第九話 ていうか、日本に帰国してグータラしてたら、意外なあいつの訪問……?
温泉も満喫して大々々満足な私達は、チチカカ湖を見ずに引き返し、クスコからリマへ飛行機で飛び、そのまま日本へ帰国した。
「……くかー……」
毎回よく寝る紅美と。
「……あ……サーチ、あ……そこは……すぴー……」
……どんな夢を見てるのかつっこみたいナイア。二人を放置して、私とヴィーは自分達の世界の言語で石板について話していた。
「……じゃあ両方とも意味のない文字の羅列だったの?」
「ええ。詠唱に必要な文章とは思えない内容でした」
カフェオレを飲みながら石板を覗き込む。
「それは何て書いてあるの?」
「……声に出して読みたくないのですが」
「な、何なの?」
「【いやん】の技術指南書です」
ぶふぅ!
「熱! あっつっっ!」
「ゲホゲホゲホ! ゴホゴホ!」
思わず吹き出したカフェオレが紅美の顔にかかり、紅美が起きてしまった。ヴィーは慌てて石板を魔法の袋に放り込む。
「……うぅ〜……」
「ごめんごめん、今拭いてあげるから」
顔に点々と飛び散ったカフェオレを拭いてやる。その手が唇の辺りに差し掛かったとき。
がぶぅっ!
「いでえええええええっ!? な、何すんのよ紅美!!」
「……ウマウマ……くかー……」
「ウマウマって……ね、寝てるし」
おもいっきり歯形が残った指を擦っていると、笑いを堪えたヴィーが傷を治してくれる。
「くく……紅美はまだまだ子供のようですね。同じ欲をはらんだ夢でもナイアは性欲のようですが、コーミは食欲ですかね」
「そうみたいね……ありがと」
「いえいえ」
『……あ、すいません、カフェオレもう一杯』
『畏まりました……クク』
CAさんにもう一回カフェオレを注いでもらう。うぅ、完全に笑いを堪えてるぅ。
『あ、ありがとう』
『いえいえ。それよりも、今の時間は寝ていらっしゃるお客様も多いですから、もう少しお静かに』
も、申し訳ない。
それから何事もなく空の旅は続き、私達はついに一ヶ月半振りに日本に降り立った。
「くぁぁぁ! 成田だ成田だぁぁ!」
「サムライスシニンジャフジヤマ〜!」
……お願い、紅美、止めて。
「どちらかと言えばその台詞は私達が言った方が合いますね」
「そうだろうけど、流石に止めてね」
「……でもサムライもニンジャももう居ないのですわね? ならば他国の観光客もその事を把握しているのでは?」
「それがね〜……意外とそうでもないらしいのよ」
少数派ではあるが「日本のビジネスマンは刀を差して歩いている」「無礼を働くと斬り捨てられる」「仕事でミスすればハラキリする」と本気で信じている人がいるらしい。アフリカの一部では「日本人は皆空手の達人で、めっちゃ強い」と思われているとか何とか。
「ナイア、サムライもニンジャもいるじゃないですか。よくエド時代のテレビ番組で」
「ヴィー、それ俳優だから。本物じゃなくて演じてるの」
「そ、そうなんですか!? 実際に撮影しているのだとばかり……」
あんなリアリティ溢れるノンフィクション、どんな名監督でも撮れないよ!
「……第一日本刀で何人もズバズバと斬れるわけないでしょ。二、三人斬ったところで刃がボロボロになっちゃうわよ」
「え、そうなんですか? サーチはズバズバ斬ってるじゃないですか」
「私の剣は≪偽物≫で作ってるヤツだから、斬るたびに刃を修復してるのよ」
「成程、それで納得しました」
……よくよく考えれば、私達って刃物使ってるのってほとんどいないわね。ヴィーはほぼ聖術だしナイアはホウキ、エリザは盾でエイミアは釘こん棒、リルは弓矢と素手だし……エカテルに至ってはバットで岩とかを打って飛ばしてたし。
あ、リジーは刃物か。だけど呪われアイテムだから刃こぼれとは無縁よね。
「……リアルな剣同士の戦いって、あんまりないわね……」
対人戦になる前に、ほとんど私が暗殺しちゃってるか。
「……また侵入未遂者が増えたみたいね」
拠点のビルに着くと、あちらこちらに気絶した人達が転がっていた。
「見るからに空き巣っぽいヤツから、その辺の悪ガキまで……何で学習しないのかしらね、こいつら」
「どうします、放置しますか?」
「……仕方ない、全員剥いて表通りに転がしておきましょ」
家に入る前に余計な仕事をし、旅の疲れも重なってフラフラになった。
「ふぁあぁあ……あー、眠い。とりあえず半日ほど寝てから、次の目的地を話しましょ」
「はーい」
「わかりましたわー」
「おやすみぃー」
それぞれ自分の部屋へ引き上げる。私も部屋に入ってベッドに倒れ込むと、そのまま睡魔の誘惑に乗った。
『…………おい』
…………。
『……おい、起きろ』
…………。
『起きろ。起きろってんだよ』
…………。
……がぶっ
「いてええええええっ! な、何すんのよヴィー! ……ってあれ?」
『やっと起きたか、サーチ』
「あれ? ヴィーは?」
『ヴィーじゃなくて悪かったな。俺だよ、俺』
俺って……声がしたほうを向くと。
「ケ、三冠の魔狼! ってことは……ルーデル!」
『おう、久しぶりだな』
「あ、あんた地獄門で番してるんじゃなかったの?」
三冠の魔狼……ルーデルは顔をしかめた。
『いつまでもグータラしてるのも飽きるんだよ。それよりお前、何で違う世界にいやがるんだ? 探すのに苦労したぞ』
「またマーシャンのバカがね……っていうか、あんた違う世界とも交信できるの?」
『お前だからだよ。一応お前は俺の番だからな』
………………そういやそうだった。すっかり忘れてたわ。
「ならさ、あんたを介して他の人と会話できる?」
『できるぞ。ただ四人までか限度だな』
四人もできれば上等上等。なら。
「まずはソレイユに繋いでほしいんだけど」
『わかった、魔王だな』
バンッバンッバンッバンッバンッ
「ああ、もう! アタシだってサーチ達の捜索したいのに!」
「そう仰らず。もう少しで書類も無くなりますから」
「ハンコ預けるからあんたが捺しといて…………ん?」
「……どうなさいました?」
「…………何であんたがここにいるわけ、三冠の魔狼?」
「なっ!?」
『……久々なのに歓迎ムードが全くないな、魔王』
「うっさい。あんたの相手してる暇はないのよ。失せなさい」
『そう言うな、今代わる……』
「か、代わるって……」
『「もう話していいの? あーあー、マイクチェックマイクチェック」』
「……! そ、その声は……サーチ!?」
『「あ、ソレイユ! めっちゃ久々だわ!」』
「一体どうしたの、何があったの!?」
『「それが……」』
私達が違う世界に渡った経緯を説明する。
「……あんのクソ女王、ろくな事しないわね……」
『「でさ、≪万有法則≫の石板の調査が完全に行き詰まっちゃってさ」』
「ふむふむ、成程成程……サーチ、その石板をこっちに送れない?」
『「ルーデルできる?」……無理だな。俺には念話で精一杯だ。「……ち、使えねえ」るせえ!』
「あ、あの〜……?」
『「あ、ごめんごめん。違う方法で送れるからさ、半日くらい待って」』
「? ……わかったわ。じゃあ待ってる」
『「ん。じゃね〜」』
……半日後。
……バチ……バチバチ
「ん? 来たわね」
バチバチ……バチィ!
ひゅ〜……ごすごすごすごすっ!
「あきゃあ!」
「ま、魔王様!?」
「…………サーチ、コロス」
「……サーチ、今回は非常にマズい位置に落ちた気がしますわ」
……向こうの世界戻ったら、ソレイユに殺されるな、私……。
ルーデル、元気でした。