第八話 ていうか、秘湯をエサに釣られた私。
秘湯。
ああ、なんて魅力的な言葉なんだろう……。
「そのあたりを超詳しく教えていただけますか?」
「近いです。背丈的に顔の前に谷間がきますので止めていただけます?」
「あらら。これは失敬……おほほほ」
ちっ。色仕掛けは通用しないか。
「ちゃんと知ってる事は話しますから……最終確認です。獄炎谷の調査を僕としてあなた方に依頼します。引き受けていただけますか?」
「もちコース!」
「はっ?」
「……じゃなくて大丈夫です。引き受けます引き受けます」
「はい、言質はとりましたよ?」
言質?
……嫌な予感……。
「まずは知ってる事を話します。ダンジョンの奥に秘湯がある、という噂は聞いたことがあります。これが僕の知っている全てです」
な……。
「あと……報酬の話をする前に引き受けていただきましたが……これは僕としての依頼だ、と言いましたよね?」
「は、はい……」
「ギルドの規定で『ギルドに所属する者が個人的に報酬を支払う事を禁ずる』とあります。ギルドとして依頼していない以上……報酬をお支払いできません。一応ギルドマスターもギルドに所属しているもので……」
「な……な……」
「という訳で……僕個人の依頼を無償で受けていただいてありがとうございます。では、よろしくお願いいたします」
そう言ってニッコリと微笑んだ。
……今の私には悪魔が嘲笑っているようにしか見えない……。
「……アホ」
「……マヌケじゃのう……」
「……誰にでも失敗はありますよ」
ぶちっ
「なんじゃ? いまの音は?」
「お、おい! ヤバいぞ」
「は、はい! 逃げましょう」
ふ……ふふふ……。
「リルにエイミア? 何故逃げるんじゃ……」
がしっ
「わ! な、何をするんじゃサーチ!」
めきめきめきっ
「ぃぎゃ〜〜〜〜〜!!!」
アイアンクローしながらマーシャンを振り回し……めきぃ! とかグシャア! とかいう音がしてからドブへ捨てる。
どぼおん!
そして、縮地に神速をプラスしたスピードでリルとエイミアの前に出る。
「げっ!」
「わっ!」
「……アホとかマヌケとか仰ってくださったのは……どこのどなた?」
「あ、あわわわ……」
「あの〜……私は違いますよ?」
……ふふふ。
この際誰が言ったのかはどうでもいいわ。
「二人とも有罪」
「「なんでーー!?」」
めきめき! ばきゃ!
「「ぎゃああああああ!」」
次の日。
「あー……よく寝た」
……あれ?
「……なんでリルとエイミアが素っ裸で逆さ釣りになってんの?」
「……しくしくしく……」
「サーチ……私が悪かったニャ……だから関節外さニャいで……」
……あちゃー……久々にキレちゃったか……私、前世でもキレると、誰でも関係なく関節外しちゃうのよね…………とりあえず下ろそ。
「……ごめんね、二人とも」
「大丈夫怒ってない……つーか、私でもその腹黒ギルマス相手なら嵌められた可能性高いしな……」
「しくしくしく……私は何も言ってませんよ〜……」
マジごめん……特にエイミア。
「ごめん……私キレると見境無くなるから……」
「……それじゃあ……オシャチさんも?」
……あ。
急いで隣の部屋へ行くと。
「おろろろろ……」
……あれ?
「オシャチさん、大丈夫だった?」
「おろろろろ……何がですか?」
あれ? 私なんでオシャチさん襲わなかったんだろ?
「夜に怖い顔したサーチ来ませんでした?」
「サーチさんですかい? あっしが水槽で休んでたらお見えになりやしたね」
どうりでやたらとデカい水槽が準備されてたわけだ。ていうか、水槽入ってるヤツを襲わないわよね。
「でもどうして泣いてたのよ?」
「あ、姐さんが……姐さんが帰ってこなくて……おろろろろろ……」
おろろはいいから……。
「そういえばマーシャンいないわね」
「「…………」」
な、何よ。
なんでエイミアとリルの顔が引きつってるのよ。
「……サーチお前……」
「……覚えてないの?」
……私か。
「ごめん……キレちゃったときは記憶とんじゃうから……」
……二人してため息を吐いた。
「……マーシャンならサーチに顔面砕かれてからドブに捨てられてたわよ」
「あ……姐さああああああんっ!!」
オシャチさんがドップラー効果しながら走っていった。
「……なんでだろ? マーシャンに対してはまっったく罪悪感がない……」
……二人とも何も言ってこなかった。
近くのドブで人魚が現れて、土左衛門を拾ってきたとかいう噂が流れたが……私は関与しません。
「……で、これが獄炎谷の地図だって」
それから私達はダンジョンに行くにあたっての対策会議を開いた。そこで例の腹黒ギルマスからもらった地図を披露したのだ。
早速マッパーを兼ねるリルが地図を覗きこむ。
「サーチ、モンスターはやっぱり炎系なんですか?」
「そうだったんだけどね……ギルドの先遣隊が一度調査したらしいんだけど……炎系は全く出てこなかったらしいわ」
「あ〜……やっぱり水系に変わっちゃってるんですか」
「……正解。私達には追い風だけどね」
「え? 何故ですか?」
「あ・ん・たのスキルは?」
「あ! そういえばそうですね」
エイミアと会話している間に地図を見てウンウン唸ってたリルがこちらを向いた。
……怖い顔で。
「おい……何をお気楽なこと言ってやがる」
「……何?」
「これ見てみろ!」
そう言ってリルが地図を叩きつける。
え〜と……。
「……地図ですね」
私とリルがガクッとなる。
「そんな当たり前のことを言ってるんじゃねえ!」
「いだいいだい〜! リルがサーチみたいになってます〜はきゅ!」
うるさいエイミアをデコピンで弾く。
「え!? これ先進めないじゃない!」
「そうだよ! 普通の状態なら通れる場所が全部水没してるんだよ!」
……これはマズい。
「いたた……でも泳いで進めば」
「泳いでるときにモンスターが出たらどうするんだ?」
「大丈夫です! 私の≪蓄電池≫で」
「また全員痺れさす気!?」
「あ〜……」
はっきり言うと。
泳いでるときにモンスターと遭遇したら。
間違いなく全滅ね。
……とりあえずオシャチさんに相談しますか。