(12)
どれだけ走っただろうか。山から太陽が顔を出し、辺りはずいぶんと明るくなってきた。
そんな時、聞き知った声が森の方から聞こえてきた。
「おい、どうした! 何があったんだ!」
もう街道とも言えないような獣道から外れた森の方からその声は聞こえる。よく通る野太い大きな声。ラドワだ。
声のした方へ向かうと、やはりラドワのパーティーがいた。
彼らは地面に倒れている冒険者達に必死に声をかけている。冒険者達は大きな怪我を追っているのか、呻くだけでまともな受け答えが出来ていない。辺りには血の臭いも漂っている。
「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!」
ラドワは懸命に声をかけている。その近くではルージュが別の冒険者に治癒魔法をかけている。
ティントもラドワ同様、冒険者達に声をかけているが、ヴェルデの姿が見当たらない。周囲を探っているのだろうか。
「何があったんだ?」
俺の言葉に3人が一斉に振り返る。口ぐちに俺の名前を呼び、何故ここにいる、と尋ねてくる。
「そんな事はどうでもいい。こいつらは盗賊にやられたのか?」
「いや、分からねぇ……意識がねぇから、何があったのか分からねぇんだ」
ラドワの言葉に辺りを見渡す。
所々、焼け焦げた所や、地面がえぐれている所がある。恐らく相手に魔法使いがいたのだろう。でなければ、これほど広範囲を焼き、えぐり取るなど出来ないはずだ。
「……うっ、敵、盗賊は……?」
その時、ルージュが魔法をかけていた1人が意識を取り戻した。
俺達は慌てて彼の共に駆けつける。
まだ身体を起こす事は出来ないが、意識ははっきりしている様で、自分達が襲われた時の様子を話しだした。
彼らが盗賊に追いついたのは、奴らが森の中に逃げようとしていた所だった。
森の中をゆっくりと進む盗賊に制止の声をかけると、奴らは武器を構え冒険者達に向き合った。
冒険者は5人パーティーと6人パーティーの11人で行動をしていた。それに対して武器を持った盗賊は5人。問題なく制圧できる。
そう思っていると笛の音が鳴り、馬に乗った盗賊が10人。弓を持った盗賊が10人。森の奥から姿を現した。
数の優勢がひっくり返った。
弓の攻撃をかわし防ぎながら、盗賊を相手にするが思うように戦う事ができなかった。
冒険者達は馬には乗れるが、騎乗しながらの戦いは大した訓練を積んでおらず、馬から降りて戦っていた。
そうすると馬に乗った盗賊の速度に翻弄され、こちらの攻撃が当たらない。更には矢が魔法使いに向けて射られるため剣士の1人が盾となり足止めされる。魔法の詠唱も機動力のある騎馬盗賊に邪魔をされ、強力な攻撃が出来ない。
冒険者達がすぐに殺されていないのは、1人1人の実力が盗賊達を大きく上回っているからであるが、それでも相手を倒すには至らず膠着状態となっていた。
しかしこの状況が長引けば、不利になるのは盗賊達だと冒険者達は考えていた。
増援が来ればこの均衡はすぐに崩れる。そうなるまで何が何でも粘り続けてやる。
そう思った矢先、空気が震えるな唸り声のような音と共に、巨大な炎が森の中から飛び出してきた。
炎は過たず冒険者達を飲み込んだ。
余りの熱に肌は焼け、視界が奪われ、意識が朦朧としてきた。
それと同時にとてつもない衝撃が身体を襲った。身体がバラバラになったのではないかと思うほどの衝撃に、冒険者達は一瞬で意識を奪われた。
そして気が付けば、ルージュに助けられていたという事らしい。
「そいつは……かなりの魔法使いが向こうにいるって事か……」
ラドワが苦い顔でそう呟く。大して暑くもないのに、汗が浮かんでいる。
それはそうだろう。10人以上の冒険者を一掃する魔法を使える者などそうはいない。しかもそれが盗賊に組しているのだから、苦虫を噛み潰したような顔をするのも納得だ。
「上手く連携を取る盗賊と、強力な魔法使いか……俺達だけじゃ荷が重いか……」
このまま追うべきか増援を待つべきか。ラドワはパーティーの安全と攫われた者達とを天秤にかけ、唸りながら悩んでいる。
「盗賊は、森の奥の、この方向に逃げたのか?」
「ヴァン……? お、お前、まさか!」
ラドワ達が慌てるが、そんなのは知った事じゃない。
俺はフランを助けなければいけない。こんな所で立ち往生している暇はない。
「無茶だ! 敵の戦力も分かってない所に1人で突っ込むなんて、自殺行為だ!」
「そんな事はどうでもいい。フランが攫われたんだ」
「フラン……? お前が助けた女の子か」
「そうだ。両親が殺され、自分だけ生き残って、苦しい思いをして、やっと立ち直り始めてたんだ。なのに、また攫われた……」
握った拳を更に強く握りしめる。魔力がまた、溢れだしてくる。
「何かあったら助けてやるって言ったんだ。あの子が困ってたら、色々手伝ってやろうって思ってたんだ」
なのに守れなかった。
また怖くて辛い想いをさせている。
「だから少しでも早く助けてやりたいんだ。そのために俺は来た。だからもう行くよ」
ラドワ達はまだ納得していない様子だったが、そもそも納得させる必要がない。
言う事だけ言って、俺は再び魔力を身体に纏わせる。
ラドワ達の制止を振り切って、森の奥へと走り出した。
森の中を走っていると、ヴェルデとすれ違った。
斥候からの帰りだろうか。俺を見て非常に驚いている。何か言おうとしていたが、言葉が出るよりも早く、俺は彼の横を過ぎ去った。
森の中は道らしい道はなかったが、木々の間隔は広く、馬車が通るには十分な広さがあった。
この森の中を盗賊がどう逃げたかは分からないが、とにかく真っすぐ森の中を走りぬけて行く。
しばらく行くと視界が開けた。
緩やかな傾斜となっており、その先には川が流れていた。川の周囲は平らになっており、その向こうにはまた森が広がっている。その森との境に馬車が1台止まっていた。
注意深く様子を見ながら傾斜を下っていく。盗賊達の姿はなく、辺りは静まり返っている。
川原に降り、馬車へと近づいていく。
川は水深が浅く細いもので、足を濡らす事なく跨いで渡った。
その時、鳥の鳴き声が聞こえた。いや、それに似た笛の音だ。
それと同時に、馬車の荷台から男が出てくる。
髭面の、太った、大柄の男だ。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、俺を見つめている。初めて会った時と同じ様に。
「よう、クソ生意気な新人! 会えて嬉しいぜ」
ダニ野郎 -名前は知らないし、知る気も起きないが- がやけに親しげな様子で話しかけてきた。両手を広げ、嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
しかし好意的な印象は一切ない。どこまでも下卑たいやらしい笑みだからだ。
「あんた……盗賊だったのか?」
こいつの素性に興味はないが、仮にも冒険者として登録している人間が、盗賊の馬車から現れたのには正直驚いた。
俺の驚きは、しっかりと顔に出ていたのだろう。ダニ野郎の笑みが深まる。
「驚いたか? 仕事をやりやすくするためによ、素性を隠して冒険者になったんだ。ギルドの情報を流して、ずいぶん楽に仕事ができるようになったぜ」
「はっ……正真正銘、ダニ野郎だったわけだな」
俺の悪態に、ダニ野郎の表情が険しくなる。憎々しげな視線を俺にぶつけてくる。
「本当に生意気な野郎だ……ここまで1人で来た威勢は認めるがな、自分の状況、分かってねぇんじゃねぇか!」
そう喚くと同時にダニ野郎が手を上げる。それが合図だったのだろう、森の中から馬に乗った盗賊と弓を持った盗賊が姿を現した。
俺を取り囲むように前後左右から表れた盗賊の数は約20人。俺が通った道からも出てきている。どうやら焦るあまり、傍に潜んでいた奴らにも気付かなかったようだ。
ただこの程度なら全く問題ない。注意すべきは魔法使いだけだ。
「けっ……ちょっとは狼狽えろってんだ」
俺が動じないと見て、ダニ野郎が苛立たしげに呟く。
「この程度じゃ俺をどうにも出来ないぞ。諦めて、攫った人たちを返せ」
「それに俺らが素直に従うと思うか?」
「従わないと思うけど、一応警告だ。どうせ死ぬなら、楽に死にたいだろ?」
こいつらを生かしておくつもりは一切なかった。下手に手加減をして逃がしてしまったら、またどこかで被害が出るかも知れない。
「俺らを殺す気か? けどよ、果たして出来るかな?」
俺が刀を抜き臨戦態勢に入っても、ダニ野郎は余裕の態度を崩さなかった。それどころかまた満面の笑みを浮かべていた。
こいつは初めて会った時に、痛い目を見た事を忘れているのだろうか。それとも俺の実力が分からず、俺を取り囲んだだけで勝った気でいるのだろうか。
まぁ、いずれにせよ、やる事は変わらない。俺は刀を構え、身体に魔力を纏わせていく。
そして、とにかくまず最初に目の前のダニ野郎を殺そうと、足を踏み出そうとした時、ダニ野郎が馬車の中から何かを引っ張り出した。
俺は動きを止めて目を見開いた。
口に布を噛まされ、青い瞳に涙を浮かべた金髪の少女に向けて、ダニ野郎がナイフを突き付ける。
それは、俺が絶対に助けると誓った少女、フランだった。