(10)
フィサンに着くと、まずギルドへ向かった。
依頼完了の報告と盗賊を突き出すためだ。
依頼は無事完了となった。本来、依頼主の許可なく盗賊に攻撃を仕掛けるなど、危険極まりなく依頼未達成にされても文句は言えないが、今回は怪我人もなく馬車まで手に入ったと言う事でお咎めはなしだった。
盗賊に関しては、犯罪奴隷としての売値が報奨金として支払われる事になり、お金が用意出来次第、パーティーに支払われる事になった。
この時、ラドワが、「盗賊はお前が1人で倒したから、報奨金もお前1人で受け取れ」と言ってきた。しかし俺が皆を危険にさらしたのだから俺だけがもらうのはおかしいと思い、全員で山分けしようと言った。反対の言葉が何度か出たが押し切った。
報奨金は一度ラドワに渡され、その後、俺の手元に来る事となった。
その後、少女と共に町の教会へ向かった。
少女 -町に着く頃には口もきくようになり、フランという名である事が分かった- は、町で食堂を営む家の子であり、両親の手伝いをしていたという。
教会で神父に葬儀を頼むと、本格的なものであれば、金貨数枚が必要であるとの答えが返って来た。
フランの両親が営む食堂は、そこそこ繁盛していたようではあるが、それほど規模は大きくなく、稼ぎもそこそこだった。ある程度、蓄えはあるようだが、両親が亡くなり食堂の運営は出来ない。その蓄えは今後フランが生きていくために必要な資金もである。また店は借家であるため賃料を払わなければならない。
両親のために立派な葬儀を上げたいが、それが自分の首を絞める事にもなる。フランはその葛藤に苦しんでいるようだった
神父が簡易な葬儀も出来ると言ってきたが、それでも小金貨数枚が必要で、決して安いと言えるものではなかった。
フランは悩み抜いた末、簡易の葬儀をお願いした。
神父は頷き、教会の者に2人の遺体を安置所に運ぶように指示を出した。そしてフランに2日後に葬儀を行うと言い、自分も教会の奥へと消えて行った。
神父が見えなくなると、フランはとぼとぼと家に向かって歩き出した。その背中からは生きる気力が一切感じられなかった。見ているだけでこちらが不安になる危うさがあった。だから俺は彼女の後について歩き出した。
道中、何も話さなかった。いや、話しかける事が出来なかった。
今、彼女にかける言葉が見つからなかった。
「元気を出せ」
「両親の事は残念だったな」
などと軽々しく言う事は出来ない。彼女を余計に傷つけるだけだ。
ふらふらと力のない足取りで通りを歩いている。周りの者達は彼女の異様な様子に、関わるまいと彼女を避けるように道を開けた。
ようやく彼女の家に着いた。
宵鐘が何度か鳴り、辺りは薄暗くなり始めていた。
彼女は家のドアに手をかけ、そしておもむろに振り向いた。
俺は初めて彼女と目を合わせた。
薄い金色の髪の隙間から、青い目がじっと俺を見ていた。その目にも力は籠っていないが、俺から目を逸らす事はなかった。
「……どうして」
か細く、かすれた声で彼女は言った。
「どうして、もっと早く来てくれなかったの……? そうしたらお父さんもお母さんも死ななかったのに……」
「どうして、私だけ生きてるの……? どうせなら、お父さんとお母さんと一緒に……」
俺は彼女に何も言う事ができなかった。
彼女は怒鳴るわけでもなく、小さな声でポツポツと「どうして、どうして……」と繰り返している。泣きはらし赤くなった眼に、再び涙が浮かんでいる。
「ごめん……」
俺はどうしていいか分からず、ただそう言うしかなかった。しかし彼女荷の耳には届いていないのか、彼女はつぶやきを繰り返している。
どれだけそうしていたのか、彼女は不意に言葉を切り、俺に背を向けて家の中に入っていった。
力ない背中と、パタリと閉まるドアの音がいつまでも頭の中から消えなかった。
2日後、彼女の両親の葬儀に参列した。
町に彼らの親類などはおらず、フランも誰かを呼ぶ事をしなかったため、参列者は俺しかいなかった。
彼女は俺にも来てほしくなさそうだったが、せめて祈らせてくれと無理やり付いて行った。
フランは少しだけ力を取り戻したように見えた。
昨日1日、両親の死に向き合い、少しずつそれを受け入れているのだろうか。虚ろだった眼にも光が宿っているように見えた。
神父の前で、両親に最後の別れを告げ、涙を流しながら祈りを捧げた。俺も棺が埋められるまで、じっと祈りを捧げた。どうか安らかに、そしてどうか彼女を見守って欲しい、と。
葬儀が終わり、彼女は家へ帰るために歩き出した。俺もそれに着いて行った。
道中、彼女への言葉を考えていた。余計なお世話かもしれないが、少しでも彼女を元気づけてあげたかった。
家に着き、すぐ中に入ろうとする彼女を引きとめ、俺は口を開いた。
「俺は、あんたがどれだけ苦しいのか、知る事は出来ない。あんたの両親が何を思っていたのか、知る事は出来ない。けど、親が子を想う気持ちは知っているつもりだ。
あの2人は、あんなに生きていて欲しい。生きて幸せになって欲しいと思っていたはずだ。だから殺されると分かっていても、盗賊に向かっていったんだ。
だからあんたは生きなくちゃだめだ。2人の分まで生きて、幸せにならないとだめだ。
俺に何が出来るか分からないけど、何かあったら俺が助けてやる。
だから一緒に死んだ方が良かったなんて言うな。ちゃんと生きて……生きろ」
俺は言うだけ言って、その場を後にした。彼女の返事を聞く事もしなかった。
どうして彼女の事がここまで気になるのか、自分でもよく分からなかった。けれど彼女にはあの言葉を言っておかなければならない。そう思ったのだ。
数日後、ラドワからの呼び出しがあった。報奨金を渡したいとの事だった。
盗賊達の犯罪奴隷としての売値は、全員で小金貨1枚だった。怪我の程度がひどかったため、奴隷としての価値もかなり下がったようだ。
元々報奨金目的で捕らえたわけではないので、金額の多寡は問題ではない。
小金貨1枚、つまり銀貨10枚なので、銀貨2枚を受け取った。
盗賊を相手に戦った事を思えば少ない金額だが、繰り返すが襲われていた者達を助けるために戦ったのだ。その目的が達せられただけで十分だ。
報奨金を受け取った後、俺たちはすぐに別れた。
あの依頼が終わってから、ラドワ達と居づらくなった。
まぁ、それも当然だと思う。
盗賊を見るなり暴走して切りかかっていく奴など、危なっかしくて一緒に行動したくないだろう。ラドワは遠まわしにだが、俺と一緒に依頼を受ける事はできない、と言ってきた。パーティーを守るリーダーとしては正しい判断だろう。
それに加えて、他の3人も俺と眼を合わせようとしなかった。何だかよそよそしい。俺からも敢えて眼を合わせたり、話しかけたりする事はなかった。
ともかく、彼らに冒険者としての心得を教えてもらう事は出来なくなってしまったのだ。地道に依頼をこなしながら、少しずつ覚えていくしかないだろう。
ちょうど、と言うのは不謹慎だが、フランの事が気になり、しばらくフィサンに留まるつもりだ。この町で少しずつ、冒険者として成長して行こう。
そう思い、依頼板へと足を向けた。
それからしばらくの間、フィサンに留まり多くの依頼を受けた。
ランク制限で簡単な依頼しか受けられないため、数をこなした。薬草や鉱石の採取、弱い魔物の討伐、はたまた町のお使いのような依頼もあった。
討伐依頼は敵を倒すだけなので簡単だったが、採取やお使いの依頼は、なかなか大変だった。
薬草や鉱石の見分けがつかなかったり、取り方が下手で質が下がったりして、危うく依頼未達成になることもあった。お使いの依頼も町の地理を把握していないと、思わぬ時間を食う事になった。
慣れれば簡単なのだろうが、その為には場数を踏み、正しい知識と経験を身につける必要があった。
そうして依頼をこなしている間に、何度かフランの家を訪れた。
落ち込んだ顔のままであったが、今にも死んでしまいそうな気配は消え去っていた。俺と積極的に話そうとはしてくれなかったが、徐々に明るさも取り戻しているように見えた。
それに加えて近所の人間の話によれば、新しい働き口も決まったようだ。別の食堂を営む者が雇ってくれるそうだ。
何度目かの訪問の時、彼女の口から、新しい働き口が決まった事、そして両親の食堂を手放す事を聞かされた。
彼女の稼ぎだけでは、店の賃料を支払う事はできないようだった。ただ新しい店では住み込みで雇ってもらえるようで、住む所を心配する必要はないそうだ。
彼女はそれを淡々と俺に説明した。
俺は何だか嬉しくなってきた。
彼女は何とか立ち直る事が出来たのだろう。
まだ辛い気持ちでいっぱいだろう。泣きたくなる事もあるだろう。それでも前を向いているのだ。それが嬉しかった。
だから、もう彼女を訪ねるのは止めようと思った。
俺を見れば、理不尽な怒りが湧いて来るだろう。俺の顔を見せて、わざわざ心を乱す事はない。
もう会いに来ないとは言わなかった。敢えて言う必要もないだろう。俺は簡単な別れの言葉を口にして、彼女の家を出て行った。彼女のこれからの平穏を祈りながら。