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第八話 ていうか、紅美は退避。

「はい、これで取引成立ね」

「へっへっへ、確かにブツはいただきやした」


 こういう場合は握手なんだろうけど、ソーシャルディスタンスは大事なのでお辞儀のみ。


「ありがとうございやした。機会があれば、またいずれ。失礼しやす」


 そう言って男はサッと背を向ける。口調は胡散臭さ満点だったけど、取引自体はスマートで迅速だった。


「前の取引相手ほどではなかったけど、それなりの額では売れたわね」


『うん、ありがたいです』


「それじゃあ私も戻るわ」


『了解。母さ……サーチ、お疲れ様』



 プールから帰ると市長さんからメールが届いていた。取引相手が見つかった、とのことだったので、前回の教訓として市長さんに仲介してもらう形で慎重に取引を進め、三日後の今日で合意に至ったのだ。


「最初からこうしてれば良かったなぁ。裏社会の取引って下手すると命懸けになっちゃうのね」


「そうだな。最初のうちは組織の顔役に仲介に入ってもらった方がいいな。仲介があれば相手もムチャはできないし、顔役を通して私達を知ってもらえるしな」


「そうですよ。わざわざ危険を冒す事はありませんから」


「は、はい。今度から気を付けます」


「はいはい、いい子いい子。とりあえず十分に楽しめたし、資金の調達もできたし、これでダイモスとはおさらばね」


「で、どうするんだ、これから?」


「う〜ん……マーシャン次第なんだけど……相変わらず連絡は皆無だし」


 ヴィー達との決別以降、マーシャンは自ら別行動を申し出た。世間から身を隠して、とにかく神命の宝玉(コトノハ・オーブ)の完成に全力を注ぐ、とのこと。


神命の宝玉(コトノハ・オーブ)があれば院長……じゃなくて〝飛剣〟が使った≪万有法則≫(コトノハ)を無効にできるそうだから」


 マーシャンの話だと≪万有法則≫(コトノハ)で実現化したことを元に戻すのは不可能に近いらしい。唯一の方法は「更に上位の理を用いて≪万有法則≫(コトノハ)の効力を消してしまう」とのこと。つまり「更に上位の理」である神命の宝玉(コトノハ・オーブ)を使うしかない。


「敵さんもその辺りはわかってるみたいだな。ネットを見てみればマーシャン捜索の話題ばかりだ」


「まあ……あれだけの額の賞金ならね」


 ちなみにだけどマーシャン捕縛の賞金は、日本の国家予算一年分に相等します。


「完成させるにはかなり時間がかかるみたいだから、私達はひたすらマーシャンが発見されないようにするしかないわ」


「……つまりマーシャン捜索の目を私達に向ける……ってことか」


「そうなると……かなり危険ですね」


 そう。あれだけの金額が関わってくる以上、私達にはいろんな連中が形振り構わず向かってくるだろう。


「紅美、ホントならあんたには安全な場所にいてもらいたいんだけど……」


「わかってる。もう母さ……サーチと一緒にいるしかないんだよね」


 そう。逆に安全な場所はもうないのだ。


「…………サーチ」


「何?」


「コーミちゃんを匿う絶好の場所がありますよ?」


 えっ。


「マ、マジで!? どこに!」


「マーシャンの居る場所ですよ」


 あ、あああ! そうだった! その手があったんだわ!



「……それで妾を呼び出したのじゃな」


「手が離せないのはわかってたんだけど、私達がマーシャンのところへ行くわけにもいかないし」


「……ま、そうじゃな。おそらくは監視されておるじゃろうし」


 結局マーシャンに事情を話し、直接≪転移≫してきてもらったのだ。


「事情はテレフォンした通りだけど、いいかな?」


「妾は大歓迎じゃよ。一人じゃと気が滅入るしの」


「私も母さ……サーチ達の足を引っ張りたくないから、これでいいわ」


 紅美は私達の後方サポート兼マーシャンの世話をする形で落ち着いた。マーシャンのいる場所は絶対安全だし、周りに町もあるから息が詰まるような状況にはならないだろう。


「紅美、くれぐれも気を付けてね」


「わかってる。町に出る時も細心の注意を払うわ」


「紅美、くれぐれも気を付けてね……マーシャンには」


「うん、気を付け……へ?」


「寝室には鍵を三重に付けなさい。ドア付近に(トラップ)を忘れずにね。パンツのゴムは強くしておきなさい」


「ちょちょちょっとちょっと!? マーシャンさんって何なのよ!?」


「ヘンタイ」

「変態です」

「ま、俗に言う二刀流だな」


「いやああああああああああああっ!!」


「待て待て、妾にはそんな暇はない。今日は大丈夫じゃが、明日以降は宝玉から目を離せなくなるしの」


「そ、それって二十四時間?」


「うむ、食事も宝玉の前で。風呂やトイレも難しくなる」


「な、なら安心よ。よかったわね」


「それでも不安なんだけど!?」


「ま、襲ってきたら殺っちゃいなさい」


「怖いのぅ!」


「あ、殺っていいなら問題無いわ」


「殺る気満々じゃし! というより問題無いとはどういう事じゃ!?」


 ぎゃーぎゃー騒ぐマーシャンは放置で。



「じゃあね、紅美」

「ん、またね、母さ……サーチ」


 ……今さらだけどさ、いい加減「母さん」って言いかけるの何とかしなさい。


「任せるのじゃ、妾がついておる故、大船に乗ったつもりで居るが良い」


「そうね、オリハルタイト製の船だもんね」


 重くて沈むけど。


「あ、紅美。これあげる」


 そう言って私はプレゼントを渡す。


「あ、ありがとう。これは?」


「あんたが夜中にこっそり持ち出してた、私のガンブレードの同型」


「え!? き、気付いてたの!?」


「コーミちゃん、私でもサーチに気付かれずに近寄るのは無理だよ」

「そうです。私も無理です」


「リルはともかく、エイミアは一生無理よ」


「酷っ!?」


「だいたいあんたがコッソリ何かしようとしたら、転ぶかデカいモノ音を立てるか、どっちかでしょうが」


「「「……確かに」」」


「み、皆酷い……!」


「ま、それは置いといて……夜中に私のガンブレード持ち出して練習してたでしょ」


「う、うん」


「あれは私専用にカスタマイズされてるから使いにくいわ。だからこの新品使いなさい」


「い、いいの? 高いんでしょ?」


「いいのいいの」


 海賊った船の中にあったヤツだから。


「……うん、わかった。私、これを使いこなせるようになって、母さ……サーチ達と一緒に旅ができるくらい強くなるね!」


「あはは、そうなるのを楽しみにしてるわ」


「うん! いつかムッキムキのバッキバキになって、ボディビルダー顔負けの身体に」

「「「「それは止めて」」」」



 こうして紅美は私達の船を降り、マーシャンの元で私達のバックアップをすることになった。


「コーミちゅわん! 妾は……妾はぼげぇ!?」


「あ、ガンブレードってこう使うと強力なんだ」


 ……練習相手には困らないから、結構強くなる……かも。

紅美、ガンブレード使いになるのか?

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