漂流のはじまり
◆人形達は喜劇に塗られ、喜劇を彩る◆
◆灼熱の男は、天の栄光を目指す◆
◆宝の在処で、その者はかけがえのないものを手にして◆
◆最後に待ち受けるのは――◆
●■▲
「――この世界は一つではなく・異なる物語の連鎖構造——」
あらゆる冒険者や航海者が、口々に言った言葉がある。
世界は一つではない。
あらゆる物語、おとぎ話、神話で綴られるような世界が広がっていると。
「おれは人魚を見た。本当だ」
「水没した超大陸はある、その可能性を掴んだ!」
「神々が住む領域に足を踏み入れ、その天界で二年の時を過ごした記録。そのすべてがここにある……」
■嘘か真か■
■そんな空想話が・世界を右往左往していた■
■そしてもう一つ、世界を構成する要素の・ある仮説■
「――誰かが見ている、おれたちを見ている」
●■▲
思えばその日は散々だった。
「お客さん――商品見て行かないかい?」
怪しげな店で、シュールな外見の店主にそう言われたことを皮切りに。
意気揚々とある勝負に挑もうと思ったら、そこに向かう途中で靴が片方すっぽ抜けて。
「鳥ィーッ!!」
空飛ぶ鳥に大事な靴が攫われて、片方裸足の全力疾走。
町中を疾走し、誰かに笑われながらの追跡劇。
「ふーはーッ!」
息乱しながら、なんとか用事……ある大会に間に合い。
そこでまた笑われちまった。
(だがよぉ)
譲れないもんが人にはあるんだよ――。
◆現在地は第五の海◆
◆滑稽なる者・何処へ行く◆
◆くるくる・くるくる音が鳴る◆
●■▲
「いよいよってやつだ・遂にこの時が来た」
■緊張感にあふれた声が、俺の耳に届く■
■心の準備は出来た。これから行うのは命の危険がある行為、生半可な覚悟では出来ないこと■
「行くぞ。俺たちの目的はこの先だ」
「ああ……」
「分かってるぜリーダー。準備はできてる」
複数人の人影が闇夜で動く。
その中の一人が俺であり、今回の作戦にはある事情があって参加した。どんな事情かと言われると、ある【大会】に出たことで貰える筈のある物を奪われ、それを奪い返すためなんだ。
(絶対に取り返してやる……!! なめやがって……!! くそ……!!)
思わず歯噛みしながら、目前に見える大きな入口を見遣る。
それはランタンの光に照らされることで不気味さを増す、木製で時代を感じさせる古ぼけた扉だ。
この先にある宝物庫こそが目的地である。
(城の地下に……こんな如何にもな場所があるなんてな。驚きだ)
現在地はある王城の地下。
つまり俺たちの立場は、城に侵入した狼藉者ということになってしまう。
捕まれば、即刻打ち首コースは免れないだろう……。まあ、仲間のほとんどは元々ブラックな経歴を持ってるようだが。
「不安な気持ちは各々あるだろうが……もうここまで来たら覚悟を決めようぜ。……踏み込むぞ!」
■そう言い、俺たちのリーダー(体格が良い金髪の大男)は扉に近づく■
■そして、扉にある鍵穴×2に鍵を差し込む■
■不気味な音を立て、地獄への入り口に成り得るそれは開いた■
「……」
「……なしか。よし!」
武器をそれぞれ構えた二人の男が、扉の向こうからの脅威を警戒し、それがないことを確認すると仲間に合図を送る。
そうして、みんなから伝わってくる必死な気配。
俺は扉を開ける瞬間にビビって、少し腰を抜かしたことを何とか悟られないように必死だ。
(ばれてないよな……? よし!!)
平然を装って歩き出す。
扉の先へと踏み込んだ時、いきなり前の禿げ頭のチンピラ風野郎に声をかけられた。
「あんた……その歩き方……」
「な、なんだよッ。文句あるかコラァ!! オラァ!!」
このチンピラ野郎……!!
腰を若干抜かした、変な歩き方を見てバカにする気か!?
「……ただものじゃないな。オレには分かるゼ」
「は?」
「その歩行術は、かつて西の大国で用いられたというモンだろ? 隠さなくても良い……あんたの正体は、あの国の凄腕戦士ってところか? そうだろ?」
「……」
「大した経歴を持ってないとか聞いたが……本当は隠された力があるとかいうアレだろ。へへ、コイツァ頼もしいぜ!」
「………………フ、ばれてしまったようだな。やれやれ、もう少し目立たないでおきたかったんだが……やれやれ」
なにやら知らんが、微妙に勘違いされているようだ。
しかし、悪い方向ではないのでこのまま話を合わせる。
ばれてないようで一安心だぜ……。
●■▲
「道が分かれているな……さて」
■扉の先に進んだ俺たちの前には、三叉路型の通路■
■リーダーはそれを見て、しばしの思考タイム■
「やはり見張りはいねぇか。情報通りだ」
「はへへ! ずさんな警備だなオイ!」
「……」
周囲の仲間が言う通り、宝物庫へと続く通路には人の気配がまるでない。
どうなっている? この先にあるのは宝を収めた部屋の筈だろ?
たしかに、さっき開けた扉は【ある特殊な力】によって守られていて、大砲でもびくともしない強度だ。というか、宝物庫とその周囲の構造物すべてがすさまじい耐久を誇っている。
(だからってよ……いくらなんでも、不用心すぎるだろうが。逆にこれは……)
警戒しているのは俺だけではない。
少し用心深いやつらも、あまりにスカスカの警備に疑問を抱いているようだ。
(くそ……しかし、進むしかないっ。ちんたらしてんのも危険だ!)
■震えだす足■
■冒険っていうのは、いつもこれだな■
「……道が三つに分かれている。ということは」
「セオリーは三手に分かれる、だな。まあ想定内の事態だ」
いきなり分かれ道に遭遇し、俺たちは一段と緊張を強める。
人数というのは勇気に直結する。
それが削られるということは、全身を襲う恐怖感が強まるということ。
「……」
■三手に分かれ■
■俺は、真ん中の道を進む十数人の集団に入った■
■赤い古ぼけた絨毯の上を、しっかりと踏みしめて歩く■
「……!!」
壁際になにやら怪しげな気配を感じ、即座に拳を構えた。
気のせいだった。
周囲のなにやってんだこいつ……?的な視線が痛い。
なんということだ、なんでいつも俺はこうなんだ。
「っし。これで準備完了。っし」
「……」
「……」
なんとか独り言で誤魔化す。絶対誤魔化せてないなコレ。
あまりに恥ずかしすぎて今にも逃げ出したい。
なんで勝手に精神摩耗してんだよっ。
「……? おい、全員止まれ」
「なんだよ? なにか……」
「?」
冷たい空気の中、先頭を歩く体格の良いモヒカンのおっさんが、俺たちの歩みを制止する。
その声には緊張感があり、自然と全員の意識が戦闘状態のそれへと切り替わる。
なにが起きた?
それを問いかける前に、異常は現れた。
「う、おッッ!??」
薄暗い中をきらりと光るなにかが走り、仲間の何人かから悲鳴が聞こえた。
咄嗟に腰に携えた短剣を引き抜く。
(目を、凝らす)
状況は変わった。ならばやることは決まった。
異常の原因を見つけ、対処することだ。
右手に持った短剣を構えながら、【脅威】を注視する。
(ランタンの光に浮かぶ――怪物)
獰猛な牙と爪を持った、四足歩行の獣。
それが、赤く光る眼をこちらに向けている。
高鳴る心臓と震える両足。
次の瞬間にはこちらの喉笛を嚙みちぎりそうな気配が、そこにはあった。
「や、べぇッ」
「なん、だッ。これッ」
仲間たちの殆どは驚愕によって動きが鈍い。
それも無理はないだろう。
現れた怪物は、自分の数倍は大きい体躯を持った脅威だ。
大きいというのはそれだけで心理を縛る。
(落ち着け……落ち着け……!!)
それなりに修羅場を潜ってきた自信はある。
【劣等者】の俺にとって、綱渡りなんて珍しくもない。
「う、うわああ!??」
「ぎゃあああ!?」
目前で切り裂かれ、蹴散らされる仲間たち。
冷静さを欠いた奴から餌食となっていく。
血が飛び散って顔にかかる。
それでも視線は怪物から決して外さない、短剣を強く握る。
(息が苦しい、汗が止まらない)
じっとりと染みてくる恐怖の味。
それでも視線はそらさない。
怪物の動きを見続けて、仲間がやられても継続して、己の頼りない鎧を強化していく。
「……ッ!!」
■怪物の目がこちらを向いた■
■それと同時に、持っていた短剣を振り上げる■
「ぐ、オッッ!!」
短剣を持つ手に走る痺れ。
それは、超速で迫った怪物の爪を払った代償。
目視された瞬間に動いていなければ、そのまま串刺しにされて死んでいた。
(だが、今のは軽い一撃だッッ)
さっきまで観察していたからこそ分かる。
防いだ一撃が、大したことのない軽いジャブであるということが。
知りたくない事実だが、なんとか凌いだのも事実。
(事前に動きを見て・対策を練ったからこそ、生きている)
もし事前準備を怠っていたら死んでいた。
どんな時だって、こんな風に困難を越える努力を続けてきた。
だからこそ劣等者の俺でも、過酷の冒険の中で命綱をつかみ取れるのだろう。
(まだだ、一旦敵の動きは止まったが、まだ緩めるなッ)
注視は解かない。
むしろさらに気を引き締め、次の攻撃に備えていく。
(……?)
なんだ?
獣の体が歪んで見えて……?
「うあッ!?」
いきなり目前の獣が捻れ出す。そこに向かって、どこからか出現した二匹の獣が吸い込まれていく。
なんだこれは?
そう思った直後に、答えは出た。
「な……ッ」
獣の姿は変わっていた。
頭の数は1から3へ。
より獰猛な荒い息を吐き、地獄から響くような唸り声を発する。
それは昔見た絵本の中に出てきた、作り話の怪物。
「……ケルベロス」
三つの首を持つ、地獄の番犬。
幻想の世界からそのまま出てきたかのような化け物が、俺たちの前に立ち塞がる。
間違いなくこの存在は【異世界】からやってきた異形だろう。
(ああ、【この世界】にはいない筈の幻想生物……そういった類は他にも世界に溢れている。……それを見るために世界を回る、そういうのも面白いッ)
自然と口元がにやける。
こいつを倒した後に来る未来の冒険……、それを想像して胸が高鳴る。
なにがなんでも倒さなければならない。
決意は固まり、同時に敵が襲い掛かってきた。
「!!」
暴風を伴いながら接近するケルベロス。
その右前足が乱暴に振るわれた。
剣でそれを何とかいなす。
「ぐッ!?」
衝撃で痺れる両腕。
間髪入れずに、次の一撃が迫りくる。
(これは、まずッッ)
「うおおっしゃあああ!! くらいやがれ!!」
「!?」
斬撃音と共にケルベロスが吹っ飛ぶ。
横合いから、巨大な斧の一撃を喰らわせた大男の仕業だ。
凄まじい巨体を持つ怪物を仕留めかねない一撃は、おおよそ人間業ではなく。
まるで、多数の人間の膂力を集結させたようなパワーだ。
「うおっしゃー!! どんなもんよ!」
普通ではありえない道理。
これは間違いなく【才の力】。世界の理の外に在る、魔法の如きものだ。
金髪大男……俺たちのリーダーが振り返り、力強い笑顔を仲間たちに向ける。
「怯むなよ!! この程度の困難は予想できたことだ! 怪物倒すぞ!!」
「……!!」
一瞬で上がる俺たちの士気。
そこまでリーダーに対して信頼を置いているわけではないが、長い苦難と鍛錬を想起させるその自信は、単純に好感が持てるものであった。
こちらも負けてはられないなッ。
(リーダーの使う【才の力】は、連続で使えないのか?)
先ほどの凄まじい力を発揮することなく、リーダーは怪物の攻撃を凌いでいた。
どう見ても劣勢で、このままでは敗北は必至。
ならば……!
「野郎ども!! 俺たちも行くぞ!!」
「お、おう!」
「獣ごときに邪魔されてたまるかよ!! こっちは生活かかってんだ!!」
仲間たちも同じ考えだったようで、一斉にケルベロスへと向かっていく。
俺もそれに加わり、リーダーの戦いを支援する。
「うおおお!」
「あああああ!!」
武器を砕かれ、吹き飛ばされても、立ち向かっていく仲間たち。
ケルベロスの爪による斬撃は、着実にこちらの戦力を削っていく。
数の利によってなんとか拮抗はしているが、このままでは全滅するだろう。
(俺は……無力だッ。大した戦力にもならないッ)
一応、これでも人並以上に戦闘における経験は積んだ自負がある。鍛錬も欠かさずにやってきた。
なのにケルベロスという怪物相手では、ろくな活躍をできそうにない。
【この世界】には【才の力】を手繰る種族がいて、その中の強者ならば、千の兵を相手取っても勝利できるという。
……夢のような力だ。どんな怪物にだって勝てそうな――。
(……【特別な力】か)
体内で渦巻く力を実感する。
俺にもあるのだ、よく分からない不思議な力が。
それはうまく操ることが出来ず、今も燻ったままだ。
(……くそ。アレがあれば、もっと格好良く活躍できるのになっ)
そうだ。あの力さえあれば、物語の主人公の如き活躍だって夢じゃない。
いつもみたいな無様な姿は晒さない。
「――うおお!!」
がむしゃらに駆け出す。
短剣を振り上げ、ケルベロスを見据える。
不思議と足が軽い。
時々感じていたあの力の鼓動が、だんだんと染みわたっていくようだ。
まだ完全に発揮できてはいないが、今の状態は【才の力】に匹敵するパワーだ。
(行ける。これならッ)
跳び上がり、目前の敵に向けて振り下ろされる短剣。
その勢いはまさに必殺。
今の俺は、物語に出てくる格好いい英雄のようだ。
この瞬間をずっと待っていた!!
「おおおッッ―――あれ?」
すっぽ抜けた。
短剣がすっぽ抜けた!!
勢いよく振り過ぎて、飛んでいった!?
そんな!?
「グぎゃああああ!??」
短剣がケルベロスの目に刺さり、悲痛な鳴き声が響く。
泣きたいのはこっちの方なんだが!?
やばい、勢いが止まらない。
「よくやった!! ナイス投擲!!」
一瞬の隙を突くリーダーの強力な一撃が、ケルベロスの脇腹に突き刺さった。
いや、やってねェよ!? 完全にヘマしたわ!!
ていうかやばい、このままだとまじやばい!!
ぶつかるぶつかる!!?
「ぐぼァッ!!」
「グギャア!??」
頭に大きな衝撃が走る。
ケルベロスの頭と正面衝突を起こし、そのまま床に落下した。
遅れて響いた振動に顔を上げると、奴の巨体が倒れ伏している。
「す、すげェッ。頭突きで怪物を倒しやがった!? まじすげぇー!!」
「冴えない野郎だと思ってたが……! 見直したぜ! まじすご!!」
「身を挺して突撃なんて……!! まじすーごッ!!」
やたらとすごいコールが発生し、微妙な気持ちで顔を伏せている。
とどめは刺したが完全にまぐれ。
そんなに誇れるようなことでもないし、賞賛されると逆にみじめだッ。
(くそおぉ!! なんで、いっつもこうなんだよッッ!! 俺はッ!!)
あの力が少し覚醒したかと思えば、結局いつも通りの無様。
悔しさで床を殴りつけてしまう。
絵本に描かれていたような、格好いい主人公にはまるで届かない。
くそ……!!
「まさか……先の投擲ですら布石で、その後の頭突きが本命とはなぁ! がはは! 大した坊主だぜ!」
「そ、そうっすね。まあ俺が本気を出せばこんなもんっすよ。こんなもんなんすよ……」
「おいおい。もっと胸を張れ! お前のおかげで倒せたんだぞ! ここは謙遜せずに、大笑いすんのが漢ってもんだ! がはは!!」
「はは……」
ばしばしと背中を叩かれて、なんとも微妙な気持ちで仲間たちの称賛を受ける。
目的を達成できたのは本当だし、これ以上悩むのは贅沢というものなのかもしれない。
しかし、やはり心のどこかでひっかかるものがあるのだ。
それは深く突き刺さった棘のようで、簡単には抜けてはくれない。
「……よぉし!! さっさとおいら達の目的を達成するぞ!! 野郎どもー!」
「おおー!」
「……」
一気に士気を取り戻した一行。
単純な連中だ。とは思うものの、なんだかんだで仲間意識のようなものがあるかもしれない。
……とはいえ、俺は目当ての品を入手したらさっさと去るが。
【おいらはなァ! 貧乏で夢も追えない人生を送ってきた! ここらで一発大逆転をかましたいのさ!! がはは!!】
リーダーがいつだったか、酒を飲みながらそんなことを言っていた。
この日のために彼が色々と努力し、準備を重ねてきたことを知っている。
己の人生を変えるために必死なのは分かる……その方法が略奪なのは何ともアレだが。
(まあ、あの宝物庫にあるのは、【不当な方法】で集められた品ばかりではあるんだけどな……)
だからこそ俺もこの話に乗ったわけだ。
奪われたものを、奪い返すというだけのこと。
必死で頑張ってた大会で優勝して、それなのにろくな報酬もよこさない……そんなことは【許せない】。
(絶対に取り返す……!!)
■決意を固めて、合流した仲間たちと宝物庫へと踏み入った■
■三つの道を越え、ケルベロスを打倒し、その先にあった部屋には……■
「あった」
目当てのものが確かにあった。
【これ】があれば、俺もまた自身の夢を実現することが出来る。
「そうかい……もう行っちまうのか。これから祝杯だってのによ。まあ、お前もお前で急いでいるんだろうなぁ。……頑張れよ」
「ああ。世話になったな」
「がはは!! いいってことよ!! お前のケルベロス討伐……かっこよかったぜ!」
「……そうか? そうか……」
なんとも微妙な称讃を受けて、若干アンニュイな気分になりながらも、達成感は普通にあった。
予定通りの品を取り返した後、俺は仲間たちの下を去り、自分の船へと向かった。
走り出す足は軽い。
次の冒険の予感に・胸は高鳴っていた。
●■▲
「よーし、おめぇら。追手が来る前にずらかるぞ!!」
「おうよー! はは! なんだよ! 意外と大したことないな! 【覇者の国】と呼ばれてんのはハッタリか!」
「まあ油断するな……しかし、確かに思ったよりも楽勝で盗み出せたな。【秘密兵器】を使うまでもなく終わった」
「なんだお前ら知らないのか? 今はもう【覇者の国】とは呼べないぞ、この国」
王城に侵入し、無事に目当ての品々を盗み出した盗賊たち。
彼らは王城から離れた森の中を進んでいた。
奪取した品々はいくつかの袋に入れられ、慎重に運ばれている。
夜の森は静かで、人の気配はなく、木の葉が風に揺られる音が響く。
「どういうことだよ? 呼べないって」
「……もういないのさ。【怪物】たちが」
「なに?」
「あー、俺も聞いたことあるなぁ。その話よぉ。……スタルトは最大の武器を失ったってわけだ! ははは!!」
「それがなくなったからこそ、今回の作戦を実行したんだろうが。ばか」
口々に出る話題は、現在地であるこの国についてや略奪の感想。
追手に警戒しながらもその口調は楽しげだ。
楽し気な雰囲気がありながらも警戒が強いのは、リーダーの指示によるものか。
「あいつ……どうなっただろうなぁ。無事に逃げれてると良いが」
「あいつって【番犬殺しの英雄】か! はは! あの突撃はしびれたねぇ!」
「ああ! まじもんの勇者だぜ! あれは!」
「お前なんてびびって動けなかったもんなぁ。ぎゃはは!」
「うるせー!」
ケルベロスを打倒し、帰路に着く彼らは全員が勇者といえる。
今この場にいない【彼】を称え、戦利品を誇りながらただ進む。
「次はどこに行きますかい? リーダー」
「がはは! そうだなぁ……。【灼熱の麗人】か【人魚姫の伝説】……でも探ってみるかね」
「うおっ。しびれるっ。【灼熱の麗人】ってことは、あの西の火山に行くんすね?」
「あそこは【鎧】がないときついぞー。……ケルベロスなんて比じゃない怪物もいるしな」
「がはは。何人か減っちまったが、残ったやつらだけでもなんとか行けるだろ!」
「根拠のない自信……だなぁ。だがそれでこそ! だ!」
早くも次の冒険に向けて、意気揚々とやる気を見せるリーダー。
新たな冒険譚の始まりは近く、その過程で【彼】と再び力を合わせることもあるかもしれない。
「――見つ・けた――おもちゃ」
そう。
【異形】に遭遇しなければ・そんな未来もあったかもしれない。
「? なんだ? なにか……」
■初めに気付いたのは、集団の中で人一倍気配に敏感な男■
■彼は、声を発する間もなく絶命した■
「!?」
「おい!? どうした!? しっかり……」
■倒れた仲間に駆け寄る二人。共にかなりの熟練者■
■彼らは異形の気配に気付き、瞬時に得物を構える■
■次の瞬間には二つの首が飛んでいた■
「おいおい!?」
「なんだよ!? なにかいるぞォ!!」
「追手か!!」
■臨戦態勢に入る盗賊たち■
■闇に溶けた異形の存在は、構わず彼らを狩っていく■
■ゆら・ゆら・ゆらり■
■ぐちゃ・ぐちゃ・ぐちゃり■
■悲鳴の中を・ただ歩く・異形なる者■
「くそがッ。待ちやがれ!!」
リーダーが脅威の排除のため、渾身の一撃を放つ。
ケルベロスすら寄せ付けない、この世の理を超えた斧の攻撃。
それは確実に標的を捉え――。
「――――くす・くす」
次の瞬間には、斧が粉々に砕けていた。
「やわらかいわね・とても。お返しは【二十重ね】」
「ッ!?」
さらに次の瞬間には、リーダーの全身を二十の武器が貫いていた。
どの武器も禍々しく・神秘的。強力無比。理から外れた【異質なる武】。
つまりは致命傷・彼は数秒後に絶命する。
「ば、カな……ッ」
呟き、その瞬間にリーダーは理解した。
本当に愚かなのは自分たちの方だったと。
あまりにずさんな宝物庫の警備。あれは、この【怪物】がいるからこそのものだ。
何故なら絶対に逃げられない。
ケルベロスすらも超える、物語の【最終障害】になりうるような存在から、どうやったら逃げられるというのか?
(こ、れはッ。……笑って、やがるッ。この【化け物】……ッ)
■くす・くす・くす・くす■
■邪悪な笑顔を浮かべた怪物は■
■盗賊たちを駆逐し、その瞳を【残った一人】がいる方角へと向けた■
●■▲
「――早く船に」
もっと広い世界に旅立つ為に走っている。
どうやらこの【世界】は、いくつかの特色ある世界によって構成されているとかなんとか。
現在俺がいる世界は【第五異海】。特色は、エルフ……の末裔である種族の強国があることや、ゴブリンという危険な生物が数多くいること等だ。
(エルフやゴブリン……物語として描かれるような存在が、他の世界にもいるっ。空飛ぶ城や小人の国だってあるだろう……!!)
ワクワクが止まらない。未知への興奮が抑えられない。高鳴る鼓動は冒険者の証。
だからこそそこへ繋がる切符を死に物狂いで求め、やっとこさ入手することに成功したのだ。
(あの日の感動をもう一度)
初めてその世界を目にした時、得た感情は興奮だった。
無敵の大国・【スタルト】にて行われた勝負で勝利し、俺は別世界に行ける鍵を手にしたんだ。
それを手にしてやることは決まっている。
この広い世界のどこかに存在するという概念、【再起の流星】を見つけ出す。
【再起の流星……それは、絶大な才を人にもたらす。これさえあれば——】
「ハァッ……‼ ハアッ……‼」
俺の心は、素晴らしい才能を手にした自分のイメージで埋まっていた。そんな力があれば、もう誰にも馬鹿にされない・笑われない。
しかし現在は恐怖に染まっている。降り注ぐ雨が、鳴り響く雷が、それを増長させる。
楽しいだけの冒険なんて存在しない。当たり前のことだ。
俺は必死になって、追いかけてくる存在から遠ざかる。夜の森のぬかるんだ土をひた走る。
茶のブーツが脱げそうだ。
追いかけてきてるのは、スタルト王国の【騎士団】に所属する者だろう。
■その中でも厄介な、五人の騎士■
だが、奴等は事情があって動けない。となると、追いかけてきてるのは下級、中級、上級騎士のどれか。
下級、中級ならなんとかなる。問題は上級騎士。追跡者がそれだった場合、俺の生存確率はゼロだ。腰に取り付けられた短剣だけじゃどうにもならない。
肺が痛い、足が重い、心が折れる。
それでも走らないと奴に追いつかれる。
「――あ」
追いつかれる? 違うだろ。
お前は既に、追い抜かれていた。
「あ、あああああ」
森の暗闇の中、俺の進行方向に立つ、黒髪長髪の女性。切れ長の赤目が俺を逃さない。
身長は160程度。俺と同じ黒いローブを着ていて、夜だと発見は困難だろう。
彼女の両耳に付いた赤いイヤリングは、上級騎士の証。
「――覚悟を」
その女性は冷たい声色で俺に告げる。声には、増悪も、同情も、憤怒も、憐憫もない。
ただ仕留める、それだけ。
「【鍵】をこちらに。それが、楽に死ねる条件です」
女の要求は鍵。俺が現在、ズボンの右ポケットで握りしめてる物体のことだろう。
しかし渡す訳にはいかない。
「……‼」
俺は覚悟を決め、前方十五メートル程の地点に立つ追跡者を睨みつける。追跡者はそれに対して、つまらなそうに目を細めた。
「まさか、勝機があるとでも」
「あろうが、なかろうが、やらなきゃいけないんだよ‼」
気力を絞れ、リスクを払え。まともに戦えば生存確率はゼロ。ならばまともじゃない方法でこの状況を切り抜けるしかない。
「……?」
ふと、不思議な感覚が俺を包む。
(これは)
子供の頃から幾度も経験したもの。……なんとなくだが理解できる。
これは俺の努力、その結晶。
肉に刺さる、針の感触。
血管を通る、力の源。
体が、変化していく。
「それは」
女は俺の様子を注視する。その目に浮かぶ警戒の色はさっきより濃い。そうでなくては困る。これは俺の切り札、非力な俺が作り出した努力の結晶なのだから。
今から解放されるこの力は、宝物庫を守っていた扉や壁、ケルベロスなどが宿していた力と同種のもの。
世界を構成する理だ。
「う、おおおおおお!!」
俺は腰の短剣を右手で引き抜くと、追跡者に向かって駆け出した。
「なっ!?」
驚愕の声を漏らす女。無理もない。その速度は明らかに超越したものだ。
常人の外、超人の域。一部の例外を除けば、世界においてトップレベルに位置する動き。
上級騎士にすら匹敵する疾走。
踏み出す足で地面を吹き飛ばし
強烈な風を受け
「おおおおおおお‼」
――超速の斬撃が振り下ろされる。
「――のろすぎです。驚きました」
鮮血が、舞った。
「えっ?」
振り下ろしたはずの、短剣がない。短剣を握っていた、右手がない。
そもそも右腕が、ない。
「あっアァァァッ!?」
勢い余って体が独楽のようにッ!? バランスが取れないッ!??
スピンッ! スピンッ! スピンッ! ――風になる俺ッ!?
(落ち着けッ!! アホかよッ!?)
落ち着けッ。体勢を立て直せ!!
冷静になれッ!
思考を戻せッ!!
(……ぐッ、俺は……攻撃を受けたのかッ!?)
そこから正気に戻り、なんとか踏みとどまったが。
目の前の現実に、乱れに乱れる思考。血と冷や汗が吹き出て、止まらない。体が、震え出す。心臓がうるさい。
(右腕、右腕がッ)
右腕が切り飛ばされた? 嘘だろッ。
何が起きたんだ。一体、何が。分からない、何も分からない。
理解することすらできないまま、俺の努力は砕かれたのか!?
「グッ……! 畜生っ、ちくしょうがっ‼」
俺の切り札を切り捨てた、目の前の女を睨む。
こいつは――。
「気づいた。どうやら、勘違いさせたようで」
女は俺の視線をあっさりと流し、
「私は【天上】の一人、フィル」
なんでもない事のように、俺にとっての絶望を突きつける。
「【天上】……‼ フィル……⁉」
騎士団では、ない。
それ以上に厄介だ……!!
(傭兵集団、天上)
国に雇われた、化け物たち。
一人で、一国を落とせる力を有しているという噂。
【才能】と【器】がまるで違う相手。
それが天上。どう足掻いても、打倒不可。
つまり、俺の運命は決まってしまった。
「なんでだッ!! なんでだよォッッ!? おかしいだろォッッ!!」
想定外だ、なんで、天上が、だってアレは……!?
「ええ、解散しました。私は残りましたが。気まぐれで」
「のこったっっ……!?」
のこったってなんだよ? そんな簡単にいうなよ、ふざけないでくれッ! 俺はお前のちょっとした気まぐれで……ッ!!
「ハッ……ハッ……ハッァ!?」
もうなにがなんだか分からない。
動揺と腕のそうしつで、バランスをくずし、ぬかるんだ地面に前のめりにたおれた。
ベちゃりと、かおに広がる泥のかんしょく。
……どうすれば、どうすれば、どうすればいいッ!?
考えたって答えはない、でてきてくれない。そもそもこんな状況で……!!
(戦う、冗談じゃない。逃げる、出来る気がしない。命乞い……)
命乞い……良いんじゃないか? なんかだめのようなきもするけど、いけるきがする。
(いや、せいこうする。きッとッ!!)
そうときめれば、ほうほうを考えなければ。
「なんでもいう事をききますッ!!命だけはッッ!!」、「故郷に弟やいもうとをのこしてきたッ!!まだしねないンだッ!!」、「フッ、ころしたければ、ころせ……」などなどなど……。
死ぬほどみじめだけど、そんなのいまさらだろ。
なあ、どれがいいよおれ。
「……プ、フフ」
わらい声が、聞こえた。
「フフッ、フフフ」
はっしているのは、めのまえの女。
「―――無様ですね」
女は、そういった。命乞いなど無意味だと、確信させるほどの冷たい笑みで。
だがそれ以上に。
「――」
――生意気なんだよっ!!――
「……じゃねェ」
泥で汚れ、涙と鼻水を垂れ流し、無様に地を這う俺に向かって、心底見下し切った目で、そう言いやがった……!!
――どれだけ努力したって、お前なんか――
「ふざけんじゃねェェッ……!」
確かに俺は無様だ。
困難に負け、打ちのめされ。
足掻くことすら止めた人間は無様だろう。
――だからッッ!!
「おォォォおおオッッッッ!!」
気力が、溢れだす。無理矢理、ひねり出す。
別の物までひねり出そうなぐらいにッ。
「ひょ――ひょ――ひょッ」
崩れた足を、立て直せッッ!!
「おひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉオオオッッ!!」
立ち上がり、がむしゃらに咆哮する。
我ながら格好悪い叫び。
だが、構ってられるかッッ!!
命乞いなんて通用しない!! なら、やることは一つッ!!
(どれだけみじめでも、無様でも、最後まで死力を尽くし、生き足掻くッ!!)
「――――ぐらえやアアァァァァァァッッ!!!」
放たれる、左の拳。
決意の鎖で固めた、その拳は――。
「――――」
森に鳴り響く、雷鳴にかき消された。