EP15 ていうか、騙して騙されて?
「お世話になりました〜」
翌朝、まだ暗いうちにホテルを出る。朝イチの高速特急に乗るためだ。
「何の。その特急の切符は私が直々に取ったモノだからね、襲われる心配は皆無だよ」
「あはは〜、心強いです」
まだ半分寝てるリジーを連れたヴィーが出てくる。よし、これで全員ね。
「それじゃ、また。ホントにありがとうございました」
「なあに。またね」
「ええ。またそのうちに」
……女将さんは私達が見えなくなるまで手を振り続けていた。
「丁寧な女将さんでしたね」
「ええ。凄く好感が持てましたわ」
「あのホテルなら何度でも泊まっていいと思われ」
「…………」
『…………』
「……サーチ? どうかしましたか?」
「陛下も。何だか朝から様子がおかしいですわよ?」
「二人の様子がおかしいのは、いつもの事と思われうごっふぉう!?」
踞るリジーを見下ろしながら、私はポツリと。
「……マーシャンはいつから?」
『……最初からじゃよ』
「やっぱり。気づいてたなら、言ってくれればよかったじゃない」
『敵意は感じなんだでの。となると、やはり?』
「うん。様子見とあいさつ……って感じだと思う」
私とマーシャンの会話を聞いて、三人が首を捻る。
「あの、何かあったのですか?」
「あの女将さん、ただの女将さんじゃないってこと」
『おそらくじゃが、ブラッド・マーズ・ファミリーの幹部か、それ以上の存在じゃよ』
「「「……へ!?」」」
「それにブラッディーロアも関わっていたわね。たぶん、血の四姉妹クラス」
「「「はああっ!?」」」
驚愕する三人を代表して、ナイアが質問してくる。
「な、何故そんな事がわかりますの!?」
『警察に電話するだけで妾を解放できるなんて、中々できる事ではない。警察の上層部か、その更に上か……相当な権力が必要じゃよ』
「な、なら女将さんの親族に警察の関係者がいる可能性も……」
「あ、それはない。地元のテキ屋に顔が利く時点で、警察の上層部じゃないってわかるでしょ」
「あ、そうですね」
「となると、可能性は限られてくる。警察に手を回せるほどの権力があって、荒事に慣れているはずのテキ屋があそこまで豹変するような存在……」
「……それで犯罪組織の幹部、ですか……」
『何より決定的なのは、ホテル名じゃな』
「ホテル名?」
あぁ、やっぱりそうよね。あまりにも露骨だったけど。
「ホテルぶらっと火星って、ちょっとモジっただけじゃない。ブラッド・マーズ・ファミリーを」
「……ブラッドをぶらっと、マーズは火星……ですの? 安直すぎません?」
「安直っていうか、露骨にわかるようにしたのよ。じゃなきゃ私達にわかるように権力を誇示したりしないわ」
「……って、つまりは、私達に手を引け、と言っているのですか?」
「……それかケンカを売ってきたのか。どちらかね」
「そ、それって特急に乗ったら……」
「間違いなくブラッド・マーズ・ファミリーの手のひらの上ね」
三人が青くなる。
「な、なら乗るのを止めた方が」
「そうですわ。違う電車に乗りましょう」
「それが賢明と思われ」
「何言ってんのよ。ブラッド・マーズ・ファミリーが直々に取ってくれた切符よ? 間違いなく安全だわよ」
『そうじゃろうな。奴等も馬鹿ではない』
「「「……はい?」」」
「あのね、限られた交通手段しかないのに、それを潰してまで命を狙われる理由、私達にある?」
『火星は乱気流が多い星故に、飛行機が運航しにくい。じゃから鉄道が主要な交通手段じゃ。それを危険に晒すのは、己の首を絞めるのと同じじゃよ』
「で、電車内で襲撃するとか」
「窮鼠猫を噛むって言うでしょ。追い詰められた相手が、ヤケクソになってサイキックを暴発させたりしたら……?」
「……電車もろとも爆発、ですか」
「そうなったら困るのは自分達なのよ」
納得しかけたヴィーの隣で、リジーが手を挙げる。
「サーチ姉、私達は既に電車内で襲撃された」
「私達が乗っていた電車の線路なんだけど……途中で二股に分かれてるのよ」
私は地図を空中に出し、線路を指でたどる。
「二股に分かれた先にあるのは……」
グランドキャニオンより深い谷。
「……通常運航に支障がないように襲撃したのですね」
そして、こういう方法を好んで用いる人を、私はよく知っている。
「実行役は女将さん。そして計画立案はおそらく…………血の四姉妹の一角、〝飛剣〟」
「〝飛剣〟が!?」
つまり……院長先生だ。
あれは私がまだ小さかったころ。退屈な孤児院暮らしに飽き飽きしていた時期だった。
「はい、それじゃあ一と一を足すと?」
「「「はい、二〜!」」」
「よく出来ました〜!」
(……もうイヤ……)
小学校に上がる前に習いそうなことばかり。もうガマンできない!
(脱け出して息抜きしないと、頭ん中がどうかなりそうだわ……!)
そんなことを考えていると、不意に院長先生の声が聞こえてきた。
「……あらまあ、村でそんなことが?」
「ええ。もう四件目です」
(ん?)
「こんな小さな村に空き巣がねぇ……」
「何も盗っていっていないのが救いなんですが……」
空き巣……か。
「……チャ〜ンス!」
よし、鈍った腕を鍛え直す意味でもちょうどいい。その空き巣、私が捕まえてやる!
それから機会を窺っては孤児院を脱け出し、空き巣の手口を調べあげる。
「ふむふむ、これは完全にド素人だわね。足跡もそのまま、カギも開けずにムリヤリこじ開けてるし」
これは簡単に捕まえられる。鍛え直すことができるかも怪しい事件だわ。
数日後の夜、怪しいヤツの目撃談から、空き巣が狙いそうな家をしぼり込み、屋根の上からこっそり見張る。
「マジで≪気配遮断≫と≪早足≫便利だわ〜」
簡単に脱け出せるようになった。これからはこの手でちょくちょく遠出しよう。
ガサガサッ
(! ……来た来た)
窓に向かってこっそり忍び寄る影を確認し、屋根から凶器を投げ落とす!
どすんっ!
(は、外れた!?)
そんなバカな! タイミングはカンペキだったはず……!
「はい、さーちゃん。何をしてるのかな〜?」
ひう!?
「い、院長先生……」
何と、私の背後には普段はトロい院長先生が立っていたのだ。
「最近さーちゃんの様子がおかしいから、試しに空き巣の噂を流してみました」
「な……!」
ウ、ウワサって……そんなレベルの話じゃない! ちゃんと被害にあった家には痕跡が残って…………って、まさかあの痕跡も院長先生が!?
「はーい、さーちゃん。勝手に院を脱け出してた罰は受けてもらいますからね」
「ひ、ひええ……」
……それから私は一週間のトイレ掃除を仰せつかったのだった。
「……うん、間違いない。このやり口は〝飛剣〟だわ、うん」
「あ、あの、サーチ?」
しばらく思い出に耽っていた。あれから躍起になって院長先生を出し抜こうとして、ことごとく敗北したっけ。結局ずいぶんと鍛えられたけど。
院長先生に鍛えられたから、サーチは陰険おぐっふぉう!?




