第十六話 ていうか、ティオティワカン遺跡に到着したんだけど、魔術的要素が何も見つからない?
次の日にレンタカーを借りて、すぐに出発した。結局キャンピングカーは借りれず、かなり年代物のピックアップしか無かった。
「で、結局紅美はどうするんですの?」
「ヴィーに頼んで眠らせてもらうことにしたわ」
助手席で寝息を立てる紅美を見ながら、ナイアの問いに答える。ちなみにではあるが、今は眠らせていない。要は私達がダンジョン関連の動きをするとき、ということだ。
「ていうか、紅美ってよく寝るわよね。まだまだお子様なのかな?」
「まあ……寝る子は育つ、と言いますわね」
ナイアは何気なく言ったんだろうけど、私は凄まじい衝撃を受けた。
「寝る子は育つ!? ヴィ、ヴィーとナイアって寝る時間って平均何時間くらい?」
「へ? そうですね、一日七時間くらいでしょうか」
「ワタクシもそれくらいですわ……」
「な、何てことなの……」
急にワナワナと震え出す私を見て、ヴィーが心配そうな顔をする。
「どうしたのです? 体調が悪いのですか?」
「ち、違うわ。意外な事実が判明しただけ」
「意外な事実?」
「確かに私はショートスリーパーだけど、それがこんなに悪影響を……?」
視線が自分の胸に集中しているのに気づいたヴィーは、何かを悟ったかのように目を細めた。
「別によく寝るから胸が育ったわけじゃありませんからね?」
「へ? そ、そうなの? でもヴィーもナイアも紅美も……あ、そういえばエイミアもよく寝る子だったわよ!」
「落ち着いてください。リジーはよく夜更かししていましたが、あれだけ育っているではありませんか。多少は関連性はあるかもしれませんが、大きな影響はないと思いますよ」
「そう……かな。あ、そうだわ。一番寝てたはずのリルもあんな感じだったし」
猫獣人だけあってよく寝てたからねぇ。
「ぶえっくしゅん! な、何だ? 急にくしゃみが……」
「うぇぇぇぇん!」
「あぁ、ごめんニャさいごめんニャさい。良い子ニャ良い子ニャ〜」
「それにしても、このトラックは何なんですの? 前回のベッド付きの車とは、雲泥の差ではありません?」
「そう言わないでよ。予算的にこの車が精一杯だったのよ」
今回の予算の大半がルチャ・リブレグッズに消えたとは言えない。
「ほら、そんなこと言ってるうちに……見えてきたわ、ティオティワカン遺跡よ」
私が指差す先に、巨大な石の宮殿が見えてきた。太陽と月のピラミッド、そして死者の大通りからなるティオティワカン遺跡である。
「いやっほぅぅ! 古代のロマンよティオティワカンよ〜♪」
「うわビックリした! いつの間に起きたのよ!」
「サーチ、あのピラミッドの頂上が、最古のルチャ・リブレのリングなのですか?」
ちげえよ。
「成程、これがルチャ・リブレ発祥の地なのですか」
だからちげえよ。
「ルチャ・リブレ……つまりプロレスの発祥の地は、イギリスのランカシャー地方だって言われてるわ。全く違うわよ」
「あ、そうなのですか。死者の大通りは大規模な観客席かと思っていました」
だからちげえよ。
車から降りると、まずは太陽のピラミッドから向かってみた。
「わぁ、これが蛇の胴体が現れるっていう?」
「……紅美、それはチチェン・イッツァのククルカン神殿よ。太陽のピラミッドとはまっっったくの別モノだからね?」
「え? あ、そうなんだ……いや、そうだったそうだった、うん」
……あんた、本当に考古学を専攻してるの?
「蛇の胴体とは? それ私、気になります」
……ヴィー、何でそれを知ってるの?
「へ、蛇の胴体ってのはね、春分の日に影が胴体に見えるように作られてる階段よ。えっと……ほら、これ」
私はスマホを操作してその影を見せる。ていうかヴィー、やっぱ蛇の話題には乗っかるわね。
「別に蛇の話題だから聞いているわけではありませんからね?」
ま、また心を読まれた!
「そんなこと考えてないわよ……ほら、ここが頭で影が胴体だとすれば……」
「……ああ、成程。それにしてもよく計算されてますね。相当緻密に太陽の向きを考慮しないと、毎年同じ日に同じ現象は起こせませんよ」
「それがこの文明のスゴいとこなのよ。その遺跡自体が巨大なカレンダーみたいなもんだしね」
「……紅美が考古学という分野に興味を持つ理由、何となくわかる気がしました」
「そうね。こういうのって意外と面白いわよ」
実は私、マッチョ系司会者が出てる番組のファンなのだ。アサシンじゃなければ不思議狩人を目指しただろう。
「うわぁ、太陽のピラミッドに月のピラミッド! 凄い凄い!」
はしゃぎ回って写真を撮りまくる紅美が、私とヴィーの間を走り抜けていった。
「……あそこまでハイテンションでいられるのは、やはり好きなのでしょうが……」
紅美が何か呟いている。
「太陽のピラミッドって、もしかして古代のリング!? って事は、このティオティワカン遺跡は巨大なプロレス会場!?」
あかん。
「……知識が伴っていないのが残念ですね」
けどさ、さっきのあんた達と同じことを言ってるわよ。
「さて、紅美がはしゃぎ回ってる間に私達は太陽のピラミッドを調べてみましょう」
「わかりました」
「すいません、ワタクシは月のピラミッドを調べてみますわ。宜しいですか?」
「ん? ナイア?」
「月の魔女だから、という訳ではありませんが、何か気になるんですの」
「……わかったわ。月のピラミッドは任せた」
「はい。では」
ナイアが月のピラミッドに向かうのを見送ってから、私とヴィーは太陽のピラミッドに向かった。
「ストーンヘンジの時と違って、魔術的な要素はあまり感じませんね」
「そうね。ホントに単なる建物って感じ」
太陽のピラミッドを登りながら調べているけど、ホントに何もない。ただ観光に来ている感じだ。一応頂上まで登ったけど、空間の扉らしきモノは見当たらなかった。
「……変ね。万里の長城でも痕跡ははっきりわかったのに」
「そうでしたね。仕方ありません、ナイアと合流しましょう」
その後、ナイアも。
「魔術的要素の欠片もありませんでしたわ。月とは関係なさそうですの」
……ということだった。このピラミッドの名前は後世の人達が付けたモノだから、実際に何が奉られていたかはわからないのよね。実際に月が奉られているわけではないのだ。
「弱ったわねぇ……夜になっても何の反応もないわ」
ティオティワカン遺跡近くで野営しながら、数時間ごとに様子を見に行ってるんだけど……何の反応もない。
「本当にここなんでしょうか?」
「とは言っても、太陽のピラミッドなんてここ以外にないし……」
「サーチ、太陽のピラミッドの話は誰から聞いたのです?」
「え? 日本の情報屋だけど」
「昼間の紅美の話で思い出したのですが、もしかして太陽のピラミッドとククルカン神殿を間違えていませんか?」
「で、でも七不思議の殺人事件の情報は、ヴィーがネットで調べたんでしょ?」
「実はあるまとめサイトで見たのです」
「ま、まとめサイト!? 何て人の?」
……ヴィーから名前を聞いて、私は愕然とした。
「……その情報屋のハンドルネームじゃない……」
次の日、チチェン・イッツァに向けて出発した。とんだムダ足だった。
あらら、勘違い。




