第十話 ていうか、私、災難?
次の日。
マーシャンが寝込んでいる間に必要な物資の調達を終わらせていた私達は、獄炎谷へ向けて出発した。
今回は戦いには参加しないものの、オシャチさんもついてきてくれることになってる。
マーシャンに交渉役を頼んだんだけど……思えばマーシャンに頼んだ時点でもう決定事項だったのかな。
「道のりは一応三日の予定。忘れ物はないわね?」
「大丈夫です」
「おーけー」
「もうグルグルは嫌じゃ……グルグルは嫌じゃ……」
「あっしが全力で姐さんを支えます!」
マーシャンは現実逃避してるけど……オシャチさんが気合い十分っぽいから大丈夫か。
あ、そうだ。
「オシャチさん、組員の皆さんは大丈夫なの?」
放っといてもいいのかな。
「大丈夫っす。血の気の多い連中ですので『他のシマ侵略してこいや!』と発破かけときやした」
発破かけちゃダメでしょ! 血を見るわよ!?
「大丈夫っす。今回あっしが人魚の巣に捕われている間も、ちゃんと自分たちで考えて行動してやしたから」
……ならいいけど。
「ええ。あっしがいない間にちょっと三倍ほど縄張りが広がってただけっすから」
……どっかの特定外来生物並みに質が悪いわね……。
「ところでさ」
借りた馬車に揺られてる時に、何となく気になってオシャチさんに聞いてみた。
「水没してる場所はどうするの?」
「一応いくつか手は考えやした」
ほう。
「まずは……あっしが一人でダンジョンを走破する」
はいムリ。
「水の中なら問題なさそうだけどさ、水から出たらどうするの? 水魔法なしでモンスター対処できる?」
「うぐっ……それは気合いで」
「ほら、次の案」
しばらく口をパクパクさせていたオシャチさんは、気を取り直して口を開く。
「ならあっしの水魔法で、水を丸ごと移動させちまうのはどうでしょうか」
「す、凄いです! そんなことができるんですね!」
エイミアの賛辞が素直に嬉しいらしく鼻をピクピクさせている。
「あのさあ……どかした水はどうするの?」
「「えっ……」」
……二人とも考えてなかったのね。
「な、ならあっしが水を外に捨てにいけば……」
「……そこまでMPもつ?」
またパクパクし始めるオシャチさん。
「き、気合いで」
「はいはい次の案」
それから幾つかの案を出してきたけど、全て論破してしまった。オシャチさん連れてこないほうがよかったかも……。
「そ、それじゃあてめえには何かいい案があるのかよ!?」
あるにはあるんだけど……できれば避けたかった。
「マーシャン……≪水中呼吸≫を使ったら、この人数でどれだけMPもつ?」
「言うと思っておったよ。じゃがせいぜい十五分が限界じゃな」
「何だよ……偉そうなことヌカすだけでてめえも無策じゃねえかよ! それとも何か? あっしが言ってたみたいに『気合いで乗り越えろ』とでも!?」
「んなわけないでしょ。気合いで乗り越えるのはマーシャンじゃなくて……あ・な・た」
「あ、あっしがですかい!?」
そう言うとまずはマーシャンの方に向き直る。
「マーシャンは魔術とかでMPを取り込んだり吸い取ったりできる?」
「……できるが……?」
「はい、なら大丈夫かな。オシャチさん、あなた方人魚の種族スキルって≪人化≫と……水中にいるときに自動でHPとMPが回復するようなスキルじゃない?」
ハイエルフの≪森の恩恵≫みたいな。
「な、なんでわかったんだ……!? ああ、間違いないっす。≪水の恩恵≫と言いやす」
よっし!
「じゃあ話は簡単。まずはマーシャンが≪水中呼吸≫をかける。で、MPがヤバくなってきたらオシャチさんから提供してもらう……これでどう?」
「うむ。それならば問題無いのう」
「あっしのMPが姐さんの一部になるんですかい!? まったく問題ないどころか大賛成だ!」
そう言うとマーシャンの方を向き、着物をかなりはだけた。
「姐さん! たっぷり吸ってくださいね……あ、あれ? 姐さん? 姐さーん!?」
……マーシャンはオシャチさんの襟を掴んで木陰へ引き摺っていった。うっすらと顔を赤くしているエイミア。
「……見に行ってきたら?」
からかう感じで言ってみる。
「……バカ!」
エイミアは私の背中をパシンと叩くと足早に去っていった。
……かわいいわね〜。
翌朝。
エイミアとリル、二人して寝不足みたいだった。
例の如くやたらと艶々したマーシャンと、その肩にしなだれかかるオシャチさん……しばらく二人の世界にいてください。
「あと一日ってとこね……さあ! 行くわよ!」
その日一日はほんとに穏やかに進んだ。たまーに出てくるザコモンスターは、機嫌が最高潮のマーシャンが魔法でぶっ飛ばした。
「エイミア、どうしたのじゃ?」
「うぇっぷ……馬車に酔ったみたいで……」
エイミアって体調が悪かったりするとよく馬車酔いするのよね……。
「まって、薬が……あ、しまった。切らしてる……リル持ってない?」
御者をしてくれてるリルに聞いてみるが。
「ねえな」
……仕方ない、少し休憩を……。
「なんじゃ薬か? 滋養強壮に良く効く薬ならあるが」
滋養強壮!?
嫌な予感しかしないんですけど!
「ちょっと待っ」
ごくんっ
飲むの早いな!
「え? 何ですかサーチ?」
……何でもありません。
その夜。
マーシャンとオシャチさんは早々に消え、リルも今日は離れて寝る、と言って消えた。
で、薬を飲んじゃったエイミアはと言うと……。
「か、身体が暑いです〜……」
だから飲んじゃダメだったのよ! エルフ用の滋養強壮の薬なんて強いに決まってるじゃない!
「あーつーいー……」
そう言って上着を脱ぎ始める。
「まったく……明日の準備ちゃんとしなさいよ〜」
簡易テントを放り投げながらビキニアーマーを脱いでインナーだけになる。そんな私をエイミアがトロンとした顔で見ていることに気づいてはいた。
夜半。
まっったく寝れない。
「……あーもー!」
気分を変えるために水浴びをしようとテントを出ようとする。
すると。
「……ひゃう!」
背後から抱きつかれた。
「だ、誰……エイミア!?」
そこには目が完全に逝っちゃってるエイミアがいた。
「サーチぃ……熱いのよう……」
こ、これってめっちゃヤバい展開なのでは……!?
「は、離しなさい! ちょっと……!」
エイミアが私の耳に噛みついてきた! …仕方ない、ここは一発ぶん殴って……!
「サーチぃ……大人しくして」
ばちぃ!
「あぎゃっ!」
いったーい! スタンガンみたいな……! その間にエイミアの手が私の下腹部を越えて……!
「こ、この、ヘンタイがあああああっ!」
どぐわっしゃああああん!
「……ぐすっ」
「ごめんなさいエイミア! ごめんなさい!」
寝起き状態で平謝りの私。
正直、夢だと思いたかった。でも、となりでボコボコになって寝てるエイミア……もう状況証拠ありすぎよ!
「ぐすっ……サーチ〜!」
「ほんっとにごめんなさい! まっったく手加減できなかったのよ!」
半泣きのエイミアを見ると可哀想ではあるけど、私の貞操がかかっていたのだ。手加減なんてできるはずがない。
「エイミア……今回はマーシャンの薬のせいでもあったし……許してね、てへぺろ☆」
「……サーチ……わかりました。今回は私にも落ち度がありましたから」
「あんたには落ち度しかないわよ!」
「ご、ごめんなさいー!」