EP17.5 ただただ、食べたかっただけ
この世界に来てから、どうしても食べたいと思うモノがある。
「サーチ」
それは料理好きな私でも、おいそれとは作れない嗜好の一品。
「サーチ?」
中華料理三千年の歴史の中で生み出され、日本に伝来してさらに高みへと昇り続ける、国民的食べ物。
「あの、サーチ?」
日本人の心を鷲掴みにして離さない、麺とスープの組み合わせが奏でる無限の交響曲。
「サーチ姉、どうしたの?」
「何故か心此処に在らずでして」
あああ、口に啜って広がるスープの重厚な味わい、あああ、一噛みごとに全身に行き渡る食感……。
「正気に戻した方がいいと思われ」
「そうですね」
ああああ、その嗜好の食べ物の名は、ラーメン……。
「「えい」」
きゅっ
「はああああああん! い、いきなり何すんのよおおおお!!」
どがっしゃああああん!
「わあああ、サーチ姉がキレたあああ!」
「サーチ、落ち着いて! 落ち着いてください!」
ナイアに謹慎を申しつけられて三日経った。とりあえず言われた通りに安宿に引き込もってるんだけど……飽きた。
「まさかサーチが食べ物の妄想に耽っていたとは」
「別にいいじゃない。どうせ暇なんだから」
「それでも、超意外だと思われ」
そ、そうかな?
「ええ。サーチは作る事に拘りを持っていますが、それは『自分が食べたいから』ではなく『人に食べてもらいたいから』ですよね?」
む、そうなのかな?
「あまり意識されてないようですが、サーチは自分が食べるモノはおざなりになる傾向が強いですよ?」
そうかな?
「一応私は健康に気をつけて食べてるつもりだけど?」
基本的に味つけは薄めで、栄養バランスをしっかり考えている。特に自分が口にするモノは気をつけている。
「サーチはバランスを考えるあまり、魚を生で食べたり野菜を生で食べたりするじゃありませんか」
……ああ、刺し身とサラダのことね。ヴィー達がいた世界では何でも火を通すことが基本なため、生で食べる発想がない。
「別に栄養バランスのために生で食べてるわけじゃないから。好きだから食べてるだけだから」
「……確かに、野菜を生で食べるのは美味しいですが……」
何故か刺し身は私以外はダメなのよねー。紅美も苦手らしいし。
「……ていうか、話が逸れたわ。私にだって食べたいと思うモノもあるわ」
「食べたいと思うのでしたら、ご自分で作ればいいじゃありませんか?」
「ムリね。私には難しすぎる」
「……へ!? サーチ姉に作れないモノがあるの?」
「いっぱいあるわよ。プロの料理人には敵わないし、専門の人じゃないと作れないモノだっていっぱいあるし」
ウナギなんて「串打ち三年、焼き八年」なんて言われるくらいなんだから。
「はあ、そういうモノですか。でしたら店へ行って食べればいいのでは?」
「流石に火星にラーメン屋は無いわよ……」
「へ? ラーメン屋? サーチ姉、あれじゃなくて?」
チャララ〜ララ、チャララララ〜ラ〜♪
チャルメラ!? 火星に響き渡るチャルメラ!?
「ああああああれあれ! ねえねえ、ヴィー! 食べに行こ、食べに行こ!」
「は、はい?」
「食べに行こっていうか行くわよ! 行くしかない! とうっ!」
「ちょっ、ここは四階……!」
ひゅ〜〜……しゅたっ
「うわっ!?」
「そこのラーメン屋待った! ラーメンの種類は!?」
「え……えっと、醤油ラーメンだけど」
「他には?」
「え、えっと、醤油だけだが?」
醤油ラーメンのみ! そこに深いこだわりを感じたっ!
「一杯ください!」
「へ? は、はあ……」
「一杯ください! っていうかくれ! 作れ! 食わせろ! 食べさせろ!」
「わ、わかった! わかったから! 待っててやるから、まずは服を着てこい!」
食べたい食べたい食べたい食べ…………あ、しまった。さっきまで下着でゴロゴロしてたんだった。
一旦引き上げてビキニアーマーを装着。
「さあ、食べに来たわよ!」
「って、ビキニアーマーかよ! さっきの下着姿と大差ないだろ!」
「これが私の正装なのよ! 私の格好なんかどうでもいいから、さっさと作りなさいよ!」
「目のやり場に困るんだよ!」
すると後ろからヴィーが外套を被せてくる。
「ご主人、これで集中できますか?」
「お、おうよ。ありがとな」
「ショユーラーメン三人分をオーダーと思われ」
ショユーじゃねえよ、醤油だよ!
「へ、へい!」
「チャーシューは少なめ、メンマは多めで! あとタマゴは?」
「入ってるぜ」
よっしゃあ!
「ならタマゴも多めに!」
「へい!」
主人はすぐに麺を茹で始める。同時進行でどんぶりにスープを注ぐ。
「クンクン……スープは鰹出汁?」
「ああ、鰹がメインだ」
「それに煮干しに……まだ何かあるかな」
「おっとっと、お嬢ちゃん、それ以上は詮索しないでくれ。スープについては門外不出なんでな」
おお、スゴいこだわり! これは期待が膨らむ!
「…………よし、今だぁ!」
かちゃん!
麺を取り出して、素早く湯切り!
ばしゃあ! ばしゃばしゃ!
「「「あっちぃぃぃ!」」」
「すまん! だが美味いラーメンのために我慢してくれ!」
い、いくら美味いラーメンのためとはいえ、客に向かって湯切りするバカがいるかぁ!
ばしゃあ! ばしゃあ!
ズザザッ
残り二杯分の湯切りを避ける。
「ちょっ、ラーメンを作る以前の問題ですよ!?」
聖術でヤケドを治しながら、ヴィーが憤慨する。
「ま、いいじゃない。これで不味ければブッ飛ばすだけよ」
湯切りされた麺をスープに入れ、チャーシューにメンマにタマゴがトッピングされていく。
そして。
「へい、醤油ラーメン三人分お待ち!」
私達の前にラーメンが並ぶ。私のは注文通り、チャーシュー少なめメンマ増量。タマゴも一枚多い……って一枚多いだけかよ!
「……いい匂い」
リジーの一言にハッとなった私は、コショウを一振りし、割り箸をキレイに割る。
「……いただきます」
黄金のスープに箸が侵入し、麺を掴む。そのまま口に運び、ついに至福の瞬間。
ズズズッ
………………う、美味い!
「美味い! めっちゃ美味いわ!」
夢中で食べる私を見て、ヴィー達も箸を進める。
ズズズッ
「! う、美味いです!」
「美味いと思われ!」
「はっはっは。お嬢ちゃん達は味がわかるようだな」
「おっちゃん、ご飯ある!?」
「あるぜ。ほいよ」
ズズズッ がつがつがつ ズズズッ がつがつがつ
「「サ、サーチ?」」
「うわああああん! 美味い! 美味いよぉぉぉ!」
「な、何故泣きながら……?」
「お、落ち着いてね、ね?」
「はっはっは。お嬢ちゃん、それがラーメンの魔力なのさ」
「ま、魔力……」
「ラーメン、恐るべしと思われ」
私はこの日、久々にカロリーという言葉を忘れて食べ続けた。
「う゛ま゛い゛よ゛お゛お゛お゛!!」
「サーチ、鼻水! 鼻水!」
……私がラーメン好きなだけ。




