第二十一話 ていうか、無事にチチェン・イッツァをクリア。打ち上げでリゾートだい♪
念のためにダンジョン内は隅々まで探索したけど、何も出てこなかった。碑文の石板と一緒に毎回見つかっていた正体不明なアイテムも、今回はなかった。
「もしかしたら……あのボロボロに焼けたマントがそうだったのでしょうか?」
「かもしんないけど、もうどうしようもないわ。さっさと引き上げましょ」
「……わかりました」
結局私達はモンスターと一度も戦うことなく、ダンジョン攻略に成功した。毎回これくらい楽ならいいんだけど。
「……あ、サーチ、お疲れ様ですわ」
「ただいまナイア。何も起きなかった?」
「ええ。ゾンビ化していた動物達も全て滅びましたわ」
「そう……人間はいた?」
「幸いにも誰も。穢れを撒く者を嫌って逃げたのでしょう」
そりゃあ、あれだけのゴキブリの大群かいれば、誰だって逃げるでしょうよ。
「さて、私達も後片付けをして、ホテルでゆっくり休むわよ。せっかくメキシコに来たんだから、メキシコ料理を堪能したいし」
それに本場のテキーラも味わいたいし……じゅるり。
「賛成です」
「堪能しましょう」
全員の意見が一致したところで、私はまだ寝ている紅美を叩き起こした。
帰りに乗せてもらったバスに揺られながら、紅美は大あくび。
「ふあ〜あ……眠い……」
あれだけ寝ててまだ眠いか。まあ、薬で眠らせたから仕方ないか。
「サーチ、結局ヴィー達は何だったの?」
「遺跡の調査に進展があって、なかなか離れられなかったみたい。ケータイに出なかったのは……まあご愛敬ってヤツね」
「「スミマセンデシタ」」
「……何で外人さんって、誤魔化す時にカタコトになるのかな……」
ヴィー、ナイア、あんたら英語はペラペラでしょうよ。
「まずはホテルね。どこかに空きがあればいいけど……」
「そ、そういえばサーチ、あの壊れた車はどうしたの!?」
「ああ、あれね。放置してるに決まってるじゃない」
「えええっ!? か、環境破壊じゃない、いいの!?」
「良くはないけど、どうしようもないでしょ」
「そ、それは……まあ……」
「申し訳ないけど、あのままにしておきましょ」
不承不承ながらも紅美は頷いた。実際はこっそり回収したんだけどね。紅美には魔法の袋の存在は知られるわけにはいかないから、ナイショだけど。
『もうすぐカンクンに到着致します』
車内放送が流れた。もちろんスペイン語。
「もうすぐ着くわよ。ほら、降りる準備して」
「へ!? サ、サーチ、スペイン語わかるの!?」
「わかるわよ。ていうか、英語が理解できればスペイン語もすぐマスターできるわよ?」
「はあ!?」
「それだけじゃないわ。イタリア語もフランス語も。全部ラテン語が元だから、似たようなもんなのよ」
「ウ、ウ、ウッソだあぁぁぁぁっ!!」
「ウソじゃないわよ。実際に私は全部しゃべれるわよ」
「そ、それはサーチが頭良いだけだと思う!」
「でもないわよ。私は知識が偏ってるだけだし。実際に科学は苦手だったし」
「………………元素で二番目に軽いのは?」
「えーっと……ヘリウムよね?」
「ウソだぁぁ! やっぱサーチが頭良すぎるのよ!」
いやいや、ヴィーは私の三倍は頭良いわよ。
「ヴィー、円周率を答えられる範囲まで」
「は、はい。3.14159265358979323846264338327950288」
「はいすみませんでした! サーチだけじゃありませんでした! ごめんなさい!」
「……サーチ、エンシューリツとは何ですの?」
ナイアの何気ない一言を聞いた紅美が瞳を輝かせる。
「ナイア、あなたは私の心の友!」
「ナイア、ジュゲムの全文は?」
「この間テレビで話していた呪文ですわね? 寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末・雲来末・風来末、食う寝る処に住む処、藪ら柑子の藪柑子、パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの、長久命の長助ですわ」
「うわあああああん! ナイアの裏切り者ぉぉぉ!」
普段から魔術や聖術の詠唱を暗記してる私達には、これくらいは大したことじゃないのよ。それにしても紅美、イジると楽しいわね。
まず空きはないだろう、と思っていたカンクンのホテルは、結構余裕があった。
「最近チチェン・イッツァ辺りにゴキブリが大量発生してまして、そのツアーのキャンセルが相次ぎまして」
いやはや、意外なところでゴキブリが役に立ったもんだ。私達は悠々と部屋を押さえることができた。
「うっひゃあああああ、凄いオーシャンビュー!」
紅美、隣の部屋に聞こえるから静かになさい。
「……普通ですね」
「普通ですわね」
一方、私達の感動は薄い。あちらの世界では海も空気もキレイなのが当たり前なので、この光景が普通だ。ちなみにあちらの世界には下水道はないが、汚物の分解魔術を備えた魔道具……つまり魔術式トイレが一般的なので、衛生面でも安心だ。ていうか≪消臭≫みたいな衛生魔術も充実しているので、環境汚染は皆無だ。
「でもこれ程高い位置からの眺めは滅多に見れませんから、爽快には爽快ですね」
「……ワタクシにはやっぱり普通ですわね」
あーはいはい。空飛べる人はいいわね!
「ね、ね、泳ぎに行こうよ!」
「私は構わないけど……ヴィーは?」
「いいですよ」
「ナイアも「行きますわ!」……わかったけど……いいの、紅美?」
「? 何が?」
わかってないみたいね……まあ実際に見せたほうがいいか。
「何でもない。じゃあ私と紅美は先に行ってるわ。あんた達、水着ないでしょ?」
「「あ……」」
財布からお金を出すと、二人に渡す。
「じゃ、買ってからきなさい。英語なら大丈夫だと思うから」
『ああ、それはご心配なく』
『もうスペイン語もマスターしましたわ』
さいですか。
「……遅いなぁ」
そりゃそうでしょうよ。なかなかあの二人に合うサイズの水着は……。
「お待たせしましたわ〜!!」
あ、来た来た。
「あ、ナイアこっちこっち〜…………ぅぁ」
紅美が自分の身体を見て、ナイアの身体を見る。
「…………ぁぅ」
「だから言ったじゃない、いいのかって」
あの二人の水着姿はダメージが大きいのよ、同性には。
「うぅ……足の、足の長さが違うぅ……」
「ま、いいじゃない。胸は負けてないわよ」
「サーチは黙ってて! 何でそんなに括れてるのよ!」
「訓練だ」
「あんたはムー○ン谷の白い死神かああ!」
わかりにくい例え出さないの。
「お待たせしました、サーチ」
「ヴィー来たけど……どうする?」
「どうするって……ぐはあ!」
「コーミ? どうしましたか、コーミ?」
凶器を二つゆっさゆっさと揺らしながら紅美に迫るヴィー。あーあ、紅美が再起不能にならなきゃいいけど……。
以降、紅美がこの二人と泳ぐことはなかった。合掌、礼拝。
これにエイミアが加わったら紅美は爆死必至。




