(7)
依頼主であるミュスカと、依頼内容と報酬の合意が得られた後、出発の昼鐘1つがなるまでの間、護衛を担当するパーティーとお互いに自己紹介を行った。
「名前は分かってると思うが、俺がリーダーのラドワだ。ランクは6の剣士だ。パーティーとしてのランクは7だけどな。まっ、短い間だがよろしく頼むぜ」
そう言って初めに自己紹介をしたのはリーダーのラドワだ。身体は分厚く良く鍛えこまれているのが分かる。剣は幅広の長剣で、片手で使う事を想定された剣の中ではかなりの長さだ。中型の盾も背負っており、攻防一体の戦士といったところだろう。
「俺はティント。ランク7の槍使いだ。お前のケンカは見てなかったけど、リーダーが言うなら間違いない。よろしくな」
ティントもラドワに負けず劣らずの大男だった。彼の持つ槍は柄は木製ながらかなりの太さがあり、棍棒といってもいい代物だった。盾も大型のもので、槍と一緒に構えて突進でもされたら、敵はかなりの恐怖を感じるだろう。
「俺はヴェルデだ。戦いはあんまり得意じゃないけど、斥候とか野営とか戦い以外の部分で頑張ってるよ。よろしくね」
そう明るく言ったヴェルデは、恐らく弓使いだろう。細身だが引き締まった身体をしており、矢筒らしきものを背負っている。腰には武器ではなく小さな袋をいくつも提げており、言葉通り戦いとなれば、敵と正面からではなく絡め手を使って戦うのだろうと想像できた。
「私はルージュ。魔法使いよ。よろしくね、ヴァンくん」
ルージュは俺と同じくらいの背の高い女性だった。ゆったりとしたローブを着ているが、その上からでも分かる大きな胸をしており、周りの男たちの視線が、何度もそこへ注がれている。
町中で女性の身体を見ている男は大勢見かけたが、未だにその理由がよく分からない。
ちなみに本人は慣れているのか平然とした様子だ。
「俺はヴァン。冒険者にはなったばかりだけど、戦士としても魔法使いとしても戦える。今回は水を出すのが仕事だけどな」
彼らに続き、俺も簡単な自己紹介を行い、それぞれと握手を交わした。
時間となり、5台の馬車が列をなして西門を出発した。
ミュスカは先頭の馬車に御者台に乗り、俺たち冒険者は、馬車に併せてその隣を歩く事となった。荷物を満載した馬車はそれほど速度を出せないため、それでも全く問題はなかった。
俺たち冒険者の隊列は、斥候をこなせるヴェルデを先頭に置き、その後ろに、ラドワ、ルージュ、ティントの順で並んでいる。攻防こなせる戦士であるラドワとティントで、魔法使いのルージュを護る隊列を取っているわけだ。
ちなみ魔法使い兼水出し係である俺は、護られる立場として隊列の真ん中にいるが、いざという時にルージュを護るため彼女の隣を歩いている。ヴェルデとティントから恨めしそうな視線が向けられたが、どうしてだろう。
「ねぇ、ヴァンくんはどんな魔法が得意なの?」
道中、互いの距離が近い事もあり、彼女からよく話しかけられている。このパーティーで魔法使いは彼女だけだ。戦士である他の3人とは話が合わないのだろう。
いきなりだが魔法とは「神の意思に介入する様々な現象を引き起こす術」だと定義される。
その分かりやすい例えとして、この世界は神が書く物語、だと言う事がある。
この世界は神が書いた物語で、その文章通りの事が起こるが、その物語に文章を割り込ませ様々な現象を引き起こすのが、魔法だと言われている。
例えば「木々の間を風が通り抜けていく」と書かれた物語に「火が燃え上がる」という文章を書き加えると、何の変哲もない森の中に、いきなり火が燃え上がる、という現象が起きるというわけだ。
もちろん本当に神が物語を書いているわけではないが、簡単に言えばそういう状態を想像すればいいのである。
ではどうすれば文章を割り込ませる、つまり神の意思に介入するのかと言えば、3つの要素が必要になってくる。
まず1つが魔力である。
魔力とは全ての生き物が持ち、また世界中に満ちる不可視の力である。全ての力の根源とされ、魔法を使うだけでなく、魔力を纏わせる事で身体や武具を強化する事も出来る。
この魔力を使い、物語に文章を介入させる余地を作ることが出来るのである。
そして次に必要なのが、呪文の詠唱である。
神の言葉である神代言語を用い、魔力によって作った余地に、呪文の詠唱と言う形で文章を書き込むのである。
神代言語は非常に難解な言語であり、その全ては未だに解明されていない。かつては完全解明の一歩手前まで辿りついたようだが、大昔の全種族を巻き込んだ戦争で、その知識が失われ、今では以前よりも衰退してしまったようだ。ちなみに魔族やエルフなど、寿命の長い種族には失われなかった知識があり、人間よりも魔法使いとして優位性があるようだ。
そして最後に必要なのが、意思の力である。
自分が使おうとしている魔法がどのようなものか、頭の中で明確に思い描き、それを引き起こそうとする強い意思が必要とされている。
仮にも神の意志に介入するのであるから、意思なき言葉では何も起こせないというのは道理だろう。
魔力。
詠唱。
意思。
この3つが魔法を使うために必要な要素である。
これらの要素の必要性とともにどうすれば高い水準で魔法を使う事が出来るのかを、俺は小さな頃から両親たち、魔法の支師匠に叩きこまれてきた。
そして魔法の技術は、魔法使いの秘伝であり、おいそれと他人に教えるものではない。軽々しく他人に話せば、巡り巡って自分の害となる。そう彼らに教え込まれた。
「得意なわけじゃないけど氷の魔法はよく使うね。後は状況によって色々とかな」
なので彼女に魔法の事を聞かれても、当たり障りのない答えを返した。
彼女も魔法使いであり、その技術を簡単に話せない事は分かっているだろうから、単なる雑談の一種なのだろう。
「そっか。私はね、攻撃魔法は得意じゃないんだけど、治癒魔法が得意なんだ」
俺の魔法について何も追求はしなかったので、やはり雑談目的なのだろう。
しかし治癒魔法が得意とはなかなか珍しい。
治癒魔法は、他の魔法 -攻撃魔法の他に、周囲の目を欺く幻惑魔法や、身体や武具を強化する強化魔法などがある- と大きく異なると言われている。
詳しくは分かっていないようだが、魔法では基本的に傷を癒す事は出来ないらしい。
そもそも魔法とは、文章を割り込ませる術であり、文章を書きかえる術ではない。だから起こってしまった事を、なかった事には出来ないのである。
例えば木が燃えた時、火を消すことは出来る。しかし燃えて黒コゲになった木を元に戻す事は出来ない。氾濫した川を鎮める事は出来るが、壊れた橋を元に戻す事は出来ない。
これと同じように、切りつける剣をナマクラにする事は出来る。殴りかかる拳を止める事は出来る。しかし一度傷を受けてしまえば、時間と共に癒えるのを待つしかないのである。
時を操って、時間を早め、傷を瞬時に治してしまう事など誰にも出来ないのである。
しかし余程強い意思があるからか、または傷ついた者への慈愛の心からか、何故だが魔法で傷を癒す事が出来る者がいる。
それが治癒魔法使いであり、ルージュもまたそうなのだろう。
「凄いな。治癒魔法は使える奴が少ないんだろ。俺、初めて見たよ」
俺は、治癒魔法は一切使えず、両親たちにも治癒魔法の使い手はいなかった。なので初めて見る治癒魔法使いに会えて少しだけ興奮を覚えた。
「よっぽど酷い怪我じゃない限り、綺麗に癒してあげるよ。って言ってもヴァンくんはこの依頼では戦わないか」
彼女の言う通りである。正直、治癒魔法がどういうものが体験してみたい気持ちはあるが、あくまでも俺は皆の水を出すのが仕事だ。余程の事がない限り戦いには参加するなとも言われている。
「治癒魔法ってどんなのか体験してみたかったけど、今回は我慢するしかないな」
非常に残念だった。ため息をつく俺を見て、ルージュはおかしそうに笑い声を上げた。
「ふふふっ。怪我しないのが一番だよ。治癒魔法を受ける前に痛い思いしないとダメなんだから」
これもその通りだが気になるものは気になるのである。
「魔物だ!」
その時、前方からヴェルデ怒鳴るような声が聞こえてきた。魔物が出たようだ。
「全員止まれ! 周囲を警戒! 魔物は! 数は!」
続けてラドワに声が飛んでくる。ヴェルデよりも大きな、後ろにいるティントにも聞こえる声だ。
周囲に目を配りながらヴェルデの声に耳を傾ける。隣のルージュや後方のティントも、油断なく周囲を観察している。
「オークだ! 数は5体!」
オークとは太った大男の顔に、豚の鼻と牙を付けたような魔物だ。小周りは利かないが直線上ではかなりの速度で走り、腕力が非常に強い。大人の男を軽々と投げ飛ばす力があり、太く長い棍棒を持っている事もあり、その威力は人など簡単に叩きつぶしてしまう。
「ヴェルデ、奴らを分断しろ! ティント、後方に問題がなければ前へ! ルージュは後方で待機!」
オークの影が俺にも見えるまで近づいてきたあたりで、ラドワから指示が飛ぶ。俺の名前は挙がらなかったが、ルージュの隣で待機だ。
オークは街道から逸れた所にある森の方から固まって歩いて来ていた。走ってはいないが真っすぐこちらへ向かっているので、俺たちを標的と定めているのは確実だろう。
ヴェルデが御者台の上に登り弓を構えた。よく見ると矢に何かがくくり付けられている。よく狙いを付けて矢が放たれた。
1本目の矢の軌道をじっと見つめ、2本目の矢を引き搾り、放った。
その矢にはオークを射殺す、または重大な傷を与えるほどの威力が込められているとは思えなかった。しかし数体のオークが立ち止りも、もがきはじめた。そして立ち止まらなかったオークが急に走り出してきた。
走り出したオークは2体。それらがまさに猪の様な速度でこちらへ向かってくる。1体は木の棒を持ち、もう1体は素手である。
しかし木の棒や素手と言っても侮ってはいけない。棒とは言っても枝などではなく、根からそのまま引き抜いたような木そのものであり、太さは両手でないと持てないくらいで、もはや棍棒である。そして素手のオークも、その膂力をもってすれば、人の頭を殴り砕くなどたやすいのである。
その2体がすぐそばまでやってきて、素手の方が先にラドワに殴りかかった。
人間の中でも大柄なラドワよりも更に大きなオークの身体。その大きさを活かした打ち下すような拳打。
常人ならそのまま叩きつぶされるような威力の拳を、ラドワは盾で綺麗に受け流した。そしてそのまま流れるような動作で、オークの片足を叩き斬った。
骨が折れる鈍い音に続いて、オークの悲痛な叫び声が上がった。膝から下が皮一枚で繋がった状態のオークは、痛みに喘ぎながら地面をのたうちまわっている。
それを見て、棍棒を持ったオークが怒りを露わにし、耳障りな叫び声を上げながら、己の武器を真上から振り下した。
大きな身体から繰り出される大上段からの打ち下し。並みの戦士では避ける以外に選択肢はないが、ラドワは敢えて棍棒の間合いへ一歩踏み込んだ。そしてまたしても巧みな盾捌きで受け流し、大きな隙の出来たオークへ剣を叩きこみ、その首を切り飛ばした。
接敵して少しも経たないうちに、ラドワは2体のオークを戦闘不能にしてしまった。オークは魔物の中では大して強くない部類だが、それでも脅威には違いない。それを危なげなく倒してしまうラドワは、かなりの技量を持っているのだろう。
そうしているうちに、立ち止まっていた3体がこちらへやってきた。
そいつらの目は赤く涙が滲み、何やら鼻水のようなものも垂らしていた。ヴェルデが最初に射った矢に何かが仕込んであったのだろう。
残りのオークと接敵する前に、ティントが前へ上がって来た。
「後ろは多分大丈夫だが、一応警戒しといてくれ」
そう言ってラドワの隣に並んだ。
オーク3体はその全てが素手だったが、そのうちの1体が死んだオークの使っていた棍棒を拾い上げ自分の武器にして、ラドワとティントの2人に相対した。
ティントが棍棒持ちへ攻撃を仕掛け、ラドワが素手の2体を相手取っている。
ラドワは相変わらず、見た目に反した鮮やかな盾捌き、剣捌きでオークを翻弄し、ティントは自慢の大槍で、オークと正面から打ち合っている。
何度かお互いの武器をぶつけあった後、武器が触れあったまま押し合いをしている。ティントは一歩も引かないどころか、オークを徐々に押し込み始めている。呆れるような馬鹿力である。
そのうちにティントはオークの手から棍棒を弾き飛ばし、槍を大上段から振り下した。その槍は棍棒と言っても差し支えないもので、直撃を食らったオークの頭骨が砕け陥没していた。
オークは頭のあらゆる穴から血を垂れ流しながら、地面にゆっくりと倒れていった。それと同時にラドワの戦闘も終わったようで、頭を切り飛ばされたオーク2体が地面に転がっている。
その後、初めに足を切り落とし行動不能にしたオークにも止めを刺し、魔物との戦闘が終了した。
誰1人怪我を負う事ない、完璧な勝利だ。その上で、彼らは全く危なげなく、余裕も感じられた。かなりの実力を持った冒険者なのだろう。