第十話 ていうか、マーシャンの尋問は瀕死に陥って回復して、瀕死に陥って回復しての繰り返しで、なかなか進まない。
「そ、其方等は妾を何回瀕死に追い込めば気がすむんじゃ!」
「……ていうかさ、マーシャンもそれだけのことをされても仕方ない……っていう自覚ある?」
もう何度目になるやら。遠隔魔術でヴィーにマーシャンを治療してもらったのは。
『ぜひぃ〜……ぜひぃ〜……』
「だ、大丈夫?」
『……サーチ、そろそろヴィーも限界じゃない?』
ごめんよう。でも今回は私がやったんじゃないからね?
『……サ、サーチ……』
「何?」
『い、一週間に延長……』
「……何を?」
『耐久【あはん】』
死ぬわっ!
「ヴィ、ヴィー、MP回復薬飲んでゆっくり休みなさいよ?」
『……逃げるという事は、肯定したと判断しますよ?』
「あー! あーあーあー! 聞こえない聞こえない! じゃねー!」
プツン つーっ、つーっ、つーっ……
「……さて、ヴィーも限界だってことだから、サクサク吐いてね、マーシャン」
「さっきからサクサク吐いておるじゃろ! それを勝手に瀕死に追い込んでおるのは其方等じゃろが!」
……ごめんなさい。
「で、暗黒大陸にあった贋作を使って、私達をこの世界へと送り込んで、一体何がしたかったの?」
「この世界の事は妾には全くわからないからの、詳しいであろうサーチを利用するつもりであった」
「…………まあ、このことはあとでいいわ。本物を手に入れたら……どうするつもりなの?」
「どうするなんて……サーシャを復活させたら、其方等を元の世界に戻し、≪万有法則≫を完全に廃棄する」
「は、廃棄?」
「当たり前じゃ。このような強大な術、人を不幸に追いやるだけじゃ。本来ならば手を出してはならぬ領域じゃよ」
「…………確かにそうですわね。強大な力が人を惑わす事は、歴史を知っていれば明白ですわね」
「うむ。それは妾とて同じ事よ。贋作であろうが≪万有法則≫を使用した際に感じた高揚感と恐怖、生涯忘れられぬじゃろうな……」
マーシャン級でも高揚感、か。だとしたら普通の魔術士が使えば、ヘタな麻薬よりもヤバいわね。
「……過ぎた力は身を滅ぼす、ってことか。だったら誰にも渡せないわね」
「当たり前じゃ。最初に解読したのがあの小者で良かったのじゃ。もし妾程の力を持つ魔術士じゃったら、とっくに元の世界は塵芥と化しておったわい」
流石にそれはご勘弁。
「あ、一つ聞きたかったんだけどさ、暗黒大陸で私達が最初に拠点にしてた灯台、覚えてる?」
「知っとるが?」
「あそこにいたゴーストメイドって……マーシャンの配下?」
「……?」
あれ?
「まさか……知らない、とか言わないよね?」
「いや、済まぬが本当に心当たりがない。と言うよりは、妾はあの灯台からは何も感じなかったぞ?」
……へ?
「……サーチ姉、あのゴーストメイドさん、確かに禍々しさは感じなかったし、逆も然り。だけど……凄く気薄に思えた」
「気薄って……何かおかしいと感じてたんなら、もっと早く言ってほしかったわね」
「別に脆弱な存在を気にかける必要はないと思われ」
「……リジー、そこまで気薄だってこと自体がおかしいと思わない?」
「? 何故に?」
「あの灯台にはモンスターも住み着いてたし、周りも安全じゃないわ。そんな場所にいる脆弱な幽霊、普通ならとっくにモンスターに食われてるわよ」
「…………あ、そうか、理解した」
「ホントにわかったの? なら、逆に言えばどういうこと?」
「え? ……んと……よわるてれわ食にースタぶべしぃ!?」
「逆に言えばってそういう意味じゃないわよ! つまりはあんな危険な場所に、そんな弱いのが住んでること自体が不自然だってのよ!」
「あががが……がくっ」
…………あ。
「……今度はリジーかえ。どれだけ瀕死に陥るのやら」
し、しまったあああああ!
マーシャンに頼み込んだけど、当然断られた。なので切り札を見せて、マーシャンを説得した。
「……貴女、いつかエイミアに刺されますわよ?」
ごめんなさい。
「サ、サーチ姉の突っ込みは、段々命の危険を伴ってくる」
だからごめんなさいってば。
「だけど私はボケる。それが私の存在意義ぐおぅっほぅ!」
「どういう存在意義よ! つっこむ側の苦労も考えなさい!」
「ご、ごふっ! がくっ」
………………あ。
「……妾はもう知らんぞ?」
し、しまったあああああ!
……再び切り札を見せて、マーシャンに回復してもらった。
「貴女……ワタクシがエイミアの立場でしたら、間違いなく刺してますわよ?」
ごめんなさいごめんなさい。
「き、黄色いお花畑が見えたと思われ」
ヤバいヤバい!
「その向こう側に数々の呪われアイテムがうぐっふぉう!」
「普通は死んだお婆ちゃんがお爺ちゃんだろ!?」
「ぐ、ぐふっ……がくっ」
……………………あ。
「……よくヴィーは我慢しているものじゃな。妾ならとっくに見切りをつけておるぞ」
し、しまったあああああ!
……何回目かの切り札で、マーシャンは渋々ながら回復してくれた。
「……貴女……もしワタクシがエイミアの立場でしたら、跡形もなく刺してますわよ?」
怖いな! 跡形もなく刺すってどんだけ刺すんだよ!
「……話を戻すと、ゴーストメイドが一体何者なのか、誰もわからないわけね?」
「……そうじゃな……しかし、気になる事はある」
「何?」
「ほれ、アントワナとやらがこちらの世界に渡ってきた方法じゃよ。その段階ではアントワナは≪万有法則≫は解読できとらなんだのじゃろ?」
「……そうね。私達がいた世界に渡って、ようやく解読できたって言ってたし」
「ならば、どのような手段で空間の穴を穿ったのじゃ?」
「ああ、それは〝知識の創成〟がこの世界に渡った際にできた穴だわ」
「……〝知識の創成〟が穴を穿った時期は?」
「え? か、かなり前だけど?」
「一年も穴は保てぬぞ? 大体は一時間程で自然消滅する」
「だ、だからそれは偶然で……」
「偶然? これ程の奇跡的な確率を、偶然で済ませるのか? どう考えても意図的じゃろうが」
「ま、待って。どういうこと? 何が言いたいの?」
「つまりじゃ。アントワナではない、他の誰かが穴を穿ったのじゃよ」
他の誰かって……誰もそんなことできるはずがないじゃない。
「……陛下、≪万有法則≫を使いこなすことは、陛下並みに魔術に長けていないと難しいのですわね?」
「そうじゃな、向こうの世界でも妾かソレイユくらいじゃろ」
「なら……神と呼ばれる存在ならば?」
神?
「まさか……魔神?」
「いえ、それはあり得ませんわ。魔神はあくまで『創造した』だけなのですから。これは『発展させた』者じゃないと不可能ですわ」
ま、まさか!?
「……そうじゃな。〝知識の創成〟本人ならば……使いこなせような」
真の黒幕参上。