第五話 ていうか、旅立ち。
あの夜から、私の周りには誰もいなくなった。あれだけ懐いていた子達も近づかなくなり、私を見ただけで泣く子までいた。
はあ〜、子供って残酷だなあ……。
「ねぇ、せんせ」
「ひぃぃっ!」
「え……」
それと、先生達の対応もガラリと変わった。恐れて近づかない、ゴキブリでも見るような目で睨みかつけてくる、あからさまに無視してくるエトセトラエトセトラ……。
何も変わらないのは院長先生だけだった。
「先生……私、間違ってたのかな……」
「……間違ってはないわよー。さーちゃんのおかげで私達は助かったんですもの……」
……あの状況でグースカ寝ていられる図太さは羨ましいわ……。
「あー……いま何か失礼なこと考えてたでしょう」
「……いえ……」
前言撤回。鋭いときは鋭いのね。
「あなたがどこであの力を身につけたのかは……聞かないほうがいいわねー」
「別に……隠すようなことは……」
あからさまに怪しい態度はとれないしね。
「じゃあ教えてくれる?」
げっ! そうきたか!
「あー……日々の弛まぬ努力」
「……」
な、何ですか、そのジトーっとした視線は。
「弛まぬ努力で実らないものもあるのにねー」
視線が私の胸……に……! む、ムカつく……!
「まあ、いいでしょう。この話は置いといて」
そっちから話を振っておいて何なのよ!
「これからどうするのー? 何か当てはあるの?」
「……はぁ……当てなんてあるわけないです。冒険者になって稼ごう、てくらいしか考えてません」
この世界にはギルドがある。冒険者をサポートする目的で設立され、歴史も古い。下手な傭兵よりかは社会的地位もあるから、冒険者になるならギルドに登録するのは必須だ。
「……やっぱり冒険者になるのね…」
何故か院長先生の顔が陰った。
「……少し待ってなさい」
そう言って部屋を出ていった……なんだろう。あんな院長先生、初めて……。
ガチャ
しばらくして、院長先生がドアを開ける。
「……!」
さっきまでと……まるで違う……! なんて言えばいいのか…なにもされてないのに……殺されるような気がした。
「シャア。この手紙をギルドマスターに見せなさい」
「ギルドマスターに?」
「あなたの現在の状態を踏まえた上で、ギルドの養成学校への入学を提案します。あなたの目指す戦闘スタイルにあった魔術の使い方を考案しなさい」
「ギルド……養成学校……」
「あなたは長期間、魔法について研究していましたね? 魔法に関しては独学は危険を伴います。ちゃんとした講師の指導のもとで訓練したほうがいい」
……。
「院長先生が……壊れた」
「……本当に失礼ね。こっちが地よ」
嘘……プロの私が見抜けないなんて……。
「私は元冒険者なの。一応A級よ」
A級!?
普通に“人間災害”なんて渾名されてる連中!?
「この世界でも過去四人しかなれなかったんじゃ」
「その一人。“飛剣”が私の二つ名」
「……う、嘘……」
“飛剣”のヒルダ。
その二つ名の通り飛剣……つまりブーメランの使い手。たった3回飛剣を投げただけで一個中隊を壊滅させた、という噂もある。
……引退してからは行方不明だって聞いてたけど……まさか孤児院の院長になってるなんて。
「嫌だ……とは言えませんよね。飛び出したとしても逃げ切れる気がしない」
「……その通りよ。だけど安心して。絶対に悪いようにはしないから」
あ、急にいつもの雰囲気に戻った。本気で心配してくれてるのは間違いない……か。
「……はい、院長先生。一から勉強してみます」
明らかにホッとした顔をした院長先生。なんか可愛く思えた。
「ありがとう……シャア……いえ、さーちゃん」
次の日の明朝。
私は旅立った。
「皆には言わなくていいの……?」
「……朝になったらいなくなってた、ということでお願いします」
フッと笑う。
あ、今は“飛剣”だ。
「不器用ね。また、顔は見せなさいね」
「……はい」
「絶対だからね」
「……はい」
「絶対、絶対だからね」
「…………はい」
「絶対、絶対、絶対絶対絶対絶対絶対…………あ、あれ、さーちゃん? さーちゃんん?」
こうして。
私はこの世界へ第一歩を踏み出した。
目指すは、A。
院長先生と、同じ場所に立つ。そして、まずはブラをつけられるようになる!
中へ戻る院長先生。
クスッと笑って呟いた。
「カバンにブラを入れておいたけど……気がついてるのかしら。とっくにAに辿り着いているって……」
第一部完結。
次回からギルド編です。