まっ、僕の怪我は気にすんなよ!】
まさかロインに言われるとは。返す言葉はないが。
「――キャプテン。よそ見しないで」
怒りと不満を込めた声が、傍に立つ白の少女から。
俺の旅仲間、マリンだ。
「悪い」
「……本当に悪いよ。なんでキャプテンはそうなのかな……」
マリンは両目を瞑り、眉間にしわを寄せた。
(不満が溢れてる。これでも落ち着いたが)
こうなってから初めて会った時は、本当に酷かったな……。あそこまで怒った彼女は見たことない。
(まあ、リアメルでもあの様だったしな)
すまないとは思うが、きっと俺は。
目的によっては、何度でも危険に飛び込むだろう。
(心の底から、やりたいことがあるのなら)
全力をもってそれに挑むべき。
(――それこそが青春というものだッ!!)
「全然、こりてないわね」
「……うん。船長のバカ!」
「今更よ。マリン」
隣に立つ黒衣のフィルと意見を合わせ、罵倒を飛ばしてくる。
おのれフィル!マリンに悪影響を!
「もう船長なんて、嫌い――になっちゃうんだからー!!」
やけくそ気味に背を向けて、病室から走り去っていくマリン。涙声だったな。
(……)
後日、改めて話をする必要があるかもしれない。
「酷い人ですね。貴方は。鬼畜船長」
残されたフィルは、鮮血のような赤い瞳を向けている。気のせいか、濃さが増しているような。
「また、そんな姿になって帰ってきて……心配掛ける男。まさかマットンの一味に関わるとは」
「俺もまさかだよ。……壊滅したらしいな。あの組織」
「ええ、びっくりです」
邪の気配が、彼女の顔に表れた。なんだろうか?
「……今回も、無様を晒したんでしょうね」
「はあ?」
「尻からバースト」
「!!」
ケビンー!!口軽野郎がー!!
「それは、あれで、それで」
「流石の貴方です。期待を裏切らない。その状態で、格好付けたこと言ったんでしょう?」
ぷふふと、フィルは笑いを堪えきれない様子。
「ふん、笑いたきゃ笑えよ」
「あら、不貞不貞しい」
「全力は尽くしたからな」
「……全力ね」
ふと、こちらを見る目が細められた。
鋭く、抉るような視線が刺さる。
「頼みのそれを使っても、クルトにはまるで敵わなかった。貴方が勝てたのは、助力があったから。……少しは落ち込まないのかしら?」
フィルは自然に問う。
危険な香りが漂う、言葉。
「……落ち込むさ。あんだけ差があるとな」
まさかあれ程のもんだとは、天上の格。
遠い地平線に立っている、怪物達。ちょっとやそっとじゃ追いつけないぜ。
【遥か頂ッ!!天の玉座ッ!!】
「――でもまっ、もっと頑張ろうと思うよ」
俺は、フィルの目をしっかりと見て。
「そうなの。――残念です」
背筋が凍る。返答を間違えたのか。
その彼女の顔は、恐ろしいほど無表情。
(真っ赤な両手が、心臓を――)
赤い瞳だけが、殺意を滾らせているように見えた。