第十話 ていうか、今回はナイアとドナタんに任せっきり。
万里の長城の最西端は、嘉峪関という有名な城壁の近くにある土の山で、ちょうど谷で終わっている。ちなみに東側の端は海にはみ出す形で終わっている。なかなか面白い光景なので、どちらも一見の価値はある。
え? 何で知ってるかって? ググれば簡単だよ。
え? 行ったことがあるんじゃないのかって? アサシンはそこまで暇じゃありません。
何はともあれ、飛行機とバスを乗り継いで結構な距離を歩いて、ようやく到着した。これで外れてたら乗り物酔いで死にかかったナイアに殺される……。
「どう? 何か感じない?」
「……びんごですわ、サーチ。ビリビリと感じます」
「私も感じます。あの土の塊の向こう側ですね」
よかったあああ……………へ? 向こう側?
「…………向こう側は……無いわよ?」
「「へ?」」
「谷があるんですか……それで万里の長城はここで終わっているのですね」
「ていうか、あんた達の言うことが確かなら……空間の扉は空中にあるってこと?」
「その可能性が高いですわね。実際に近付いて調べないとわかりませんが」
ちなみに紅美は「うっほほ〜い♪」と跳ね回りながら、あちこちを写真で撮って回っている。うむ、可愛いので私も撮っておこ。
「……サーチ? 気持ちはわかりますが、今は空間の扉の事に集中してください」
ああ、ごめんごめん……ていうか、拗ねたヴィーも可愛いので激写。
「さてと……結局のところ、空を飛べるナイアに確かめてもらうしか手はないわね」
「そうですわね。ワタクシもそれしかないと思いますの」
「わかりました。でしたら飛んでいるナイアのカムフラージュは私が何とかしましょう」
スマホをワイヤレスのイヤホンマイクに接続すると、ナイアの片耳に突っ込んだ。
「それで電話できるから、念話水晶代わりで。何かあったらすぐに撤退してね」
「わかりましたわ。み、耳がこそばゆい……」
どうやらナイアも耳が弱いらしい。私の視線を感じたらしいヴィーは、とっさに両耳を塞いだ。何もしないって。
「どう?」
ホウキで飛び立ったナイアはヴィーがすぐに聖術で隠したため、詳しい場所がわからない。
『……やはり空中ですわね。びんびん感じます』
びんびんって……久々に聞いたわ。
『……ありましたわ。とはいえ、何て狭い……』
何かゴソゴソと音がするのは、ナイアが穴に潜り込んでいるのだろう。
『薄暗いですわね……ドナタん、偵察をお願いしますわ』
「あ、ドナタんを連れてたのね」
『……ぜったいにわたしのことわすれてたよね、さーちは』
鋭い。その通り。
『それでは暫く集中致しますので、念話を切りますわ』
「念話じゃないんだけど……あ、切れた」
「……それじゃ私達はどうしますか?」
「他の場所みたいにモンスターが現れるかもしれないから、しばらくはここで待機ね」
「わかりました。今回はここで野営ですか?」
「その可能性が高いわね……」
太陽を見上げると、かなり地平線に近くなりつつある。今から町に戻っても宿を見つけるのは難しいだろう。
「それじゃ野営の準備するかな。ヴィーは薪になりそうな枝を探してきてくれる?」
「はい、わかりました…………って、木が何も無いじゃないですか!」
「あちこちに灌木くらいはあるでしょ。その辺りを探せばあるわよ……ほらほら、行った行った」
「わ、わかりました……わかりましたよ」
渋々探しに出かけたヴィーを尻目に、私は簡易テントを投げて広げた。
辺りに夕ご飯のいい匂いが漂い始めたころ、スマホの着信音が響いた。
「やっとか……ずいぶんかかったわね。はい、もしもし」
『え、あーあー。ワタクシノコエガキコエマスカ〜?』
「何でカタコトなのよ? 普通にしゃべりなさいよ」
『あ、ああ、漸く繋がりましたわ! 良かった……本当に良かった……』
スマホの使い方、散々レクチャーしたわよね?
「私にかけるまでどんだけかかったのよ……」
『スマホの充電が二回切れましたわ』
どんだけムダに操作してるんだよ! モバイルバッテリー持たせて正解だったわ……。
「で、どうだったの?」
『ダンジョンとしては単純な構造でしたわ。但し狭い回廊ばかりでワタクシ個人の移動は難しかったので、ドナタんに全て任せましたの』
「任せたって……ドナタんだけでダンジョン攻略してるわけ!?」
『ご安心なさいな。ワタクシと繋がっておりますから、ドナタんを通じて月魔術は行使できますから』
「そ、そうなの……」
『でも殆どのモンスターはドナタん一人……いえ、一匹で撃退しておりますわよ』
どんだけスーパーラットなんだよ!
『あ、もうすぐ守護神らしいですわ。一旦切りますわね』
プツン ツーッ、ツーッ
「ちょ、ちょっと! あんたボスキャラ相手にドナタんだけで……ち、切れちゃった」
いくらドナタんがスーパーラットだからって、ボスキャラを一人……じゃなくて一匹で倒せるもんかしら?
「どうなのですか、サーチ?」
「ダンジョン自体が狭くってドナタんじゃないと進めないんだって。何とかボスキャラ……守護神前までは進んだみたいよ」
「で、ではドナタんだけで守護神を? 大丈夫でしょうか……」
「正直大いに不安なんだけど、ドナタんを通じて月魔術も使えるらしいから」
「なら大丈夫ですね……あ、サーチ、いい具合に煮込めましたよ」
オークシチューはうまくできたようだ。ナイアには申し訳ないけど、私だけで先にいただきますか。
ブルルルル ブルルルル
ん? ナイアから?
「……はいはーい」
『ワタクシの分を残しておいてくださいね!』
わかったわよ! ていうか、何でわかるのよ!
「……平和ね」
「……平和ですね」
あれから二時間、ナイアからは何の音沙汰もない。写真を撮りまくってはしゃぎまくっていた紅美はオークシチューを平らげると、早々に寝てしまった。子供かっつーの。
「東京や北京を考えると、信じられないくらい綺麗な星空ですね」
「そうね」
「綺麗な、星空ですね」
「そうね」
「ロマンティックですね」
「そうね」
「ロマンティック、ですね」
「そうね……って何を期待してるのかしら?」
「べ、別に。何も期待は……」
下心が見え見えだっての。
ブルルルル ブルルルル
「はいもしもし! ナイア、どうだった!?」
『は、早いですわね……今攻略完了しましたわ。無事に石板と妙な杖を回収致しました』
石板はともかく、杖って?
『石板は強い魔力を感じますから、間違いなく本物ですわ』
「そう、良かった……なら戻ってきて」
『了解しましたわ……ドナタん、行きますわよ』
「さーち、らくしょうだったよ〜」
はいはい……と。ドナタんにもご褒美あげなきゃね。