第五話 ていうか、お待ちかねのサービス回がやってまいりました!
それはマチュピチュより少し手前、マチュピチュ村で観光……もとい情報収集中に、それは突然起きた。
『きゃああああ!』
『うわあああ!』
「……ん? 何かしら?」
「何か騒がしいですね」
街の外れで何か起きたらしい。あの方角は……マチュピチュだわ。
「気になるわね……ナイア、少しの間紅美をお願いできない?」
「わかりましたわ」
高山病でフラフラの紅美をナイアに預け、ヴィーと騒ぎが起きている場所へ向かった。
「……あら?」
「これは……」
何が起きているのかはすぐにわかった。人垣の中には、老若男女問わずに全裸になった人達で溢れていたのだ。
「……全員自分で脱いでるわけじゃないわね。身体のあちこちに服の残骸があるし」
「どちらかと言えば、服だけ溶かされた感じです」
……そうなると……。
「……ヴィー、私はとあるモンスターが頭に浮かんでるんだけど」
「奇遇ですね、私もです」
すぐにスマホでナイアに連絡を入れる。
『……はい』
「ナイア? おそらく鎧食らいだと思うから、紅美をホテルの部屋で寝かしつけるなりしてから、すぐにマチュピチュに来てくれない?」
『ア、鎧食らいですの!? …………はあ、わかりましたわ。なるべく早く向かいますわ』
スマホを片づけながら、ため息をつくしかなかった。
鎧食らい。私達の世界では珍しいスライムの一種で、主にダンジョン内に生息している。大きさはマチマチだけど、大体は人の頭くらいかな。正直単体ならそこまで手強い相手ではないんだけど、このモンスターが厄介な点は……食べる対象にある。
人間を始め、エルフ、獣人、ドワーフ等々。多種多様な種族がいるなかで、一つ共通している点がある。それは……服を着るということ。この鎧食らいの大好物は、人が身に付けている服なのだ。
だったら鎧を来てればいいじゃん……と思うあなた。あまい。あますぎる。それで対策できるくらいなら、そこまで警戒されることはない。鎧食らいという名前が表す通り、鎧すらも食べてしまうのだ。鉄はもちろん、鋼、銅、ミスリル。時間さえ気にしなければオリハルタイトやモンスターの素材でも食べてしまう。ただし、生物は食べない。一切食べない。髪の毛すら食べない。つまりこのモンスターが通ったあとには、素っ裸の冒険者のみが残されるのだ。
ただし、実際に冒険中にこれをやられたら、死んだに等しい状態になる。鎧食らいは生物を食べないとしても、他のモンスターは違う。武器から鎧から剥かれた冒険者なんて、狙ってくださいと言ってるようなもんだ。だから遭遇した場合は真っ先に倒すべき相手になる。
『ちょっと、どこで襲われたの!?』
『マ、マチュピチュです。マチュピチュを見物していたら、突然大量の青いブヨブヨに襲われて……』
『ケガは?』
『あ、ありません。怪我人は多少いますけど、逃げる時に転んだ人ばかりです』
ちい。間違いなく鎧食らいだわ。
「……ヴィー、行きましょう」
「わかりました。でもどうなさるんですか?」
「どうするも何も、鎧食らいだけなら対策は簡単じゃない」
「ま、まさか……」
「そう、そのまさか」
「…………」
「何よ、ヴィー。まだ慣れないの?」
「慣れません! というより、慣れたくありません!」
胸を隠しながら歩くヴィーは、顔を真っ赤にしたまま叫んだ。
服を食べることが目的の相手ならば、食べる対象……つまり服がなければいいわけで。つまり私とヴィーは素っ裸の状態でマチュピチュを目指していた。今のところ誰とも会っていないので、警察に通報される心配はない。
「サ、サーチは恥ずかしくないんですか!?」
「そりゃ恥ずかしいけど……モンスターに見られたってどうってことないし、毎回毎回服だけ食われて逃げられるのも癪だし」
「た、確かにそうなんですけど……それ以上に大切な何かがありませんか?」
「大切な何かって何よ」
「え? えーっと……その……お、女としての矜持と言いましょうか……」
「ナニソレ、オイシイノ?」
「……もういいです」
険しい山道を軽口を叩きながら歩いていると。
「……あ、何か見えてきましたよ」
「あれよ。あれが空中都市、マチュピチュよ」
裸の観光客の騒ぎで、マチュピチュ村は大混乱だった。その隙に村を抜け出し、険しい山道を越えてきたわけなんだけど……素っ裸での登山はなかなかにツラいことがよーくわかった。ヴィーが聖術で虫徐けしてくれなかったら、もっと悲惨だっただろう。だってクモ多いし。
「うわ、あちこちにスライムがくっついてるわね」
「あの色は間違いなく鎧食らいです」
生物を食べない鎧食らいだけど、だからといって岩や土を食べるわけじゃない。あくまで生物が身につけている何か、が食べる対象なのだ。だから。
ぢゅるるっ
「ん? ……うひゃあ!」
ピアスなんかも食べる対象になるのだ。私のピアスを溶かして食べると、さっさとどこかへ行ってしまった。
「ぜ、全然気づかなかったわ……」
「スライムには足音も気配もありませんからね……あ、私もペンダントをやられました」
これで私達が身につけているモノは、登山用の靴のみに……靴!?
「ヴィー、靴は大丈夫!?」
「大丈夫です。聖術でスライムには認識できないようにしてありますよ」
「……べ、便利ねぇ、聖術って」
「≪魔除け≫の応用ですよ……サーチ、ありました。あれが空間の扉です」
マチュピチュの一番高い位置、広場になった場所に黒い亀裂があった。間違いなく空間の扉だ。
「……どうする? ナイアを待つ?」
「いえ、これ以上話が大きくなると厄介ですから、早々に終わらせてしまいましょう」
ていうか、素っ裸状態から早く解放されたいんでしょ?
「……今までのパターンから言って、ダンジョンはスライムだらけだと思うから、ヴィーが主力で」
「わかっています」
スライム類には刃物は効かない。というより、分裂を促進してしまうだけ。だから魔術で凍らせて砕くか、炎で焼き尽くしてしまうのが一般的だ。
「あるいは、瞬時にみじん切りにしてしまうか」
「……サーチが凄いのはわかりますが、体力を温存してくださいね?」
「わ、わかってるわよ」
秘剣≪竹蜻蛉≫ならそれが可能なんだけど、体力をバカ食いするだよなぁ……魔力の心配はしなくていいとはいえ、体力面は課題だ。
「なら私はサポートに徹するから」
「では行きましょう」
先にヴィーが入り、私があとに続く。
「……あ、スライムに毒は通じるかな?」
毒霧の準備をしつつ、私もダンジョンに侵入した。
裸で登山。真似しないでください。




