第三話 ていうか、今夜はクリスマスイブ!
「「「…………ドバイ…………」」」
次の日になっても雪が止む気配はない。外に出ても車の渋滞が続いててタクシーも拾えないし、電車も不通。相変わらず大都市・東京の機能は完全に停止していた。
「荷物が入らないからスーパーもコンビニも開店休業状態。せっかくのイブだってのに、雰囲気もクソもないわね」
「いぶ?」
……あれ? 知らない?
「ヴィー、あんたネットをウロウロしてるときに何も気づかなかったの?」
「……そういえば……妙な実を付けた派手な木があったり、赤い服を着たお爺さんが鹿と戯れていたり……」
知らない人からしたらそんなもんか。
「……こういうのは実際に体験しないと実感はわかないかもね」
試しにテレビを点けてみる……けど、放送してるのは大雪のニュースばかり。独自路線をいくことで有名なテレビ局でさえも同調してるくらいだから、やっぱり相当な大雪なのだろう。
「ん〜……雰囲気味わうくらいならできるかな。ヴィー、どこかへ出かけない?」
「今からですか? 別に構いませんけど」
「あんた達はどうする?」
「「「…………ドバイ…………」」」
あかん。まだ魂が抜けたまんまだわ。
「……なら私達だけで出かけるから。夕方まで戻らないかもしれないから、そのときは適当に食べてて」
「「「……ドバイ」」」
……微妙に返事っぽくなってたのは気のせいかな?
「……雪だらけですね」
温かい下着にセーターを重ね着し、更にコートとマフラーと毛糸帽までしても寒いらしい。やっぱり変温動物だから寒さは堪えるか。
「別に蛇だから寒いわけじゃありませんからね!?」
「……せっかく簡易護符があるのに、それでも寒いのかと思って」
「あまり暖かそうにしてても変かと思って、置いてきたのですよ!」
「私もよ」
「へ!?」
「ま、私は寒いとこは慣れてるからね。あんたみたいに靴底に氷のスパイク作らなくても滑らないし」
「こ、これは生活の知恵です! 向こうの世界では皆やってますよ!」
確かにそうだったわね……私は≪偽物≫しかできないから、鉄製スパイクだったけど。
「それにしても、何故こんなにキラキラしているのですか?」
「これがクリスマスイブの風物詩なのよ。他だともっとスゴいイルミネーションもあるわ」
「へえ……」
今私達が見てるのは各店舗が独自に製作したイルミネーションだから、大規模なモノではない。だけど異世界人のヴィーにはとても新鮮な風景だろう。
「……それにしても……とてつもない魔力の無駄遣いですね」
がくっ。
「ま、魔力じゃないわよ、電力よ?」
「……あ、そうでしたね。しかしこれだけ魔素が濃いのに、何故魔力を有効活用しないのでしょうか?」
「魔術士がいないからしょうがないのよ」
この世界にはスキルという概念もないからね、魔素があっても魔力に変換できないのだ。
「……もし魔術士がいたら、環境汚染なんて心配は一切なかったんでしょうね……」
一応私が暮らしていた世界だから、どうにか存続してもらいたいモノだ。
「環境汚染ですか?」
「向こうの世界と比べて、空気が汚れてる気がしない?」
「……確かに。私もナイアもしばらく喉の痛みに悩まされたモノです」
「それが環境汚染の影響よ。車の排気ガスとかで空気が汚れて、喉に悪影響してるの」
「成程。それで口に布を当てて歩いているのですね」
……ま、あながち間違いじゃない。
「でしたら空気そのモノを綺麗にしてしまえば……≪清浄≫」
へ?
「……あれ? 急に喉の痛みが楽になったぞ?」
「あれれ? 排気ガスの匂いが……?」
「あれれ〜? 何故か空が澄んできたぞ〜?」
「あ、あんた何をやったの?」
「穢れを取り除く拡散型聖術です。徐々に汚染された空気を清浄にしていきますよ」
「…………穢れの基準は?」
「一応一万年くらい前の空気の状態に戻す、という設定です」
設定って……。
「……ま、一度大気汚染がリセットされるってんなら、それはそれでいいか」
「はい? 一度ではありませんよ?」
は?
「この世界には魔力もかなり存在しますので、魔力が枯渇しない限りは効果は永続します」
「……魔力ってどれくらい持ちそうなの?」
「生物がいる限りは枯渇しません」
うほほーい! ヴィーから地球へのとんでもないクリスマスプレゼントだぜぇチクショー!
「……環境団体があんたを神様扱いするわよ」
「え、嫌ですよ面倒くさい……やっぱり取り消します?」
「いいわよ、そのままで」
……皆さん、あなた達の知らないところでサックりと地球は救われました。
「わあ、綺麗……!」
辺りが暗くなってきて、イルミネーションもますますキレイに。ヴィーは大喜びだ。
「凄いです、光でこのような娯楽を考えつくなんて、この世界の人は天才ですね」
「……ねえ、聖術でイルミネーションを再現できないの?」
「え? そ、そうですね……≪明かり≫を応用して色を変化させて……魔力の配分を調節すれば……はい、何とかなると思います」
「向こうの世界に戻ってからやってみれば? 大盛況になること請け合いだけど」
「そ、そうですね。議会に掛け合って、共和国主催でやってみます!」
余談だけど、私の何気ない一言が、後々まで共和国の風物詩となる魔光祭の始まりになった……らしい。
「それにしても……周りはカップルばかりですね?」
「まーねー。カップルが一番盛り上がる日であることは間違いないし」
「え!? カップルが一番盛り上がる日?」
「これもクリスマスの風物詩よ」
「……カップルが……盛り上がる……」
「さーて……やっば無いかな……」
「サーチ。今日私を誘ってくれたのは、もしかして……」
「ん? そりゃ決まってるじゃない……あった!」
「そ、そんな! サーチが大胆に「はい、これ持って」……はい?」
「今日はクリスマスだからさ、ケーキはやっぱないとね」
「え?」
「あ、それとツリーも」
「え? え?」
「七面鳥ってわけにはいかないから鶏肉でいいか。とりあえず冷凍食品で間に合わそ」
「え? え? え?」
「いやあ、さすが≪怪力≫のヴィー。これくらいは軽いもんよね」
「…………まさか私は荷物持ちですか?」
「そうよ。今日は大々的にクリスマスパーティをするから、その準備。みんなドバイの件でしょげてるから、ちょうどいいと思って」
「…………成程」
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「いえ。そういう事でしたら喜んでお手伝いします」
「……ただいま〜」
「……ドバイ」
……まだ引きずってるのか。
「紅美、ツリー組み立てて」
「ドバ……はい?」
「ナイアとリジーはこれを飾りつけて」
「ドバ……え?」
「ドバ……イ?」
「私とヴィーとでご馳走作るから! 今夜はクリスマスパーティよ!」
「……あ、そっか。今夜はクリスマスイブだっけ」
「苦しみます、いつ?」
「はいはい、リジーはボケてないでサッサと動く! もう時間は遅いんだから、ちゃっちゃとやるわよー!」
「「「「お、おー!」」」」
こうして私達は深夜のクリスマスパーティで盛り上がった。
「ヴィー、はい」
「? 何ですか、このマフラー」
「…………暇だったから編んだだけよ!」
「サ、サーチ!?」
サーチ、ちょっとツンデレ。