EP15 ていうか、月見酒ならぬ地球見酒♪
かぐやリゾート。数ある月温泉リゾートの中でも有数の大きさを誇る、和風温泉施設である。
「も、もう町かよって言いたくなるくらいの規模よね……」
建物は本館・新館・別館・旧館にわかれ、他に青星邸や兎棟といった細かい離れが点在する。日本系の人達に人気な和の本館、欧米かって感じの洋風新館、数千年の歴史的な中華の別館。
「で、私達はそのどれでもない、旧館に泊まるのじゃ」
「……たぶんだけど『リーズナブルで団体向けの平均平凡、THE・普通の旧館』って感じ?」
「そそそそのような事はないぞよ」
めっちゃ動揺してるし!
「まあまあ、いいじゃないですか。妙に格式張ってるよりは、これくらい庶民的なホテルの方が羽根を伸ばせますよ」
「同意。行儀とか作法とか言われて過ごすのは嫌、と思われ」
……それは、まあ……そうだけども。
「温泉の数は旧館が一番充実してますわよ」
「マーシャン、よくやったわ」
「わかりやすい態度じゃのう! 其方の基準は温泉なのじゃな!」
「あったり前じゃない! 美味しい料理や豪華な部屋なんざ、温泉に比べたらペペイのペイよ!」
「ペ、ペペイのって……」
頭を抱えるマーシャン。ちょっと、今さら常識人ぶってんじゃないわよ。
「ていうか、それこそ今さらなんだけど、何でここにマーシャンがいるのよ!?」
「な、何じゃ、ワシは来ていかんのか!?」
「そうじゃなくて、今のあんたは船そのモノでしょ!? 何で元の姿で私達に付いてきてるのよ!」
マーシャンはこの世界では宇宙船の制御システムなので、ほぼ船=マーシャンて言ってもいい。だからこそ、船体をここまでコンパクトに縮ませて付いてこられるはずがない!
「ああ、そういう事か。ワシの身体を触ってみい」
「身体を?」
マーシャンの肩に触れようとして……。
ブゥン
空を切った。
「あ、あれあれ? ま、まさかホログラム!?」
「当たりじゃよ。要は船内と同じじゃな」
「ちょちょちょっと待って待って! ここは船の中じゃないのよ! どうやってホログラムを投影してるのよ!?」
「難しい事ではない。遠隔操作ができるホログラム装置を飛ばしておるのじゃ」
……な、なるほど……。凄まじく技術のムダ遣いな気がするわ……。
「この技術の開発には一千万エニーかかっておるからのう」
「ちょっと待て。その一千万エニー、どこから出てるの?」
「うっ!? そ、それは…………ぴーぴぴー♪」
「ホログラムが口笛吹けるかああああああっ! ヴィー! あのホログラム装置にハッキングして!」
「わかりました」
「ちょっと待てぃ! 何をする気じゃ!」
「ハッキング完了しました」
早っ! ヴィーがスゴいのか、マーシャンのセキュリティがザルなのか。
「……まあいいわ。マーシャンの姿を犬に変えちゃえ!」
「わかりました」
「な!? や、止めるのじゃ! ワシが悪かった! だから勘弁してワン…………ワォォォォォォォォォォン!?」
「いらっしゃいませ」
「すいません、予約していた始まりの団なのですが」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ…………あ、お客様」
「はい?」
「当ホテルはペットはご遠慮願っているのですが……」
「あ、そうなんですか」
「よろしければ当ホテルの別棟にて、ペットの無料お預かりサービスを」
「お願いします」
「ワンッ!?」
「それでなのですが、追加料金が発生致しますが、ペット専用スゥィートルームも」
「あ、必要ありません」
「ワンッ!?」
「そうなりますと、一箇所にまとめての雑魚寝、となりますが……」
「何なら外でも構いません」
「ワンッ!?」
「かしこまりました。外でよろしいのですね?」
「ワンッ!! ワンンッ!!」
「はい。それ以下でも構いません」
「ワンンンッ!?」
「かしこまりました」
「ワンンンンッ!? ギャインギャイン!」
どっかに連れてかれたマーシャンは放置して、私達は客室へ案内された。
「こちらになります」
ガチャ
「……わあ」
思わず感嘆の声が洩れる……それくらいの光景だった。何と窓からは、青い星がバッチリ見えていたからだ。
「ごゆっくりどうぞ」
ベルボーイは私達の荷物を置いて出ていこうとする。チップを渡すと、一礼して部屋から出ていった。
「……宇宙でもチップはありなのか」
「チップ?」
「あ、何でもない。それよりどう、景色は?」
「そうですねぇ…………岩の砂漠ですね」
「……そうじゃなくて、空に地球が見えるのって爽快じゃない?」
「……青い星ですね」
ヴィーには情緒というモノが欠けているらしい。
「そういえばサーチ姉、地球の近くに現れた青い星ってどうなったの?」
「ああ、あれね。たぶんあれが私達の世界……つまり私達がいた星だったんじゃないかな」
「え、ええ!?」
「で、二つの星を融合させて……この奇妙に混ざりあった世界ができあがった、と」
「ふ、二つの星の融合…………アカデミコは何故ここまでの代償を支払ってまで、このような大それた真似を……」
「さあね。アカデミコ本人じゃなきゃわからないわね」
一応情報収集の傍らで、アカデミコや〝知識の創成〟に関する情報も探しているのだが、まるで集まらない。ていうか、存在の痕跡すら無いのだ。
「頼むから存在そのモノが消えた、なんてオチは止めてよね」
「本当に。そうなったら≪万有法則≫の手掛かりが潰えてしまいます」
………………あれ?
「いつの間にか私達二人だけ?」
「あ、リジーとナイアは先に風呂に行きましたよ」
な、なぬ!?
「い、一番風呂を取られてたまるかぁぁぁぁ!!」
「ちょ、サーチ!?」
ヴィーが何か叫んでたけど、それを無視して部屋を飛び出した。
「……もう! 苦労して二人を先に行かせたのに……! サーチ、待ってください!」
「だりゃあああ!」
ざっぱあああああん!
「……ぶはあ! あっつぅ!」
「うん、ちょっと熱めと思われ」
「そうですの? ワタクシには適温ですわ」
私に遅れてヴィーも入ってきた。少し不機嫌っぽいような……?
「ヴィー、どうかした?」
「……何でもありません!」
ありゃ、そっぽ向いちゃった。まあいいか。
「それにしても、月で地球を見ながら入る風呂ってのも格別ね」
「……私は月に色を塗ったみたいで、違和感ありあり」
ま、わからなくはない。
「けどめったにない機会だしさ、月見酒ならぬ地球見酒とシャレこまない?」
「あ、いいと思われ」
「お付き合いしますわ」
「わ、私も」
不機嫌なヴィーも、酒の力には弱かった。お互いに酒を注ぎ合って、乾杯。
「それじゃ、キレイな地球に……かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
地球見酒、してみたいですねぇ。




