第十六話 ていうか、リルも含めて三者会談。
勇者。
ゲーム好きならば誰でもわかるであろう存在。
だいたいのRPGのラスボスである魔王を倒すべき存在として描かれている。
当然、この世界にも魔王が存在する以上、勇者も存在した。
そう、過去形なのだ。
この世界の先代勇者は……魔王に敗れている。
その後の数百年間、勇者が現れることはなく……そして魔王が軍勢を引き連れて侵攻してくることもなく……魔王はただひたすらダンジョン作りを繰り返し……現在に至る。
「なぜ……エイミアが勇者なの? 先代勇者の血筋は別にあるのに……」
「いや、現在勇者の子孫を名乗っておる輩は偽者じゃよ」
げえ! ものすっごくヤバいこと聞いちゃった。
「でも……その偽者って……ランデイル帝国の皇帝よね?」
「ん? 最近大きくなりよった新興国の王か? 随分偉くなったものよな……勇者の荷物持ちがなあ……」
やっべえ。帝国行くのメチャクチャ怖いよ……。
ちなみにランデイル帝国ってのはお隣の大陸の大半を占領しちゃった国。マーシャンが言ってる通り、まだ出来たばかりの新興国だ。
まあ、建国して僅か五十年足らずで大陸制覇しちゃったんだから、大したもんなんだけどね。
で、この国の皇帝が先代勇者の子孫を名乗っているのだ。しかし……勇者の荷物持ちだったとは……とんでもない秘密を知ってしまったのかもしんない……。
「ドノヴァン家は違うの。じゃから母親が勇者の血筋だったのじゃろう」
すげえよドノヴァン家……勇者の子孫をメイドで雇ってただけじゃなく、愛人にまでしちゃうとは……。
「まあ気付いておるのは妾とそなた……あとリルくらいじゃな」
やっぱり気づいてたか。
「……これからどうすれば?」
「どうもせぬ……今まで通りで良かろう。エイミアは奔放じゃ。仲間を想い敵を憂い我が身を省みぬ……奔放で優しい子じゃよ。できれば今のままで成長してほしいの」
「マーシャン……」
「フフ……妾のようにひねくれてほしくないだけじゃよ」
そう言ってマーシャンは立ち上がった。
「今のエイミアには全てを受け止める度量はない。成長し、現実に向き合える強さが備わったときに……サーチ、そなたが伝えてくれ」
「……マーシャンから言えばいいじゃない」
するとマーシャンはケタケタと笑った。
「妾の性分ではない……妾は……いや、ワシは助平で我儘で騒動を巻き起こす厄介なエルフで良いのじゃ」
「……あのさ、スケベなのは演技? それとも……」
「……どうじゃろな?」
マーシャンは森へと歩き始めて。
振り返る。
「ワシが好きなのは美女と美少年じゃよ!」
笑いながら走っていった。
……両刀かよ!
「おー! エイミアではないか!」
「マーシャン? きゃあ!」
「やっぱりこれじゃあ! エイミアのが最高へぶっ」
どがちぃぃんっっ!
「何、今の!? 物凄い音がしたけど!」
肩で息をするエイミア。顔から地面にめり込むマーシャン。
……ほんとにさっきのってマーシャンだったのよね?
「おい、サーチ」
「……何?」
「あとで詳しく聞かせろよ」
……そういえばリルも気づいてるんだったっけ。
「あー……うん。いいけどさ……」
「ん? 何か不都合でもあるのか?」
いや……マーシャンのアレを口で言って信用してもらえる自信がないだけ。
「……あとでマーシャンを交えて話をするってことでいい?」
「……わかった」
「エイミアー! 闇深き森出たら野宿するわよー!」
「あ、はーい」
マーシャンの足を掴んで引き摺りながらエイミアが走ってきた。マーシャンの顔、下向いたままなんだけど……ま、いいか。
「ペッ! ペッ! 口や鼻に土が詰まって……! ペッ! ペッ!」
……やっぱり昼間の女王バージョンマーシャンは幻だったのかな……。
「……おい、それ言いたくて私を呼んだのか?」
「ちょっと待て。堪え性のない奴じゃな」
あれ? 雰囲気がガラリと変わった。
「……ターミアの婆は壮健か? もうそろそろお迎えが来る頃かもしれぬが」
「う、うちのバアさん知ってるのか?」
「聞いておらんのか? 妾に長年仕えてくれたのじゃが……」
「あ、ああ。ハイエルフの最後の女王に奉公してたって……ええっ!?」
あれ? リル気づいてるんじゃなかったのかな?
「ターミアの婆は初孫が産まれた、と言ってたいそう喜んでな……妾に名付け親になってほしいと言ってきおった」
「げっ!」
「そなたの本名はリーリアド・ニャニ」
「わー! わー! わー! やめろやめてお願いしますごめんニャさいー!」
すげえよマーシャン……まさかリルの名付け親とは。
「妾は『猫の一族の未来を担う者』という言葉をハイエルフ語にしただけだったのじゃがな……それを聞いたターミアの婆が少々アレンジして長い名前にしおったの」
「長すぎニャのよ! 恥ずかしすぎニャのよ!」
「恨むならターミアの婆を恨め。妾が与えた名は半分くらいしかなかったぞ」
「あんっのクソババア……!」
……リルも大変だねえ。
「で、信用した? リーリアドさん?」
「サーチてめぇ……」
「それよりも。エイミアのことは気づいてる?」
「……ああ。勇者なんだろ?」
ほんとに気づいてたよ。
「……いつから?」
「あのなあ……あんだけ勇者の痕跡に反応してるの見て、気づかない獣人はいねえよ」
「痕跡?」
「ワイバーンだけじゃなくいろんなヤツが寄ってきただろ?」
そういえば……エイミアって好かれやすいわよね。異様に。
「あれも勇者の特徴だよ。獣人だったら誰でも興味惹かれて……そのうち気づくだろうな」
ありゃ。じゃあ隠せないかな?
「心配するな。すぐには気づかないさ。それなりに長い付き合いがある私だって、ワイバーンの件で気づいたくらいだからな」
……なら大丈夫か。
「リル、マーシャンからも忠告されたんだけどエイミアには……」
「そう……だな。環境が整うまでは秘密にしといた方がいいだろ」
そう言うとリルはマーシャンを見る。
「まったく……何か違和感はあったんだけどよ、騙されたぜ」
「フフ……ターミアの孫をここまで欺けたのなら、妾の演技も中々のものじゃな」
こめかみに指を当てつつリルはため息を吐いた。
「すげえよあんた……エイミアやサーチへの痴態も演じてたんだよな?」
? ……痴態?
セクハラのことかな?
「リル、それは」
「妾の素じゃ」
がしっ
「な、なんだよ!」
「……そなたも妾に愛でられたいのじゃろ?」
「はあっ!?」
「良かろう。少し足りないのが不満ではあるが……妾は心が広いゆえに許そう」
「えっちょっと待て待てやコラ待ってください待つニャーー!!」
ずるずるずる……
こうしてマーシャンとリルは闇夜に消えていった。
「リルー。成仏しなよ〜」
……合掌。礼拝。
……「ニャーー!」だの「痴漢ヤロー」だの叫び声が響き……。
次の日に、今までで一番ツヤツヤしてるマーシャンと顔が引きつったリルが印象的でした。
……合掌。礼拝。
あと二三話で新章です。