第二話 ていうか、ふとした会話から始まった推測。
『あっち行きやしたぜ!』
『そっち行きやしたぜ!』
『逃がすんじゃねえぞ!』
夕方には近所の子供達も帰ったので、いつもより早く店を閉めて、コーヒーを飲んでゆったりしていた。
『たああああすううううけええええてええええっ!!』
ドナタんだけは半泣きで逃げ回ってるけど。イタチーズはトカゲの尻尾しか食べないから、食われる心配はないんだけどな。
『こわい! まじでこわいって!』
やっぱ天敵は天敵。食われないとわかってても、怖いモノは怖いらしい。
「どうする、紅美? そろそろ許してあげる?」
「…………あと十五分」
『えええっ!?』
「あはは、ここまで紅美を怒らせたあんたが悪いわ。もうしばらくがんばりなさい」
『た、たすけてえええっ!』
再び逃げ出すドナタん。
『逃げやしたぜ!』
『追いやすぜ!』
『囲みやすぜ!』
再び追跡を開始するイタチーズ。今日は沖縄から帰ったばかりなのに、みんなタフだこと。
「……さて、夕ご飯の準備してくるか。紅美、手伝ってくれる?」
「はーい。イタチ君達、三十分くらいしたら遊ぶの止めて店の掃除ね」
『『『わかりやした!』』』
『ちょっとこーみ! じかんがふえてる!』
「あら、不満ならもっと増やそうか?」
『いやいやいやいやいや!』
「ならちゃんと反省するのね。イタチ君達、手加減は無用。ドナタん捕まえた子はトカゲの尻尾あげる」
『『『うおおおおっ!』』』
「あおらないでよおおおおっ!」
……ドナタんの悲痛な叫びは、薄暗い店内に空しく響くだけだった。
「ねえ、サーチ」
「んー?」
ジャガイモの皮を剥いていると、豚肉を切り分けていた紅美が私に話しかけてきた。
「向こうの世界にはさ、みんな帰っちゃうの?」
「イタチーズ以外はね。何で?」
「え? あ、うん。寂しくなっちゃうな〜って思ってさ」
「……まーね。だけど私達もいつまでもこの世界にはいられないし」
例の碑文も揃ったことだし………………あ。
「し、しまった! 石板を探すの忘れてた!」
「あ、それそれ。多分これじゃない?」
スゲえ忘れモノに焦る私に、紅美はカバンから欠けた石板の一部を取り出す。
「そ、そうそう、それそれ! 何で紅美が持ってるの!?」
「例のクイズの賞品。クリアしたら陶器タヌキが『い、一千万円は堪忍してえ!』て泣きついてきて、代わりにこれをって」
「い、一千万?」
「途中から『全部クリアしたら一千万です』なんて調子のいいこと言ってた割にはさ、最終問題正解したら『う、ウチには腹を空かせた家族が〜』とか言って泣きついてきてさ」
パターンよね。
「で、『陶器に家族があるの?』って聞いたらテヘペロしてきたから…………蹴り割っちゃった」
「………………そ、そう」
「暴力体質は遺伝と思われぶぎゃ!」
余計なことを言い出したリジーの顔面に蹴りを入れる。
「その陶器の中に入ってたのよ、その石板」
……パーツは全て揃った……のよね。
「……ナイア、これをソレイユのとこへ送っといて」
「わかりましたわ」
「……サーチ、これで全て終わったのですか?」
「……ヴィーも……おかしいと思う?」
「ええ。明らかに変です」
私とヴィーのただならぬ雰囲気に、紅美が不安げな顔をする。
「ど、どういう事?」
「……私達が集めてた石板、それに書かれていたのは……ぶっちゃけ何でもありの超チートスキルなの」
「それを手に入れた人物が、碑文をこちらの世界にバラバラにして隠したんですけど……」
「……それがどうかしたの?」
「うん……その超チートスキルを使ってたヤツ、お世辞にも使いこなしてたようには見えなかった」
偽ドナタのヤツ、あまりにもあっさりと倒されたしね。
「もし本当に使いこなせるのなら、私達を倒す事なんか簡単ですしね。その場で『自分以外の人間は死ぬスキル』を使えばよかったのですから」
「え、えげつない……」
「あいつは見たことがあるスキルしか使えなかったしね……やっぱり不完全だったんだわ」
それを聞いた紅美が、私にとんでもないヒントをぶつけた。
「サーチ、使いこなせなかったんじゃなくて、使いこなさなかったんじゃないの?」
「ん? どういうこと?」
「その人、わざと完全なのを使わなかったんじゃないの、ってこと」
「……はい?」
「考えてみてよ、それだけ強力なスキルなんでしょ? 完全版使ったら何かしらのデメリットが発生するんじゃないの?」
デメリット? そ、そうよね。普通に考えたらデメリット無しなんてことはないよね。
「……例えばですが、魔術というモノはMPを消費するというデメリットの上で、自分が使えないスキルを再現できるスキル、と言えます。これが≪万有法則≫が魔術の原点でもある、と言われる由縁ですね」
「そ、そうね」
「それに照らし合わせて考えてみれば、≪万有法則≫の正体は『膨大なMPを消費する強大な魔術』と言えませんか?」
「……そう……なのかな?」
「魔術の研究者の間では、随分前から言われていた事なんです。魔術もスキルの一部と考えれば、あまりにも異質すぎると」
「……そういうことか。つまり魔術は≪万有法則≫が細かく分岐していったモノの総称だってことね?」
「そうです。あまりにも範囲が広い≪万有法則≫を使うより、最初から効果と威力を限定した魔術を使った方が、MP消費も少なくて済みます」
「……となると、≪万有法則≫を使いこなせる人物なんて……かなり限定されるわね」
「はい。それこそ魔王様クラスの強大な力を持った人物に」
そうなると……黒幕はかなり限定されるか。
「まずソレイユはあり得ないわね」
「そうですね。魔王様にはそもそも動機がありません」
……となると……膨大なMPを持っていて、何かしら動機になり得る事情を抱えた人物……。
「……元の世界ならいるのかもしれないけど、こっちの世界には……」
「いらっしゃいますわよ」
……え?
「な、何よ、ナイア。心当たりがあるの?」
「ええ。ワタクシも数回お会いした事がありますが、あの方はいつも何かを求めておいででしたわよ」
あの方……?
「滅びゆく民族に手を差し伸べられる姿は、神々しさすら感じました。そしてあの方は、いつも問われるのです……『サーシャという男を知らぬか』……と」
「サーシャって…………ま、まさか、ナイアが言いたい人物って……」
「ええ。ハイエルフの女王、サーシャ・マーシャ陛下ですわ」
「…………サーシャ……もうすぐじゃ。もうすぐ……手が届く」
……この世界のどこかで、マーシャンがそう呟いてるのが……聞こえた。
そういえばマーシャンは、ピラミッドでどうなったかな?