閑話 えいやーさーさー。
無事にテラドロンのお腹から脱出した頃には、大体のことが終了していた。ぐれいと台風は身体の自由を取り戻したテラドロンが何かしてくれたらしく、太平洋の真ん中へ進路を変えて自然消滅。日本全体を襲っていた謎の寒波も解消され、国家存続の危機とまで言われた超異常気象は急速に解消されていった。
「東京の雪も数日中には溶けそうか。良かった良かった」
「けどサーチ、店の方はどうしてきたんですの?」
「臨時休業でも誰も不思議に思わないわよ。『寒さのため、イタチ達を暖かい場所へ避難させます。店主』って貼り紙してきたから」
「成程。それなら納得ですね」
テレビを見ていると、空港もかなり飛行機が動いているようだ。あとは成田空港の閉鎖が解かれれば、すぐに帰れるだろう。
「……って、サーチが来た方法なら簡単じゃないんですの?」
「一応聞いたんだけどね、人数的にキビしいらしいわ。『一人か二人落としてしまうかも』って」
「「「駄目じゃん!」」」
「だから安全策で飛行機なのよ。命には代えられないでしょ? それとも……寒い中ナイアだけホウキで帰る?」
「飛行機で暖かく帰りたいですわ」
「んじゃ、そういうことで」
その私達の隣で紅美が大欠伸をしながら、腰を数回叩いた。
「戻ったら店を再開かぁ……また忙しくなるなぁ」
「あら、そんなに急がなくてもいいじゃない。ちゃんと留守番してくれてる子もいるんだし、少しくらい羽根を伸ばしなさいよ」
「……私は普通の人間なんだけど」
「例えで言ってんのよ! あんたに羽根がないことくらい知ってるわよ!」
「冗談よ冗談。私にはサーチみたいな羽根の痕なんてないし」
「……まあ、私の獣人の証はこれくらいだからね」
「それにしても、背中に翼の痕かあ……なんて中二的なおぼぅっふ!?」
「……それ以上言ったら口から胃が飛び出すわよ」
「ご、ごめんなさい……ぐふっ」
「サ、サーチ、チューニって何ですのおぐぉっうふぉ!?」
「聞かないの、ね?」
「サーチ姉、チューニチューニぶべらばっ!?」
「……サーチ、流石に顔面への蹴りはやり過ぎでは?」
「……ん? ヴィーは聞かないの?」
「この惨状を見て、その言葉を発する程馬鹿ではありませんよ……それよりサーチ」
「何?」
「少しは加減してくださいね? リジーはともかく、他の二人に悪気はなかったでしょうし。何より」
のたうち回る三人を見て、ため息を吐く。
「誰が治療すると思ってるのですか、これ?」
「ご、ごめんなさい……」
ヴィ、ヴィーが怖い……。
「し、尻に敷かれぐっふぉううっ!」
「ヴィー、リジーの治療は一番最後でいいわ」
「……了解しました」
ちなみに東京で留守番してるのは、近くの屋根裏の主達と着々とネットワークを築いているドナタに他ならない。
「さーて、なら戦いのあとの楽しみと言えば!?」
「お酒でしょうか」
「休暇ですわね」
「呪われアイテム!」
『『『トカゲの尻尾!』』』
「違う! 違う違う違ああああああう! 温泉に決まってるでしょうが!」
びしっ!
最初にヴィーを指差し。
「お酒は温泉で飲めるでしょ!?」
「そ、そうですね」
びしぃ!
次にナイア。
「温泉に行くこと自体が休暇でしょうが!」
「そ、そうですわね」
びしぃぃ!
次にリジー。
「呪われアイテムも温泉に浸かればピッカピカ!」
「嘘だよね! 絶対に嘘だよね!」
ずびしぃ!
最後にイタチーズ。
「温泉の周りは暖かいから、トカゲ取り放題!」
『『『……本当に?』』』
……た、たぶん。
「というわけで、西表島へゴー!」
「「「お、おー!」」」
「よし、イタチーズ! 私達を隣の島まで飛ばすくらいは大丈夫よね?」
『へ、へえ。それぐらいの距離でしたら』
「だったら早速行くぞー! 飛べ飛べイタチーズ!」
『は、はあ……』
「………………へ、閉鎖された?」
「はい。源泉が減少してしまい、九年ほど前に閉鎖される事が決まりまして……あの、お客様?」
「……………………はぅ」
「お客様!?」
「サーチ!?」
お、温泉……温泉が……がくっ。
ゆ、夢よ。夢なのよ。日本最南端の温泉が閉鎖されたなんて、悪夢に決まってるのよ……しくしくしく。
「……どうしましょうか?」
「そう言われましても……無いモノはどうしようもなりませんわ……」
「私はどこでも磨けるから問題無し」
「……リジー、サーチが元気になったら殺されますわよ……」
ホテルのロビーで咽び泣いている私に、救いの神が舞い降りた。
「あの、お客様」
「はい?」
「実は他のホテルなのですが、温泉を新しく作ったとひえ!?」
「どこ!? 新しい温泉どこどこどこ!?」
「ち、近くにございます。タクシーで行けばすぐうひゃあああ!」
どべんっ!
「だ、大丈夫ですか!?」
「さあさあ、新しい温泉へ向かってゴー!」
……私がついついボディスラムしちゃった親切なフロントさんは、きちんとヴィーが治療して謝罪してくれたそうだ。で、あとからしっかり雷を落とされました。ごめんなさい。
「ふーいー、やっぱり温泉はサイコーね!」
「サーチ姉、髪の毛がまだ雷様むぐぐぐっ」
「リジー、余計な事は言わないんですの!」
……しっかり聞こえてますけど? 文字通りヴィーに雷を落とされたから仕方ないじゃない。
「すっごーい、絶景。海がこんなに綺麗に見えるのねー」
紅美は温泉に浸かりながら、絶景を楽しんでいる。
「……そういえば、あんたは何も言ってなかったわね」
「ん? 何を?」
「戦いが終わってからの楽しみ」
「ん? あ、あぁ。そうね〜……」
紅美は水平線を見ながら、小さな声で呟いた。
「……こうやって……サーチと旅ができるだけで十分かな」
「!!」
「……もうすぐ帰っちゃうんでしょ、元の世界へ」
「………………そうね、そうなるわね」
「行くな、とは言えないし、付いていく、とも言えない。サーチ達にこの世界は手狭だろうし、私はサーチ達の世界では生きられない」
「…………」
「だから……近いうちにお別れしちゃうんだろうなって……」
私は……背後にいる仲間達を見る。全員聞こえてない振りしてるけど、聞き耳を立ててるのは明白だった。
「そうなんだけどね……もっと重要なことがあるのよ」
「な、何?」
「…………まだ帰る方法が見つかってない」
紅美はがくっとなった。
「な、何だ。これから帰る方法を探すんだ。そうなんだ、あはは……」
……そんな紅美が、少し嬉しそうに見えたのは……気のせいだろうか。
明日から新章です。