第九話 ていうか、マーシャンよ、安らかに?
「オシャチさーん!」
あれ? いない。
「さっきマーシャンを探しに行ったんじゃなかったか?」
てことは……。
「……ドブ!」
…………ろろろ…………。
……ろろろろ…………。
「……何か聞こえません?」
間違いなくオシャチさんだわ。
おろろんおろろんなんて泣くの、オシャチさん以外いないだろうし……。
「オシャチさーん……あ、いたいた……ぎゃっ!」
あれ? リルが鼻を抑えてうずくまった。
「どうしたんですか! リルだい……うぐっ」
今度はエイミア!?
「一体何? ……く、くさ!」
「リ〜ル〜……エイミア〜……」
そ、そういえば私がマーシャンをドブに落っことしたんだっけ……マーシャンが○○まみれ……。
「だ〜れか〜……洗ってたもれ〜」
たもれって……。
ずる……ぺちゃっ
ずる……ぺちゃっ
「さ、サーチぃ……何か新種のモンスターがいます……」
気持ちはわかるわエイミア……こんなのダンジョンに出たら、全力で逃げる。
「サーチ……恨めしや」
うーん……どうしよう。
「……ひょっとほへい!」
リルが鼻に栓をして突っ込んでいった。たぶん「ちょっとどけ!」て言ったんだと思う。
持っていたバケツの水をマーシャンにぶっかける!
バシャッ
「ぶはっ!」
まだ臭いわね。
「リル、エイミア。しばらくバケツで水かけてて。私はすぐ戻るから」
そう言って私は走りだした。
「……ごめん、おまたせ」
「おせえよサーチ……お前! なんだよそれ!」
私は借りてきたデッキブラシとトイレブラシをリルとエイミアに渡す。
「な、なんじゃそれは! まさかお主ら……」
私は使い込まれたデッキブラシを高々と掲げ。
「……清掃開始!」
「待ってへぶっ!」
マーシャンの顔を洗う。
「ん〜……仕方ありません!」
勇者エイミアが手にする聖剣トイレブラシが煌めく。
「≪蓄電池≫の応用! 秘技≪電気分解≫!」
ごしごしごし!
バリバリバリ!
ごしごしごし!
バリバリバリ!
「いみぃやああああああああ!!」
さ、さすがに……惨い。
トイレブラシで身体中ごしごしと磨かれ。電気分解なんて生易しいもんじゃない静電気でシバかれ。
あ……だんだんとマーシャンの叫び声が嗚咽に変わっていく……。
「お、おい……エイミア……それぐらいにしておいてやれ……」
「え? まだまだこれからですよ?」
「…………もういいから。あとは私がなんとかするから……」
エイミア……空気読まないキャラだと思ってたけど……なんかマーシャンに対する恨みがこもってない? 今回は空気云々じゃなくてわざとやってない?
「……わかりました。もう少し磨けば穢れた心も綺麗になるかと……」
…………エイミア……ホントに止めてあげなさい……。
それから私が風呂へマーシャンを引き摺っていく途中。
「あ、姐さあん!」
……まためんどくさい……。
「ああ……こんな酷い姿になって……! おろろ……」
おろろはいいから。
「てめえ! 姐さんをよくもー!」
マジめんどくさ……あ、そうだ!
「ちょっと待って! オシャチさん水属性魔術、得意よね?」
「は? あ、あたぼうよ!」
……なんか江戸っ子が混じってるような。
「じゃあ渦潮できる? こう、ぐるぐるぐる〜っと」
「大丈夫でさあ!」
ならイケるわね。私がマーシャン洗わなきゃならないのかって憂鬱だったんだけど。
「じゃあ準備お願い!」
「……なんか乗せられてる気がするんすが……」
「マーシャンの輝きを取り戻すためよ!」
「姐さんの為なら! 任せてください!」
そう言うとオシャチさんはクルリと宙返りして、人魚の姿に戻った。
「姐さんの為なら! ≪水流竜巻≫!」
オシャチさんが空中に巨大な渦潮を作り出す!
よし、マーシャンの両足を掴んで。
「な、なんじゃサーチ……哀れなワシにまだ何かするつもりか……」
ぶんっ
「ぬわ!」
ぶんぶんぶんっ
「わ、ワシが何をしたんじゃああああ!」
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんっ
「馳○流ジャイアントスイング! いっけー!」
「ぎいああああ!」
マーシャンは真っ直ぐに渦潮に向かって飛んで逝く! ナイスコントロール!
「なっ! てめえ! 姐さんをぶん投げてどうする気だ!」
「いい? 今のマーシャンを綺麗にするには生半可なことじゃ無理なのはわかる? オシャチさん」
「ブクブク……ぷはあ! ……でなんで姐さんぶん投げがぼお」
……オシャチさんの頭に金魚鉢を被せる。
「お、おお……これで息ができる」
「……いい? マーシャンを綺麗にするには、ブラシで擦るくらいしないと無理なの。だけどブラシだとダメージが大きいのよ」
身体的と言うより精神的に。
「それで渦潮なの。あれくらいの水流で洗うとかなり綺麗になるわよ」
要は人間洗濯機ね。
「そ、そうなんすか! でも姐さんにダメージは……」
「ブラシでゴシゴシされるよりは、水でグルグルの方がマシよ!」
そのマーシャンはというと……。
「がぼ! た、助けぶくぶくもが! 息ができごぼごぼ……目がまわごべばぶぢぶう……」
……めっちゃ苦しんでいた。
「こひゅー……こひゅー……」
……虫の息ってヤツね。
「姐さん! 姐さあん!」
「エイミア、お前もよくこうなるぜ」
「…………知りたくなかったです…………」
エイミア回復力は並外れてるけど、基本的に体力ないのよね。
「お、お前らああ! 姐さんを何だと思ってやがる!」
「大丈夫よ、死んでないから……それよりも。気づかない? 匂い」
「え? くんくん……ホントだ、臭くない……」
良かった……これで匂いが落ちてなかったら、大変なことになってたわ……。
「とりあえずマーシャン起こしましょ。リル、漏斗」
「おう」
マーシャンの口を強引に抉じ開けて、漏斗を差し込む。
「エイミア、薬草」
「はい」
あらかじめ煎じておいた薬草を粉のまま流し込む。
「オシャチさん、水」
「え? へ、へい」
水魔法で微量の水を作り出して漏斗に流す。
「よーし。離れて離れて」
……。
……。
そろそろかな。
「…………ぅぅ……ぅぅうぅあああああ! にっがあああいいいいい!」
マーシャンが飛び起きた。
「あ、姐さん! 良かった……ほんとに良かった……」
あら。オシャチさんマジ泣きしてる。
「苦! にっっがあい! 水! 水! オシャチ、水をくれー!」
「あ、姐さん? わかりやした」
「え!? 違うのじゃ! コップに一杯くらいでがぼ! ぶくぶくぶく……息が息がーぼわあぶく……目がまわぶくぶくぶく……」
……またしばらく回るマーシャンでした。
「お、お主ら! ワシに何の恨みが……」
「ありますよ……何をしたか忘れてないですよね?」
エイミアは……一番被害受けてるわね。
「あ、あれはお主も気持ち良さびりびりびりあばばばばばななんでもななないですすす」
エイミアを怒らすとこわいわよ……。
「し、痺れる……そうじゃ、リル! お主まで加担するとは! ワシは恨まれる覚えはないぞ!」
「……闇深き森で無理矢理」
「いやあれは……そうじゃ! スキンシップじゃよスキンシップ! お主もまんざらでもいったあああい!」
……頭に矢が刺さったままのたうち回るマーシャン。よく死なないわね。
「ほ、本当に死ぬかと……さ、サーチ! お主が全ての元凶であろう! 真にお主には恨まれる覚えは……」
ぶちっ
「……ワイバーンに乗ってた時に私の初めて奪ったのはどこの誰だったかしら?」
「あ、ああ! あれはじゃな……何故足を取るのじゃ?」
「舌まで入れてきたのはどこの誰だったかしら?」
「わ、忘れたのう……何故首に手を回すのじゃ?」
「終いには人の胸に手ェ入れてきたのは…………お前だろがーー!!!」
「んんぐああああ! ギブギブギブギブ! いっぎやあああああああ!」
……私のSTFは完璧に極った。
そういえば話はめちゃくちゃ逸れたけど、オシャチさんの協力によってダンジョンの水の問題はなんとかなりそうだ。
明日はいよいよ獄炎谷だ。
「ろ、ロープロープじゃ!」
「ロープなんか無いわよ!」
「たーすーけーてー!」