天上
――天上とは、ある傭兵集団の名称。
ある者は、一生遊んで暮らせる富を。
またある者は、特殊な土地の情報を。
様々な理由で、彼等は戦った。
敵対者は怯え、逃げ出し。
彼等を、称した。
【怪物】と。
「――その天上が、何を伝えたいと?」
表す感情は変わらず冷たく、立ち姿は揺るがず力強い。
天上の一人、フィルは、冷たい目つきで謎の長髪女性を見ている。
女性は白いフリルのカチューシャを着け、黒を基調としたメイド服を着ていた。ミニスカから覗く右太ももには、空のナイフホルダーが巻きつけられている。
「……その前に自己紹介を。わたしは天上の一人、ドルフの妻、ウィルと申します。以後、お見知りおきを」
紹介の口調は丁寧で、礼儀正しい。
「見事なお手際でした。わたしの勘も、まだまだ鈍ってはいませんね……。ふふ」
投げナイフで攻撃を仕掛けた事実は変わらないが。と、フィルは思う。
「ドルフ。……あのドルフ」
告げられた名前は、確かにフィルが知っているもの。かつて共に戦った仲間の名前。
(――天上。半数以上を上位種族が占める、集団)
脳裏に蘇る記憶は、遠い戦場。
正義感の強い男がいた。彼の振るう斧は、研ぎ澄まされ、洗練されていて。
怠惰の塊の様な男がいた。やる気はなかったが、その才は確かなもので。
形のないものを求めた女がいた。彼女は、戦場で何かを観察していた。
そして、ドルフ。
(一言で言えば、戦闘狂い)
敵の肉を潰し、血をぶちまけ、徹底的に踏みにじる。それを楽しみにするような危険な男。殺戮狂いと言ったほうが、正しいか。
彼はただ闘争を、その先の血の海を求めて傭兵になったような者だ。鍛え上げられた肉体は、その為のものだったのか。素手で敵を粉砕していく姿は、正に異常の極み。
屠った敵の数で言えば、彼が一番ではないだろうか?
(……ドルフの妻、本当だとすれば)
下手に危害を加えるのは、危険。フィルはそう判断する。
(ドルフは凶暴ではあるけど、一緒に戦った者に対しては、情が深い傾向があった)
「無愛想な奴だな。まあ、良いや。俺が好きなら問題なし」
などと、妙に自分に馴れ馴れしかったのを思い出すフィル。いや、全員に対してそんな感じだったが。
「背中を任せる。こっちは任せろ」
彼とは一緒に戦う機会が多かったので、特にそうだったかもしれない。
「え、皆そうなんじゃないのか?常識だと思ってた」
どこか、親しみやすい感じもあった気がする。異常者。
「ノードスの奴、俺の事が嫌いみたいだな。殺意持ってるレベルで。まあ、問題ないな」
仲間から殺意を向けられても、平然としていた男。戦闘での苛烈さとは裏腹に、非常に冷静だった。もしかしたら、フィル以上に。
「一緒に飲まないか?やっぱり友達は大事だよな」
事あるごとに、一緒に飲もうだとか、戦いの感想を語り合おうだとか、誘われたことがフィルにはあった。
「多分、お前達が最後の戦友になるな。感謝するよ。皆に会えて、本当に良かった」
最後に彼はあんな事を言っていたが、妻と名乗るウィルとも、一緒に戦うことで絆を深めたのではないだろうか。彼女に手を出せば、彼が報復に乗り出す可能性は高い。
(というか)
ドルフはなにを?フィルの認識が正しければ、伝言を任せるぐらいなら、自分でなんとか伝えにいくような性格の男。戦闘に関しては凶暴ではあるけど、決して横暴な人物ではなく、普段はむしろ落ち着いていて、常識的な部分がそれなりに多かった。
「……懐かしいわね。彼は現在何を?」
「……」
フィルが自然に放った問い。それはウィルの顔を強ばらせる。もしかして、聞いてはいけないことだったかと、フィル。
(なに?)
少しの硬直時間を経て、彼女は問いに対する答えを口にした。重々しく開かれた唇が、痛ましい事実を語る。
「自動車に轢かれて入院してます。全治二ヶ月です」
「……はい?」
流石のフィルも、少し困惑した表情に。
(入院……怪我をした……自動車?……資料室で見たわね。確かあれは)
異海に存在する、車だったか。
与えられた情報について考えるフィルに構わず、ウィルは言葉を続けた。
「にゅほん?にいほん?……第三異海のそんな名前の国に滞在しているのですが、酔っぱらった状態で無防備なところを、あのアホは、失礼、あの平和ボケのアホは……!!」
歯ぎしりしながら、ミニスカを両手で握りしめて語る彼女の表情は鬼気迫るもので、フィルの背中から様子を伺っていたマリンは、ひえっ、と更に怯えた。
「いや、まいったな。ははは……じゃないんですよ。人がどれだけ心配したと……!……重ねて失礼。少し取り乱しましたね。まあ、とにかくあのドアホは、現在動けない状態なので、わたしが伝言に」
取り乱していることに気付いた彼女は、すぐさま状態を復元した。しかし垣間見えた凶暴性は、真実のもの。
「そういうこと。納得したわ。それで伝言の内容は?」
なんだか腑に落ちないこともあるが、とりあえず伝言の内容を聞いてみることにしたフィル。
「――この国から、早急に去れ。だそうです」