EP4 ていうか、ヴィーに睨まれたナタ
無事に脱出した私達は、休むことなく移動する。できれば夜の間に離れられるだけ離れた方がいい、という判断だ。
「ノンストップだけど大丈夫、二人とも?」
「私は大丈夫です」
「だ、大丈夫だよ」
二人の返事に頷き、普段よりもかなり早いペースで街から遠ざかっていった……。
が。
「ひい、ふう、ま、待って〜……」
街の中の移動では元気だったナタが、早々に音を上げたのだ。
「どうしたのよ。さっきまでの元気はどこいったの?」
一番大変だったであろうヴィーでも、まだ余裕があるみたいだけど。
「そ、そんなこと言われたって、ボ、ボク、こんなに歩いたことないよっ」
あ、そっか。歩くこと自体に慣れてないのか。
「よくよく考えれば、私達は歩いて旅をするのが当たり前ですが、こちらの世界では交通手段が充実してますしね」
「どうなさいますの?」
もう少しムリしてもらうしかないか。
「ゾンビアタックしてもらうしかないか……ヴィー、悪いけど回復してあげて」
「はい。≪回復≫」
ヘトヘトだったナタは、みるみる元気を取り戻していく。
「は、はは、あははははははっ! 力がみなぎってくるぅぅぅ!」
ダダダッ!
「あ、ちょっと!」
元気になりすぎたみたいで、今度はあっという間に先に行ってしまった。
「……そんなに張り切って行っちゃったら、またヘバっちゃうだけなんだけどなあ……」
「サーチ姉、経験積まないと駄目だと思われ」
ま、そうなんだけどね……。
十分後、道端でヘバっているナタを回収することになるんだけど、それから回復して先走る→ヘバって回収→再び回復して先走る……のパターンを繰り返すことになる。
「あ、足が! マメがぁ!」
夜、張り切りすぎたムリが足の裏に祟った。
「そりゃ普段歩き慣れてないヤツが、あんな尺取り虫みたいなことすれば、ねえ……」
エカテルがナタの解毒薬を送ってくれたときに、傷薬を一緒に送ってくれたのが役に立った。ヴィーは街からの脱出時に神経をすり減らしたらしく、ご飯を食べたら早々に寝てしまったのだ。
「いい痛い痛い! サーチ、もう少し優しく!」
「何回も注意されたのに、言うこと聞かなかったあんたが悪いのよ……はい、終わり」
ぱちんっ
「あぎゃあああ!」
マメを押さえて涙ぐむナタを放置して、リジーと見張りを交代する。
「終わったからいいわよ」
「ん……サーチ姉は疲れてない?」
「これくらいで疲れてたら、旅なんてムリでしょ。あんたこそ大丈夫なの?」
「ん。私はナイア姉の後ろに座って、ずっと≪化かし騙し≫してただけだから」
あ、そだっけ。
「ですから今夜の見張りはワタクシとリジーで引き受けますわ。サーチも今の番が終わったら休んでくださいな」
「そう? なら今回はお願いしようかな」
ヴィーはとっくに夢の中、ナタもうつらうつらしている。
「ナイア、悪いけどナタをお願いしていい?」
「いいですわよ。月よ月夜に夢見頃、月並みに眠れや」
「くかーーーっ」
「これで朝までグッスリですわ。傷の回復促進効果もありましてよ」
「ありがと。明日からはナタの手綱をちゃんと握らないとね」
「そうですわね。一人がペースを乱すとパーティ全体のペースが乱れるのはよくありますしね」
三時間ほどで見張りをリジーと交代し、私も横になった。寝袋に入ってすぐに寝ちゃったってことは、私も何だかんだで疲れていたらしい。
次の日の朝。火星に何故かあった味噌を使って味噌汁を煮ていると。
「……おはようございます」
ヴィーが一番最初に簡易テントから出てきた。
「おはよ。疲れはとれた?」
「お陰様で。昨日は早々に寝てしまってすみませんでした」
「気にしない気にしない。ナタもあれからすぐに寝ちゃったし」
朝まで見張りをしていたナイアは「一時間ほど仮眠しますわ」と言って横になっている。リジーもまだ起きてこない。
で、ナタはというと。
「はっ、ほっ、はっ、ほっ」
「……元気ですね」
「元気っていうか、ムリしないでほしいんだけどね」
私が起きると同時にテントから飛び出し、それからずーっとトレーニングをしている。昨日の痛がりようは何だったのやら。
「おはようございます、ナタ。足はもう大丈夫なのですか?」
「あ、おはようヴィー。昨日はありがとう」
「いや、それより足は」
「もう全然大丈夫」
「なら良かったです。流石はエカテルの調合した薬ですね」
「うん、ホントに。ヴィーのより効いたよ」
ピシィ
あ。言っちゃいけないこと言っちゃった。
「……そうですか、私のサイキックより余程良かったみたいですね」
「うん! エカテルって人に感謝感謝だよ!」
あ〜あ、知〜らない。
「そ、そろそろ朝ご飯の準備できるから、リジーを起こしてきてもらえない?」
「わかりました」
うわあ、般若モードのまま起こしに行ったよ。
「……リジー」
バサッ ゴロゴロゴロ シュタッ!
「おはようございます、ヴィー姉!」
「……よろしい」
スゲ。何しても起きないリジーか、たった一言で起きた。
後日リジーに聞いてみると。
「……殺されるかと思った……」
……らしい。
その空気を察したらしいナイアも飛び起きて、そのまま静かな朝ご飯となっていった。
「何これ、ミソシルっていうの!? 美味しい美味しい」
……空気を読まないナタ以外は。
一時間後に出発し、張り切って私達の前を進んでいたナタは。
「はあ、はあ、はあ……」
「ちょっとナタ、もう息が上がったの?」
「だ、だって、きょ、今日、暑いし」
暑い? 春先にもなってないわよ?
「か、火星でこの気温は暑い方だよ」
あ、そっか。火星って地球より平均気温低いんだっけ。
「なら仕方ないか。ヴィー、ナタに回復…………あ、いや、何でもない」
「……ナタ」
「ん?」
「エカテルの薬の方が効くのでしょう? でしたらそちらに頼ったらいかが?」
……私は何も言いません。
「は、はい、わかりました……」
ナタはエカテルの薬を取り出し、口に入れる。
「に、にっが〜……」
そりゃそうでしょ。
それからも。
「流石に真っ昼間になると暑いわね」
「聖術で涼風を送りましょうか」
「ボクもボクも」
「貴女はエカテルの薬があるのでしょう?」
「イタタ、少し怪我をしたと思われ」
「はいはい、聖術で治しますよ」
「ボクもボクも」
「貴女はエカテルの薬があるのでしょう?」
「あら、お腹の調子が」
「聖術で治しますよ」
「ボクもボクも」
「貴女はエカテルの薬があるのでしょう?」
「で、でも苦いし」
「貴女はエカテルの薬があるのでしょう?」
「あ、あの」
「貴女はエカテルの薬があるのでしょう?」
「……はい……」
結局ナタが泣いて謝るまで、ヴィーは。
「貴女はエカテルの薬があるのでしょう?」
しか言わなくなった。
ヴィーを怒らせたら怖いんだからね。
ナタ降伏。




