第十八話 ていうか、バイバイ、リファリス。
騒ぎに紛れてリファリスの館を脱出。その背後には。
「うう……何でこんな事になるんや……」
走りながら頭を抱える、器用なエリザの姿があった。リファリスにあれだけの啖呵を切った以上、もうここにはいられないだろう。
「どないするねん、エリザ?」
「喧しいわ! ウチの真似するなや!」
いや、エリザのマネじゃなくてエセ関西弁を話してみただけです。
「で、エリザはこれからどうするのよ?」
「どうするって……どないするっちゅーねん……」
「完全にクビだわね」
「だから喧しい言うとんねん!」
「ごめんなさい。でも、ありがとう」
「……は?」
「あんたが味方してくれなかったら、今ごろ私はリファリスに捕まってたわ」
「べ、別にサーチんを助けるつもりは……まあちょっとはあったけど」
ちょっとかよ!
「ウチはあくまでリファリス様を止めよう、そう思うただけや。自分自身より大事にしてくれていたメイドを突然使い捨ての扱いするなんて、どう考えても不自然や」
「おかしいと思ったのは今日が初めて?」
「いや、今月に入った辺りからやな。リファリス様が急に『忠誠心』や『自己犠牲』なんて言葉を事ある度に仰るようになったんや」
忠誠心に自己犠牲……ね。リファリスの一番キライな言葉だわ。
「一体何なんや? やっぱさっき話してた陛下の行ってる事が関連してん?」
「ええ、十中八九」
「……陛下もろくな事せえへんな……」
「で、どうする? ここまで巻き込んでおいてから言うのもアレだけど、もうリファリスの元には戻れないわね」
「……そやな」
「私達と……来る?」
「それしか……ないやろな。リファリス様をこのままにはしておけへん。それに」
エリザは悲しそうな視線を向ける。
「……エイミアとリル以外は敵なんやな?」
「ええ」
「エカテルやナイアも?」
「ええ」
「ヴィーも……か」
「……ええ」
「クソ! 陛下もけったいな事してくれたな!」
「厳密に言うと、やったのは院長先生だけどね」
「院長先生……A級冒険者の〝飛剣〟のヒルダやな」
「そう。私とリファリスの育ての親であり……今は敵でもある」
「敵……でええんか?」
「ん?」
「あんだけ慕っとった院長先生、敵認定してもうてええんか?」
「…………よくはないわよ。それに院長先生がマーシャンと平和的に話してみたい、とか言ってきたら私は反対しなかっただろうし」
「何や? 要は〝飛剣〟の出方次第やった、て事かいな?」
「ええ。マーシャンが話し合いに応じたかは微妙だけど、それでも院長先生の手助けはしたでしょうね」
「ならサーチんが〝飛剣〟を敵認定したんは、やり方が最悪やったからやな?」
「当たり前じゃない! 仲間が敵に回るようなことされて、笑って許せるほど私は心は広くないわ! とにかく一度院長先生をブッ飛ばさないと気がすまない……!」
「……同感や。リファリス様に飽き足らず、ヴィー達まで洗脳するようなクズ、ド突くだけじゃ足らんわ。姿かたちがわからんくなるくらい、ボコボコにしたる!」
「……オーケー。だったらなおさら私と一緒に来なさいよ。あんたが心置きなく殴れるように、バックアップしてあげるわよ」
「…………サーチんはド突かへんの?」
「いい、いい。私は背後からサクッと殺れれば」
「そうかいな、サクッと……って殺すん!?」
「当たり前じゃない。院長先生だろうが何だろうが、私の仲間におかしなことするようなヤツ、絶対に許すつもりはないわ」
「そうかいな……なら決まりやな!」
エリザが右手を差し出してきた。なので私も差し出す。
「ぐゎ、負けた……って何でチョキ出してくるねん! 握手や、握手!」
「わかってるわよ。ていうか、あんたも意外とノリがいいわね」
「……何てやってるうちに、すっかり囲まれてたわね……」
もう少しで館を出られるところで、メイド達に包囲された。
「エリザ様、メイド長たる貴女様が何故!?」
「今なら間に合います、その逆賊を捕らえ、リファリス様に許しを乞いましょう!」
「……だって。どうする?」
「ここまで来て仲間を売るような真似するかいな。怪我しとうないなら退くんやな!」
「エ、エリザ様!? その下品な喋り方は!?」
「……下品やと? ウチの故郷の方言、馬鹿にするヤツは……」
ぼごぉん!
「へびゅ!?」
「ド突くで?」
「いや、もうすでにド突いてるし!」
ばきゃ!
「ひゃぶっ!」
「そういうサーチんも蹴倒してるやないか!」
「ま、顔だけは狙わんといてあげるわ」
ずむっ!
「おぶぅ!」
ずむっ!
「ぎゃう!?」
ずむっ!
「あがあああっ!」
「……なあ、サーチん」
「何よ」
「一応、女でも股間は痛いで?」
知ってるわよ、私だって女だし。
「だけどこれが一番蹴りやすいのよねぇ……軽〜くおしおキック」
ずぎゃあん! めきゃ!
「ひぎゃあああああああああああ!!」
「サーチん! 自分より胸がデカい娘に手加減せえへんの、止めてや!」
手加減してないんじゃなくて、それ以上に強く蹴ってますが、何か?
可哀想なメイド達を全員張り倒して外に出ると。
「……さーちゃん……エリザ……」
服脱げまくりのキスマークありまくりのリファリスが待っていた。
「も、もう解毒したの!?」
「あたしも冒険者、毒に対する知識は持ち合わせてるさ。特に注意すべき毒には対策もしてる」
ちぃ! 耐性があったか!
「さーちゃん、大人しく捕まって。悪いようにはしないから」
「やーだよー」
「……エリザ、取り押さえなさい」
「申し訳ありませんが、今のリファリス様のご命令には従えません」
「エリザ!!」
「……ウチの主人なら、洗脳なんかはね除けいや! 根性が足らへんで!」
「エェェェェリィィィィザァァァァ!!」
怒り狂うリファリス。普段のリファリスならこれくらいで激昂しないっての!
「うりゃ!」
「なっ!? うぐふぅ!」
正拳がリファリスの鳩尾に突き刺さる。くの字になったリファリスのアゴを肩に乗せて。
「サーチ・ゴートゥーヘル・スタナァァァァァァ!!」
どずぅぅぅん!
「ぎゃひぃ!」
ゴロゴロゴロバタァァァン!
二回転ほど転がってからリファリスが倒れた。いやはや、岩様顔負けのダウンだわ。
「リファリス〜……あら、完全に伸びてる。脳震盪かな」
うん、子供時代には負けっぱなしだったけど、今なら私が勝てるわ。
「リファリス様……必ず戻って参りますので……待っていてください」
そう呟いたエリザ。何故か気絶しているリファリスが頷いたように見えたのは、私だけだろうか。
岩様は……わかる人にはわかる。




