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この世界には冒険者と呼ばれる者達がいる。
新たな世界を旅して回ろうとしている俺もある意味では冒険者と言えるだろうが、そう意味ではなく冒険者という職業が存在している。
ギルドと呼ばれる組織があり、その組織に所属することによって冒険者になることができるのである。冒険者になるとギルドを通してそこに寄せられた依頼をこなし、その報酬としてお金を得ることができる。
盗賊や魔物に襲われることが珍しくない、危険の多い世界である。旅の道中の護衛や魔物の討伐、危険な土地での資源の採取など、武力が必要な場面はたくさんある。
そういったことに国だけでは対処が出来ないという経緯から、立ち上げられた組織が『冒険者組織』というわけである。要は何でも屋とその元締めといったところだ。
4日の船旅を終えてようやく統一大陸へと上陸することができた。ここまで運んでくれた商人の男に礼を言って分かれた後、町中へと歩き出した。
初めて降り立ったこの町は、『フィサン』という名の街で中々大きな町らしい。フィサンは大陸の東側の交通の要所となっている町で、多くの人が訪れ栄えているのだそうだ。
そう俺を運んでくれた商人に教えてもらったのだが、その言葉通り大勢の人が町を行き来している。故郷では見たことがないくらいの人の多さに正直驚いている。
そんな人の多さに圧倒されながら町中を歩き、ある場所を目指す。この町のギルドである。
世界を旅して回るのであれば、定職に就くことはできない。またただの旅人が行く先々で都合良く仕事を得られるとも限らない。そのため、世界各地に支部を持つギルドに冒険者として登録しておけば、旅先でギルドで依頼を受けることができる。だから父や商人からも、まず冒険者として登録をするようにと言われていた。
しばらく歩き、町の中心部から少し離れたところに、周りよりも一回り大きい建物の前にやってきた。外から見える柱などの木材は太くがっしりとしており、頑丈な作りであることが見て取れた。ギルドのフィサン支部である。
頑丈な木の扉を開き、建物の中に入っていく。
ガランガラン、と鈍いドアベルの音が建物内に響き渡る。
扉から漏れ聞こえていた喧噪が静まり、それと同時に中にいる人達の視線が、一斉に俺に向けられる。
日々戦いを生業としている冒険者たちが中にいるのか、その視線は鋭いものだった。しかし俺個人に向けられたというよりは、ギルドに入ってきた人間を見定めているだけなのだろう。すぐに視線は外され、再びギルド内は喧噪につつまれていった。
中には値踏みの様な視線も混じっていたが気にする必要はない。俺は気にせず歩を進め、奥のカウンターへと向かう。
カウンターには数人、人が控えており、彼らの前には役割を示すであろう立て札が置かれていた。それぞれの立て札を見てみれば『登録』『受付』『報告』『売買』とあった。
それで何となくの役割は理解することができた。ただ今現在、俺に関係があるのは登録のカウンターであろう。ギルドの施設を利用するにも冒険者として登録をしなければ何も始まらない。
「冒険者の登録をしたいんだけれど」
登録カウンターの前へ行き、そこに控える女性へ話しかける。均整のとれた顔だちの、いわゆる美しい顔だちの女性だ。尤も、生まれてからというもの、他人の顔には角や牙や鱗があることが当たり前だった俺に、人間の美醜の判断は出来なかった。彼女の顔だちが整っていることは理解できるが、それが美しさとは結び付かなかった。
「ようこそ、フィサン支部へ。冒険者の登録ですね」
人の顔だちの美醜などと失礼なことを考えていた俺を、彼女はにこやかな笑顔で迎えてくれた。
彼女はすぐさま羊皮紙とペンを取りだした。紙には『名前』『年齢』『性別』『種族』『戦い方』『備考』の文字が予め書き込まれていた。
「文字は、読めるようですね。でしたらその項目に従って記入していただけますか」
文字の読み書きができない者に対しては代読、代筆をしてくれるようだが、俺には必要ない。小さな頃から戦いだけでなく、勉強もさせられてきたので、単純な読み書きや計算は問題なくこなせる。
「この、戦い方と備考っていうのは何を書けばいいんだ?」
名前から種族に関しては迷うことなく書けるが、この2つに関してはどう書けばいいのかが分からなかった。
「戦い方は、剣を使うのか槍を使うのか魔法を使うのかと言った、自分の得意な戦い方を書いて頂ければ結構です。また備考は、その他の自分の得意なことを書いてください。例えば薬草の知識がある、料理が得意、などです。
この項目は、ご自身を売り込むためで、詳しく書いておけばギルドからの依頼の斡旋であったり、パーティーからの勧誘時に有利に働きます。必須項目ではありませんから、簡潔でも、最悪書かなくても問題はありません」
とのことだった。
冒険者として名を上げたりお金を稼ぐ上では重要な項目だろう。ギルドから優先的に仕事を回してもらったり、実力のある冒険者とパーティーを組めれば、有利というものだろう。
しかし俺は名を上げたいわけでも、お金を稼ぎたいわけでもない。世界中を旅して回るために必要なお金さえ手に入れば、それ以上は特に必要がない。パーティーにしてもよほどの事がない限り1人でやっていくつもりであるし、活動範囲を限定しているパーティーであればそれは枷でしかない。
なのでこの項目は簡潔に書くことにした。その結果、
名前:ヴァン・シャルム
年齢:15
性別:男
種族:人間
戦い方:剣/魔法
備考:なし
と、必要最低限を書くにとどめた。
少し話が変わるが、魔族に家名というものはない。種族を表す名前はあるが家を表す名前はない。先祖の名や親の名前が家を表すことが多い。誰々の息子の何某だ、といった具合である。魔族は寿命が長く数が少ないため、それで十分、家と個人を把握することが出来るのである。
ただ人間の世界ではその流儀は通じないだろうと、両親が俺の性を考えてくれていた。
それが『シャルム』である。
魔族の古い言葉で、『強き者』を表す言葉であり、どのような障害も己が力で乗り越えていけるようにと名付けてくれたのだ。
ヴァン・シャルム
これが今の俺の名である。
話を戻し、用紙をカウンターの女性に手渡した。必要最低限しか書かなかった事に対して何か言われるかとも思ったが、よくある事なのか、特に触れられることもなく、登録の手続きへと移っていった。といっても後は登録料の支払いとギルドについての簡単な説明だけだったので、すぐに終わってしまった。
登録料は銀貨2枚。銀貨100枚で金貨1枚となり、金貨1枚が平均的な収入の2カ月分であるそうだ。安くはないが決して高くもない金額だった。物資の乏しい魔大陸の者からすると少し高く感じるが、出せないほどではない。父から渡された路銀からでも十分に支払うことは可能だった。
ギルドの説明も簡単なもので、『登録』カウンターで冒険者となり、『受付』カウンターでギルドに寄せられた依頼を受け、『報告』カウンターで依頼の達成、未達成を報告し報酬を受け取る。また『売買』カウンターでは、素材となる魔物の部位や薬草などの売買をすることができる。
ギルドでの依頼を達成すれば、貢献度として蓄積され、それが一定以上になると、試験を受けた上でランクを上げることができる。
ギルドランクは、一番下の10から一番上の1までがある。依頼によってはランクに制限があり、高いランクの依頼ほど危険も高いが報酬も高くなっている。低ランクの依頼は子供の雑用のようなものもあり、それなりの報酬を得るためにはある程度ランクを上げる必要があるようだ。
「説明は以上になります。何か不明なことがあればいつでも聞きに来てください。また冒険者としての登録証を明日お渡ししますので、昼鐘3つの後にギルドにいらしてください」
登録証の作成に1日かかるらしく、明日取りに来る必要があるようだ。
ちなみに昼鐘3つとは太陽が一番高くなる時間で、この世界では、日の出から日の入りまでの時間を12等分しているようだ。日が昇り始めた時、1等分の時間が過ぎるごと、そして日が沈んだ時の13回鐘を打ち、時間を知らせている。
日の出から4つ目の鐘がなるまでを『明け時』といい、「明け鐘1~4つ」に分けられている。。その次の一番明るい日中の時間を「昼時」といい「昼鐘1~5つ」に、そして最後の日が沈む時間を「宵時」といい、「宵鐘1~4つ」に分けられている。
魔大陸にいた頃は日の出と日の入り、太陽が一番高くなる時間しか正確に分からなかったため、これだけ細かく時間を知れるのは便利だと思った。
登録証が出来るまでの間、冒険者としての登録は正式には完了していないため、依頼を受けることはできない。本音を言えば何か依頼を受けてみようかと思っていたが、無理なものは仕方がない。
旅は始まったばかりで、目的地もはっきりとは分かっていない。知らない土地、知らない町を散策するのも旅の醍醐味だろう。旅を楽しむこと自体が目的ではないが、未知への好奇心があることは確かだ。ギルドの事はひとまず頭の隅に置いておき、町中を探検することにした。
登録カウンターから離れ、再び重い扉を押し開け、ギルドを後にする。ちょうどその時、太陽が頂点に差し掛かったことを知らせる昼時の鐘が3度、町中に響いていた。