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ルーツ~故郷を、そして自分を探して~  作者: 蟒蛇
第一章~旅の始まり~
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(9)

 次の日、明け鐘1つがなると同時に、フィサンの町に向けて出発した。

 帰りの馬車にも町で仕入れた荷物がたくさんあるため、俺たちはやはり徒歩であった。

「ヴァン、俺たちのパーティーに入らないか?」

 何度目かの小休止の時に、ラドワがそう切り出した。魔法使いとしては優秀で、剣士としてもきっと十分な力を持っているだろうから、ぜひ入って欲しいと言うのだ。

 まだ数日しか一緒に過ごしていないのに、ずいぶんと俺を評価してくれているようだ。パーティーに誘ってくれるのはありがたいが、俺の答えは決まっている。

「悪いけど、パーティーには入れない」

「……理由を聞いてもいいか?」

 一切の迷いを見せずに答えた俺に、ラドワが尋ねる。他の皆も真剣な様子で俺たちの会話を見守っている。俺は答える。

「俺が冒険者になったのは、ある人達を探すためだ。そのために世界中を見て回るつもりだ。ラドワ達はフィサンを拠点に活動してるんだろ?」

 だから一所には止まれないだ、と。

 ラドワ達は皆、落胆した様子だった。しかし無理に引きとめる事はしなかった。冒険者になる理由はそれぞれで、その目的もまたそれぞれあるという事を知っているからだろう。

「けど、しばらくはフィサンにいるつもりだから、その間、色々と冒険者の仕事について教えてくれると助かるな」

 彼らの落ち込み様が余りに大きかったので、そう付け足した。ただ冒険者の仕事に慣れる必要はあるし、彼らが気のいい、一緒にいて楽しい者たちである事も事実だ。彼らを気遣っただけの言葉ではない。

 ふっと皆の顔が明るくなった。

「そうだな! 今度はヴァンの戦いが見れる依頼でも受けるか? こいつが剣や魔法で戦ってる所、お前らも見てみたいだろ?」

「いいっすね! ヴァンがどんな戦いするのか、俺らも見てみたい。なぁ?」

「私、ヴァンくんの魔法、もっといっぱい見たいな!」

 ラドワの問いに、ティントやルージュが声の調子を上げて答える。ヴェルデも戦いは得意でないと言っていたが、俺の戦いぶりには興味があるようだ。

 少し暗い空気が流れてしまったがもう大丈夫だ。ちょうど休憩も終わり、俺たちはまた歩き出した。

 帰りの道中も行き同様、平穏そのもので何事も起こらなかった。

 夜になり野営をし、簡単な食事と、水浴びをして、その日は眠りについた。


 問題らしい問題もなく、俺の初めての依頼は順調に終わりを迎えようとしていた。

 このまま進めば、昼鐘3つが鳴る頃には、フィサンの町に着けるだろう。

 それは、そろそろ昼鐘の1つ目が鳴ろうかという時間だった。1度目の小休止を終え、再度歩き始めたばかりの頃、ヴェルデが制止の合図を送った。

 進路上に不自然に止まっている2台の馬車が見えるらしい。詳しい状況は分からないが、盗賊が出た可能性があるそうだ。

 戦闘の馬車にラドワが向かう。ヴェルデを引き連れてミュスカに報告に行った。残された俺たちは2人の分まで辺りに注意を向けた。盗賊であれば、どこかにその仲間が隠れているかもしれない。

 ラドワが戻って来た。不審な馬車から出来るだけ距離を取って、フィサンを目指す事になった。

 馬車が盗賊に襲われているなら、気の毒だが見捨てる事になった。下手に手を出せば、返り討ちに遭いかねないからと。

 ただしこちらも馬車である以上、それほど大きく迂回も出来ないため、向こうから見つかる可能性は充分にあり、荷物も多く襲われれば逃げ切る事は難しい。そのため、戦闘になる可能性もあるので、十分に警戒するようにと、ラドワから指示が下った。

 皆、真剣な表情で頷き、緊張の中、再び歩き始めた。

 立ち止まる馬車が近づくにつれて、皆の緊張が段々と高まっていくのがはっきりと感じられた。隣を歩くルージュも、緊張で顔が強張っている。

 馬車が近づき、その横を通り過ぎようとしたその時、声が聞こえた。

 声が、聞こえてしまった。

「お父さん! お母さん!」

 そう両親に呼び掛ける、少女の悲痛な叫びが。


 遠くにいる馬車は、武器を持った盗賊たちに囲まれていた。

 そしてその近くにはもう一1台、別の馬車があり、恐らく盗賊たちのものだろう。

 その馬車の間で、今まさに少女がいた。盗賊に手を引かれ、馬車の中に乗せられようとしている。

 彼女は必死に抵抗し、助けて、放してと必死に叫んでいる。

 彼女の視線の先には、うずくまる2つの影。

 その影に向けて、彼女が何度もお父さん、お母さんと呼びかけている事から、彼女の両親なのだろう。

 彼らはピクリとも動かない。

 娘の悲痛な叫びを耳にしながらも動く事のできない彼らは、既に事切れているのだろう。

 少女の叫びは尚も続き、それに応える声はない。

 俺はそこから、目を離す事が出来なかった。

 わけの分からないものを見るかのように、ただ茫然とその光景の前に立ち尽くしていた。

 世界には魔物や盗賊が溢れている事。そのせいで家族を失う者がいる事。それが特別な事ではなく、日常に溢れる悲劇である事。

 そんな事は、当然のものとして理解していたはずなのに。

 目の前の出来事が理解ができなかった。

 どうして彼女は、家族を、両親を奪われなければならなかったのか。

 茫然とする俺に、誰かが話しかけている。

 何を言っているのか、分からない。

 言葉が、耳に入ってこない。

 彼女は今、目の前で、唐突に、両親を奪われた。

 暖かな愛情を、惜しみなく注いでくれたであろう、大切な家族を。

 彼女の心安らぐ、あの暖かな場所を。

 俺は知っていた。

 家族というものが、どれだけ暖かく、心安らぐ、幸せな場所なのかを。

 俺は一度、親に捨てられ家族を失い、そして拾われ再び家族を得た。

 だから俺は知ったのだ。

 それがどれだけ尊く、大切なのかを。

 なのに、だというのに。

 盗賊は、それを、奪い、壊し、踏みにじった。

 まるで、そうするのが当然であるかのように。

 視界が紅く染まる。

 止めどない何かが腹の底から溢れ出す。

 感情が吹き出すと共に駆けた。

 刀を抜き放ち、叫ぶ。

風よ!レ・ヴェント 凝りて見えざる刃デュヴナール・エペ・となりてアンヴィジブル彼の者のクープ・戒めを断ち切れレネミ・ケイン・・・・・・!」

 少女を掴む手が、ゴトリと落ちる。

 血の溢れる手首を見て、男が醜く叫ぶ。

 黙れ!

 顔面を蹴りつけ吹き飛ばす。

 真っ赤に染まった視界に、盗賊だけが鮮明に映し出される。

 馬車を取り囲む盗賊達が、こちらを振り向く。数は6人。

大地よ!ル・テッレ 怒りの拳を突き上げポアン・コレール彼の非人にプナール・報いをペルサーヌ・受けさせよクリミナリテ・・・・・・!」

 盗賊のわめき声をかき消すように呪文を唱え、大地を殴りつける。

 大地が勢いよくせり上がる。

 盗賊が宙を舞い、地面に激突する。

 1人、仕留め損ねた。

 すぐさま斬りかかる。

 剣で防がれたが、力任せに敵の武器を弾き飛ばす。

 腰から鞘を外し、身体の勢いのまま殴りつけた。

 盗賊は目を剥き、その場で崩れ落ちた。

 まだ息がある。

 刀を逆手に持ち、振り上げる。

「止めろ! もう終わった!」

 振り下ろそうとした腕を思い切り引かれた。

 真っ赤な視界は色を失い、そして徐々に彩りを取り戻していく。

 音が聞こえた。

 荒い息づかい。

 俺のものだと気付く。

 ラドワが俺の腕を掴んだまま、悲痛な顔をしていた。

 息が落ち着く。

 血の臭いと、うめき声。

 そして両親の亡骸にすがりつく少女の泣き声が、辺りを埋め尽くしていた。


 戦いの後始末は、簡単に片付いて行った。

 まず盗賊達は、大きな怪我は負ったものの、死んだ者は1人もいなかった。話を聞き、他に仲間はいないという事が分かった。周囲の警戒を解き、盗賊は縛って馬車に放り込んだ。

 盗賊たちは町に戻り次第ギルドに突き出し、その報奨金はラドワのパーティーのものになる。また盗賊の馬車はミュスカがもらい受ける事になった。

 次に襲われた者達だが、連れ去られそうになっていた少女の両親以外に、死者どころか怪我人さえいなかった。盗賊は -ここ最近この辺りの人攫いの犯人だったが- 子供だけを攫うつもりで、大人しくしていれば危害を加えないと言ったそうだ。少女の両親を殺したのは、彼らが強く抵抗したためであり、事実、他に危害を加えられた者はいなかった。

 彼らは町と町をつなぐ乗合馬車の乗客であり、乗客、御者に怪我はなく、馬にも馬車にも傷1つなかったため、すぐにでも出発できる状態だった。むしろ血の臭いが立ち込めるこの場所から早く離れたそうにしていたが、万が一の事を考えて、護衛のいるミュスカの馬車と足並みを合わせる事になった。

 一番大変だったのは、両親を失った少女の事だった。

 彼女は両親の遺体にすがりつき、その場を動こうとしなかった。両親の遺体をフィサンに連れ帰ると話しても、その場で泣きじゃくるだけだった。両親の死を受け止めきれていないのだから、無理もないと思う。

 そんな彼女にルージュをはじめとした女性たちが懸命に話しかけ、何とか馬車に乗せる事が出来た。

 彼女は馬車の隅でうずくまり、誰の声にも反応を返す事はしなかった。

 彼女の両親は盗賊達と同じ馬車に乗せられた。

 皆、申し訳ないとは思いつつ、けれども遺体と同じ馬車には乗れなかった。

 そしてようやく馬車が、フィサンに向けて再び進み始めた。

 皆の足取りは重い。言葉もなくただ歩いていく。

 後少しのはずのフィサンまでの道のりが、この上なく長く感じられた。


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