EP15 ていうか、戦闘終了。
総統は痙攣しながら、床に倒れた。
「……ふう」
『ありがとうございました、〝闇撫〟様』
…………。
「……あんたさあ、人に対しては攻撃はできないんだっけ?」
『はい。そのようにプログラムされていたす』
「どんな方法でも?」
『はい』
……ふーん……。
「ならさあ、あんたが私を雇って他の人を殺させることはできるの?」
『……何を仰りたいのか、わかりかねますが』
「できるのか、できないのか、それを聞いてるんだけど?」
『…………可能でございます』
なるほどね。陛下を守るためなら、暗殺も仕方ないって判断か。
『今回の戦争、あまりにも西マージニアが暴走しすぎました。兵士の数も物量的にも、圧倒的に不利というのにです。その為に陛下を人質にする等、あってはならない事なのです』
「ムダね」
『はい?』
「ムダだって言ってるの。マーシャンを捕まえたところで、まるで意味がないのよ」
『い、意味がわからないのですが!? 陛下を捕まえても意味がないとは、どういう事ですか!?』
「だって、あれはマーシャンの分身だからね」
『…………はい?』
私は周りを見回して、監視カメラがある方向を見る。
「ね、そうなんでしょ、マーシャン?」
少しの間だけ沈黙が続き……。
『……何じゃ、バレておったのか』
『こ、この声は、まさか!?』
「まったく……いつからこの屋敷のセキュリティシステムに乗り移ってたの?」
『セキュリティシステムって…………ま、まさか!』
そのまさか。マーシャンはリファリスに連行されてからずっと、この屋敷の中にいたのよ。
『ど、どうやって屋敷のセキュリティシステムに!?』
「私もよくわからないけどさ、船の制御システムから今の身体に移ったときと、まったく同じことじゃないの?」
『その通りじゃ。リファリスに連行された後、火星のコンピュータネットワークに入っての。それからは火星内のネット内をウロウロしておったのじゃ』
『ちょっと待ってください! ならば陛下は外部から屋敷のセキュリティシステムに侵入したと!?』
『そうじゃよ』
『そ、それは不可能です! 屋敷のセキュリティシステムは、外部から独立しています。侵入するのは不可能なのですよ!?』
『何の問題もないぞよ。普段から出入りしているシステムを介せば、侵入なぞ訳ないわい』
普段から出入りしているって…………あ。
「……あんたの中?」
『あんたって…………ま、まさか私を介して!?』
『流石に記憶専用のアンドロイドじゃな。ワシ一人入り込んだところで、まだまだメモリには余裕があったぞよ』
『た、確かに一時的にシステムが重くなっていたのですが……まさか、あの時に……』
寄生虫かっつーの。
『後はお主がこの屋敷に居る間に、セキュリティシステムに移っただけの事じゃよ』
『ま、まさか私自身が侵入経路として利用されるなんて……』
「そんなことができるのはマーシャンくらいよ」
『そうじゃな。おそらくワシしか耐えられんじゃろうよ』
『そ、そうですか。セキュリティシステムを根本的に見直さなくてはならないかと思いました』
『それよりも、じゃ。ワシに従ってくれた事、真に感謝するぞ』
『い、いえ! アンドロイドならば当然の事でございます!』
『そうかそうか。お主こそ真のアンドロイドじゃよ』
……ていうか、これって絶対にリファリスとマーシャンがグルよね?
「マーシャン、聞きたいんだけどさ」
『む? 何じゃ?』
「この屋敷のセキュリティが異常なくらい甘かったのは、マーシャンの手引きよね?」
『そうじゃよ』
普通ガラスが破られた時点で警報が鳴るからね。
「何でマーシャンはこの屋敷のセキュリティシステムに侵入したわけ?」
『それはじゃな、サーチ達を侵入させやすくする為じゃよ』
「つまり捕まった辺りから、リファリスと手を組んでたわけね?」
『その通りじゃ。全てリファリスが考えた策略じゃよ』
マーシャンの説明によると、借金が理由で身柄を押さえられたのはホントで、その際に身体を捨てて近くにいたアンドロイド――――ライラに乗り移って逃げようとしたらしい。
『じゃがあの者はワシよりリファリスに対しての忠誠を優先しての。その場で自身のメモリを封鎖してワシを逃げられなくし、リファリスに告発しおったのじゃ』
リファリス親衛隊に乗り移ったのが運の尽きね。
『事情を知ったリファリスに提案されたのじゃよ。ワシの借金を帳消しにする代わりに、総統を暗殺するのに手を貸せ、とな』
「なるほどね〜……リファリスが望むようにムダな血を流さないようにするには、これくらいの搦め手じゃないとね〜」
『リファリスならば普通にクーデターを起こしても勝てたと思うのじゃが……難儀な事をするのう』
リファリスは戦いは大好きで、人を殺すことも平気だ。ただ、無関係な人が犠牲になることを異常なまでに嫌うのだ。
「リファリスの配下にいて略奪暴行なんぞしたら、一番惨たらしい方法で殺されるわよ」
『意外な一面じゃな』
こうして。あまりにも呆気ない形で、火星の覇権をかけた戦いは終わることとなった。
それから一ヶ月。西マージニア国はリファリスの号令の下、着々と民主化の方向へ進んでいった。
『この調子ならば年内には普通選挙ができそうじゃな』
元の身体に戻ったマーシャンとお茶をしながら、今後のことを話していた。
「リファリスは内政にも通じてるからね。ていうか、前の総統がダメすぎただけなんだろうけど」
仮で総統になっているリファリスは、普通選挙が行われた時点で退任するそうだ。
『〝不敗〟様なら一国を治める事もできましょうに』
「リファリスはめんどくさいことが嫌いだから……ていうかメモリー、あんたの願いだった民主化になっていってるのよ。喜ばないの?」
元総統の記憶専用アンドロイドは名前をメモリーと改め、現在は普通選挙の行うための実行委員会で働いている。
『私は記憶する事だけが仕事でした。そんな私でも自由に生きられる世界……夢にまで見ていた場所に私は立っています。ですが、それだけでは喜べません』
「……て言うと?」
『この自由な世界は酷く脆いです。些細なきっかけですぐに崩れてしまいます。そうならないように、守り育てる指導者が必要なのです……当面は』
確かに。フランス革命以後ってかなり大混乱だったっていうし。
『それは〝不敗〟様なら……と思っていたのですが』
『メモリーよ、何故お主は望むだけなのじゃ?』
『はい?』
『望むだけならば誰でもできるが、望むだけでは何も変わらぬ。誰かが実行せねば変わらぬが、実行するのは誰でもできるのじゃ』
『誰でも……できる』
『それがメモリー、お主であったとしても何も不思議ではなかろうが』
『…………私が……実行を……』
このメモリーさんが、のちの西マージニア共和国初代大統領だったりします。
明日から火星編の幕引きとなっていきます。




