(5)
ギルドを出た俺は、手早く腹ごしらえを済ませて、依頼者のいる村へと向かった。
その村へは町を南門から出て、一番大きな街道に沿って進み、最初の分かれ道を左に行き、後は道なりに進めば村へ着くようだ。
ゴブリンを討伐するくらいで、体力を温存する必要もないので、俺は駆け足気味で村への道を進んでいった。
町を出てすぐの街道は、石畳で舗装された道で非常に走りやすかった。ほどなくして石畳はなくなったが、地面はしっかりと踏み固められており、馬車の通行にも適しているようだった。そこからは段々とただの地面になっていくが、草木の多さに驚いた。
魔大陸は基本的に荒れた大地だった。よほど環境に強い植物か、よほど環境の整った場所でなければ、そうそう草木は育つ事はなかった。
道を少し離れれば、背の低い草が生え、遠くに見える森は緑で、森や林も見る事ができる。魔大陸の景色はほとんど茶色一色だったので、これも俺にとっては驚きである。同時に魔大陸がどれだけ大変か環境であったかを実感する。
豊かな自然の中を行く道中は平和そのもので、魔物どころか人を襲う獣にも出会わなかった。食用の獣でもいれば、腹の足しにでも狩っていこうかと思ったが、それらにも出会う事もなかった。
そして、太陽の高さから恐らく鐘が2つほどなった頃だろうか、件の村に到着した。
まだ日の高い内に村に到着する事ができた。
外からの村の様子はごく平和に見えた。畑仕事をしている者が何人か見え、どこからか牛の声も聞こえてくる。
害獣対策に、村の周りには柵が立てられているが、魔物相手では心許ない。どうやらほとんど魔物などに襲われた事がないのだろう。もしくは村の男連中でどうにかしているのかも知れない。
それならゴブリン程度、どうとでもなりそうだったが、話を聞かなければ始まらない。村長の家を聞くために、村の中に入り、話が聞けそうな人を探す事にした。
今見えている範囲の人影は畑仕事をしている者達だ。そのうち一番近い者の所へ行こうとしたところで声をかけられた。
「お前、よそ者だな! うちの村に何の用だ!」
声のした方に目をやると、10歳くらいのやんちゃそうな男の子供がいた。かなり警戒した様子で俺を睨みつけていた。
村の外の人間が珍しいのだろうか。町からそれほど離れていないから、村を訪れる外の人間もいそうなものだが。
とにかく道案内が見つかったのだ。彼にお願いしよう。
「俺はヴァンという。依頼を受けてフィサンの町からやってきた冒険者だ。その事で村長と話がしたい。案内してくれないか」
俺が名乗ったことで少しばかり警戒は解かれたようだが、まだ疑っているような様子だった。
「本物の冒険者だって、証拠はあるのか!」
冒険者の登録証が、その証拠にはなるだろうから、それを見せてやった。すると彼は一気に警戒を解き、人懐っこい笑顔を向けてきた。
「本物だったんだな。疑って悪かったな、兄ちゃん。俺が村長の所まで案内してやるよ。こっちだ!」
彼はそう言ってすぐに歩き出した。俺も彼を追いかけ、追いついたところで歩調を合わせる。
彼はレンという名前で、この村の百姓の息子だそうだ。ただいま親の手伝いをせず、仕事をさぼっている最中だったらしい。
道中、特に彼と話すことはなかったが、彼の方からいろいろと話を振ってきたので、それに適当に応えてやった。村の外の様子が気になるようで、町の様子を話してやるとすごく喜んでいた。冒険者にも興味があるようでいろいろと聞かれたが、俺が新人冒険者だと知ると面白い位にがっかりしていた。
また先程の俺を警戒していた事についても説明をしてくれた。
なんでもここ最近、この周辺で人攫いの被害が相次いでいるらしい。そのため、見たことのないよそ者の俺を、人攫いではないのかと疑っていたらしい。しかしいくら警戒していても子供1人では、簡単に攫われてしまうので、今度からは怪しい奴からは逃げるように言っておいた。
しばらくして、他の家よりも少しだけ大きな家が見えてきた。あれが村長の家のようだ。レンがその家に向けて駆け出して行った。どうやら俺の訪問を知らせてくれるようだ。
俺が家の前に着くと同時に、中から白髪頭の老人が姿を見せた。
レンにお礼を言って別れた後、村長の家に上がらせてもらった。
広間に向かい合って座り、改めて自己紹介から始めた。
「依頼を受けてきた、冒険者のヴァンだ。よろしく頼む」
「村長のヴィルじゃ。よくあんな少ない報酬で受けてくれたな。感謝する」
お互いが名乗りあったところで、依頼の詳しい話をすることとした。それにしてもやはり、銀貨3枚という報酬は少ないようだった。
「少ない数じゃが昔からゴブリンはこの村にやってきておったが、ゴブリン程度村の男衆で退治する事ができるので、わざわざギルドに依頼をすることもなかったんじゃ。
しかしこのところ、やたらと強いゴブリンが現れてな。撃退することしかできず、村の男も怪我をするものが出てきたんじゃ。ただのゴブリンではなくなったかも知れんと思うてな。
もしこれ以上、強いゴブリンが増えれば村に死人が出るかも知れん。そうなる前に、そのゴブリンを退治してもらうため、ギルドに依頼したんじゃ」
やはり昔もゴブリンの襲撃はあったようだ。通常のゴブリンは武器を振りまわす子どもと変わりない。人数さえ揃えれば、怪我をすることなく倒す事ができる。
しかし通常より強いゴブリン、「ハイコブリン」となれば話は別だ。奴らは通常のゴブリンを統率し、集団で襲いかかってくる。それだけでも面倒だが、ハイゴブリンは戦いの訓練をした兵士でないと勝てない強さを持っている。ただの村人では倒すことはできない。
話を聞く限り、ただのゴブリン自体の数が少ないため、何とか撃退できているようだ。しかし今以上に数が増えれば話は変わってくる。ハイゴブリンの数が増えれば確実に死者が出るだろう。
「話は分かった。多分ハイゴブリンがいるだろうけど、問題ない。もし巣が分かってるなら、今日中に終わらせてやるよ」
ただ俺にとってはハイゴブリンも雑魚に変わりはない。ゴブリンの巣さえ分かっていれば、それほど多くの時間は必要ない。ゴブリンの討伐にかかる時間の殆どは巣探しだからだ。
「本当か!? 巣の場所は分かっとるが、本当に1人で大丈夫なのか?」
討伐が可能だと聞いて喜ぶ反面、村長は不安そうでもある。俺のような若造で大丈夫なのかと思われているのだろう。
ゴブリン相手に手こずると思われるのは気に入らないが、戦士でもない村長に見た目で相手の力を測れというのも無理な話だ。その事は頭の隅に置いて話を進める事にしよう。
「巣の場所さえ教えてくれれば1人で大丈夫だ。すぐに出発する」
ゴブリン相手に準備などする必要がない。とっとと終わらせるに限る。
村長を急かして、案内人を1人つけてもらった。山に慣れている狩人をつけてくれた。
彼の案内に従って、村から半鐘 -鐘が1つ鳴る半分の時間ー ほど離れた森の中へ入っていった。
森を進むにつれて徐々に魔物の気配が濃厚になっていく。話に聞いていたよりもかなり数が多くなっているようだ。少し時間がかかりそうで面倒だ。俺は小さくため息をつきながら、森の奥へと進んでいった。
「大地よ、汝を踏みしめる愚か者を貫け…!」
目の前のゴブリンを切り払い、一瞬出来た隙をついて、魔法を発動させる。俺を取り囲む無数のゴブリンの外側から悲鳴が聞こえる。
狩人の案内でゴブリンの巣に近づくと、予想以上の数のゴブリンが棲みついていた。幸いにもハイゴブリンは1匹しかいなかったが、小さな村なら攻め落とせそうな数になっていた。
狩人をすぐに村に返し、大声を上げて、ゴブリンの群れに突っ込んでいった。
手近なゴブリンを切りつけ、小規模な魔法で少しずつゴブリンの数を減らしていく。一瞬、ゴブリン達は混乱に陥るが、ハイゴブリンが俺を敵と認識し、統率を取り始める。
ハイゴブリンが何やら喚き始めた。周囲のゴブリンに指示を出しているのだ。
途端に慌てふためいていたゴブリン達が、一丸となって攻めてきた。俺を逃がさないように取り囲み、前後左右から攻撃を繰り出してくる。
それを避けながら、少しずつ近くのゴブリンを切り殺していく。時折魔法も織り交ぜ、離れたゴブリンも殺していく。
数が多いため中々減らないが、これでいいのだ。
ハイゴブリンが率いるゴブリンの軍団は、基本的に撤退をしない。相手がいくら強くてもとにかく攻撃をしてくる。しかし敵が複数いる場合、弱い方から攻撃してくる習性がある。
こいつらは近くに小さな村がある事を知っている。もし俺が勝てないほど強いと分かれば、村に向かっていく可能性がある。そうなれば村に被害が出る可能性がある。
そうならないために、少しずつちまちまと殺していくのだ。そうすればハイゴブリンは、何故すぐに殺せないのだ、と苛立ち、どんどん俺に攻撃を集中させてくる。ゴブリンを率いる知能があっても、所詮はゴブリンなのである。
木の棒を振り回してくるゴブリンの顔を蹴りつけ、そのまま頭を踏み砕く。
左右から同時に迫る攻撃を飛び上がり回避。空中で魔法を使用。
地面から土の矢が無数に飛び出し、周囲のゴブリンを串刺しにする。
着地と同時に身体を回転させながら武器を振るう。
俺の武器は、父から譲り受けた『刀』と呼ばれる片刃の曲剣で、大昔の伝説の鍛冶師が鍛えた物らしく、頑丈さも切れ味も伝説級だ。
数匹のゴブリンの首をまとめて切り飛ばし、再度魔法を使い、外周のゴブリンを土の槍で串刺しにしていく。
蹴って、斬って、踏みつぶし、突き刺す。
ただ単純な作業をこなすように、周囲のゴブリンを屠っていく。
辺りは血に塗れ、生臭い臭気が漂っている。
疲れはないが、気分は最悪。それでも殺して殺して殺していく。
気づけば、数えきれないくらいいたゴブリンは、100匹を切るまでに減っていた。これなら、後はまとめて殺していっても大丈夫である。
俺を取り囲むゴブリンの群れを飛び越え、全体が見える位置に着地する。ハイゴブリンは苛立たしげな声で喚き、ゴブリン達が一斉に俺に向かって走ってくる。
俺は刀を腰だめに構え、刀身に魔力を纏わせていく。
魔力は、様々な力の根源。魔法や身体強化だけでなく、武器の強度を上げたり、切れ味を増したりする事も出来る。使いこなせば、刀身を伸ばすことも可能だ。
「はっ!」
鋭く息を吐くと共に刀を振り切る。
腕の長さ程の刀でまとめて斬ることが出来るのは、せいぜい5、6匹が限度。しかし今は刀身が、倍以上に伸びている。
2~30匹のゴブリンが、一太刀で胴体を真っ二つにされ、地面に崩れ落ちた。返す刀で切りつければ、ゴブリンの数は先程の半分以下に減っていた。
ようやくゴブリン退治の終わりである。俺は無数の氷の杭を魔法で作りだす。残りの数よりもかなり多いが少ないよりは良い。
「冷たき清水よ、数多の杭となりて敵を穿て……!」
撃ちだした氷の杭は、向かってくるゴブリンの身体中に突き刺さり、一瞬で絶命させる。
残ったのはハイゴブリン一匹だけだ。
ハイゴブリンは怒りに狂ったように叫びながら、剣を振り上げて走り出した。
ハイゴブリンは他のゴブリンよりもほんの少し身体が大きいだけだが、力が非常に強く、その腕力で振るわれる剣は、人を殺すに十分だった。
しかしどこを狙っているのかが丸分かり。訓練された戦士であれば、対処することは簡単だ。
振るわれる剣の軌道を僅かに逸らして、受け流す。その時、俺の刀はゴブリンの首元にぴったりと当てられている。
切り込みの勢いそのまま、ゴブリンは刀に突っ込み、頭と身体が2つに分かれた。呻く事もないままハイゴブリンは地面に倒れ、大量の血を流しながら絶命した。
ゴブリンの血に塗れた森の中、血糊を払い、刀を鞘に納める。
どれくらい時間が経っただろうか、太陽が沈み空が薄紫に染まる頃、ようやくゴブリン退治が終わりを告げた。