幕間 リルとエカテル
……気になります。
「あの、エカテルさん? 傷口に塗るのは薬であってトウガラシじゃ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
……気になります。
「ち、違う違う! 脱臼したのは左! 右に異常はな」
ごきんっ
「いぎゃあああああ! 右も外れたあああ!」
エイミア様が気になります。なります、なります、なります……。
「……エカテル、ピシッとせいや」
「申し訳ありません!」
あまりにも軽傷者を重傷者に、重傷者を超重傷者にし過ぎた為、メイド長であるエリザさんにお叱りを受けました。トホホ。
「どうしたんや、最近は。心ここに在らずやで」
「は、はい……」
「アントワナの策略で起きた反乱も鎮圧。お荷物だった旧貴族派の復古派も一掃できて、これからが大切な時なんや。しっかりとリファリス様を支えていかなあかん」
「は、はい……」
「戦いで傷を負った者を治療するように命令されたんはエカテルや。ちゃんと遂行してもらわな困るで」
「か、返す言葉もございません! 今から失点を取り返してきます!」
懐から幾つもの薬包を取り出し、怪我人の元へ駆けていきました。
「ど、どこ行くんや!? おーい!」
「……到着ぅ!」
「げっ!? エカテルさん!?」
「わ、わあああ! 助けてくれぇぇ!」
「死にたくねぇぇぇ!」
「また怪我が酷くなったら困るんだよおおお!」
「秘技、薬乱舞!」
ぶわあああ!
「うぷっ! け、けほけほ!」
「こ、粉が………あ、あれ? 痛くない?」
「傷口が塞がっていく……!」
「脱臼した肩が戻った……?」
「はい、治療完了! 即刻退院してくださって結構です!」
「……というわけで失点を挽回しました!」
「…………最初っからソレをやれいや!!」
再び叱られました。クスン。
「……はぁぁぁ……」
最近の私はいつもこうなのです。何をするにも頭に過るのはエイミア様の事ばかり。
「はぁぁ……失恋の痛手かしら……」
新しい想い人のエリザさんはリファリス様一辺倒で、全く付け入る隙がありません。早々に諦めざるを得ませんでした。
「はぁぁ……エイミア様……」
募る想いに頭を悩ませていた時。
「たのもぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ちゃのみぉぉぉぉぉっ!!」
突然大きな声が響き渡りました。
「な、な、何事!?」
「リファリス様がいるだろ!? お目通り願うぜ、たのもぉぉぉぉぉぉっ!」
「ちゃのみぉぉぉぉぉっ!」
わけがわからないまま玄関に向かう。
「は、はい、何か御用ですか?」
玄関でお客様? をお迎えすると、そこにはちっちゃなお子さんを連れた猫獣人の女性がいました。
「……ああ、やっと来たぜ。ずいぶん待たせやがって」
「も、申し訳ありません」
「……ま、いいけどよ。それよりリファリス様はいるか? リルが来た、って伝えてくれればわかるからよ」
リル……という猫獣人の女性は、どうやらサーチさんの元パーティメンバーだったようです。
「リル! リルやん! めっちゃ久しぶりやな!」
「エ、エリザ!? その口調は何だよ!?」
「これがウチの地や!」
お二人は仲間同士で友情を確かめ合ってます。
「あ、せやせや。この娘もパーティメンバーやで。エカテル言うんや」
「あ、はい。暗黒大陸でサーチさん達と旅していました。職業は薬師です」
「ほお、薬師か。私はリル、サーチとはパーティ結成当時からの仲間だ。一応弓術士だ」
リルさんの身体つきと筋肉の張り具合を見ると……。
「……もしかして≪身体弓術≫を使われるのですか?」
「! よ、よくわかったなぁ」
「古人族は獣人との付き合いも古いですから」
「こ、古人族!?」
「そや。暗黒大陸は獣人と古人族がメインやさかい」
「そ、そうなんだ……あ、よろしく」
「こ、こちらこそよろしく」
「よりょしく」
……というより、リルさんにくっついてる子が気になるんですけど?
「……リル、その子って……」
「ん? ああ、私の子だよ」
「はあああああっ!? こ、この間生まれたって聞いたばっかやで!?」
「この間って……一年は経ってるぞ?」
「いやいや、一年でも成長早すぎやん!」
「エリザさん、獣人の種族によっては幼少期の成長が早い事もあります」
早く成長しないと敵に襲われる、という野生の名残ですね。
「……と、こんな事してる場合じゃない。リファリス様は?」
「いらっしゃるで。何かあったん?」
「リファリス様の前で説明する。エカテルも仲間だったんなら聞く必要があるから、一緒にきて」
わ、私も?
「ままー、わたしもいきゅー」
「はーいはい、一緒に行くニャーよ」
ニャ、ニャー。
「……ニャンだよ」
何でもありません。
「……リル、サーチ達の事ね?」
部屋に入ると早々に、リファリス様から切り出してみえました。
「そ、それじゃリファリス様にもソレイユから?」
「大体は聞いてるわ」
……エリザさんと顔を見合わせるしかありませんでした。
「な、何が起きてるんですか?」
「そう……ね。エリザ達にめ言わないとね」
この時初めてサーチ達が行方不明になったことを知りました。
「そ、そんな……!」
「生存は確認したし、連絡方法も確立したから心配はいらないけどね」
よ、よかった……!
「それでサーチ達は戻る事はできるのですか!?」
エリザさんが叫ぶようにリファリス様に問い質します。ここまでリファリス様に対して声を荒げるのは珍しいです。
「落ち着きなさい、エリザ」
「……! も、申し訳ありません!」
「その方法を今から探さなくてはならないの。一応元凶である女王陛下の話によると……」
元凶……?
「……おそらく≪万有法則≫クラスの魔術がないと不可能だと」
「「……コトノハ?」」
リルさんとエリザさんが疑問の声を上げる中、私は絶句せざるを得ませんでした。
「そ、そんな、封印された始祖魔術を何故知っているんですか!?」
「「……シソ魔術?」」
「この世界の魔術の原典、全ての始まりの魔術です。暗黒大陸の中心、ジューヤ湖の湖底神殿にある碑文に封印され……あ」
し、しまった。これは古人族以外に喋っては駄目だったんでした……!
がしぃ
「……詳しく聞こうか」
「……キリキリ吐けや」
「だ、駄目です! これが解放されれば、世界中に争いが……!」
「命令、知っている事を全て話しなさい」
「は、はいい!」
うわああああ! 奴隷紋には逆らえないいいいっ!
「……そうなの……古人族にはそんな秘密が……」
「……はい」
喋っちゃった……もう後戻りできないよう……。
「……よし、私は暗黒大陸に行く」
「え、リルが?」
「今は育児旅行の途中だから、私は自由だから」
「い、育児旅行?」
「エリザさん、猫獣人の習慣です」
「そ、そうかいな……」
「……よし、命令。エカテル、あなたもリルと一緒に暗黒大陸に行きなさい。そしてサポートしなさい」
「ひぐっ! わ、わかりました!」
「ならウチも「エリザはあたしの副官でしょ?」……はい」
こうして、私とリルさんは暗黒大陸に行く事になった。
「わたしもいきゅー!」
「はいはい、行くニャー行くニャー」
……これでエイミア様に会える。
リルが再始動。エカテルが巻き込まれて再始動。




