第七話 ていうか、バスに乗ったらゴブリンスライムサイクロプス!?
温泉を堪能した次の日。軍から万里の長城の立ち入り許可証を貰い、観光ツアーに紛れ込んだ。許可証を貰うのは難しいかと思ったんだけど、バカ高い手数料を払ったらあっさりと貰えた。要はそういうことらしい。
「……人民軍って……資金難なのかしら……」
バスに揺られながらそんな感想を呟いていると、紅美が私の腕を叩いた。
「サーチ、ダメ! あまり軍の悪口を言ったりすると、下手したら逮捕されるから!」
「……こっわ……」
まあ人民軍くらいなら軽く撃退できると思うけど。
「ていうか、何で人民軍が万里の長城を封鎖するわけ? そこがまず意味不明なんだけど」
「私もわかんない。こんな事は初めてだし………あ、ただ」
「ただ?」
「万里の長城付近で度々目撃されているUMAが原因かもしれない」
UMAって……未確認生物だっけ。
「……どんなヤツ?」
「確か……ぶよぶよした液体状のゼリーみたいなヤツとか」
はい、スライムね。
「額に角を生やした、ちっちゃいオッサンみたいなのとか」
はい、ゴブリンね。
「一つ目の巨人だとか」
はい、サイクロプスね……ていうか、それUMAどころじゃないでしょ!
「観光客が何人か行方不明になってるらしいから、軍が閉鎖して調査してるのよ」
「……そんなカオス状態の場所、よく立ち入り許可出たわね……」
紅美がナイアと話しだしたのを見計らって、ヴィーの肘を小突く。
「♪〜……はい?」
ヴィーは耳からイヤホンを外して私を見る。ていうか、あんたはこっちの世界に一番溶け込んでるわね。
「……興味半分なんだけどさ、何を聴いてるの?」
「えっと……何ていう曲なのでしょうか?」
イヤホンをとり、耳に突っ込む。
『Yo〜Yo〜Yo〜!』
ラップかよ! いや、いいんだけどさ、ヴィーのイメージ的にクラシックかと思ってたよ!
「意外だったわ」
「いえ、これだけ早口で喋れるモノなのか、と感心しまして」
「…………まさかこれで英語の勉強を?」
「はい」
スラングだらけだよ!?
「あ、その点はご心配なく。幅広く視聴して覚えましたから」
「……例えば?」
「これとか」
ヴィーが曲を切り替える………ああ、有名な医療系ドラマでかかってたヤツ。
「他にも」
……ああ、魔笛。オペラへいったか。
「これが一番のお気に入りです」
…………ズンズンダン、ズンズンダンって……映画が大ヒットしたバンドっすか!?
「……いやはや……好みの傾向がよくわからん……」
「あとこれも」
……はんあ〜〜♪ って演歌!? 選り取り見取りだな!
「……ていうか、聞きたいこと忘れかけてたわ。ヴィー、この辺りで強く魔力を感じる場所はある?」
「……魔力を感じると言いますか……進むにつれて、段々と濃くなっています。この先が万里の長城なのでしょうが、相当な濃度になってるでしょうね」
……そこまで魔力が濃いと、モンスターが活発になってるか……。
「こっちの世界にモンスターがいるってことは、アントワナが作った空間の穴から溢れてきてるってことかな……」
もしそうだと、人民軍で太刀打ちできるのかしら……。
私のイヤな予感は、現実のモノとなった。
キキキィィィ!!
「きゃ!」「わっ!?」「ふぐぅ!?」「くかー……」
バスの急ブレーキで前につんのめる。
「な、何があったの!? 事故!?」
「サーチ、前方に強力な魔力反応です!」
ち、モンスターか!
「ヴィー、バスの乗客全員眠らせて!」
「わかりました! ≪強制睡眠≫!」
ずいぶんと可愛い名前の聖術だけど、効果はバツグン。騒ぎ始めていた乗客達は一斉に眠りこけた。
「くかー……」
……元々眠っていた紅美を除いて。よくあれだけの衝撃があったのに眠っていられるもんだ……我が娘ながら。
『運転手さんごめん!』
『え? ぶごっ』
一撃加えて昏倒させ、運転席から引き摺り出す。代わって私が座り、アクセル全開!
ブォォォン!
ギ! ギギィ!
道を塞いでいたゴブリン達に突っ込む!
どぎゃぎゃぎゃぎゃ!
ギエエエエ! ギャギャアア!
「ふ、世界で初めてバスでゴブリンを倒した女になったわ!」
「それはどうでもいいですから、ちゃんと運転してくださいね!?」
「ふ、ふふふ……何人たりとも、私の前は走らせない!!」
「サーチの目が据わってるぅぅぅ!!」
制限速度を二倍くらいにまでオーバーした状態で、結構なヘアピンカーブに突入!
「どぅぅぅりぃやぁぁぁぁぁぁ!!」
ギギギギギギギィィ! ズシャアアアア!
「あっはっは! 全世界で初めてバスでドリフトしてやったわ!」
「私が聖術で車体を支えなかったら、間違いなく倒れてましたからね!?」
雑音は気にしない、気にしない。
「お、スライムの群れ発見。全部踏み潰してやるわ!」
ブォォォン!
ぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷち!
「あっはっは! 快感快感!」
「サ、サーチサーチ! スライムの体液でスリップしてますよ!!」
キュキュキュキュ!
うわ、これはヤバいかも〜!
「ヴィー、聖術で何とかして」
「無理ですよぉぉぉ!」
「あ・い・し・て・る♪ チュッ」
「不可能が可能になりまあああす! ≪聖火の加護≫!」
突然奮起したヴィーの絶妙な聖術により、タイヤ表面に付着したスライムの体液を焼き尽くす。
「……っよし、何とかなった。ありがと、ヴィー」
「サ、サーチサーチ! 前前前前!」
「ちょっと、前前言うんなら々を使いなさ……ぎゃあああああ!」
前方には小山が……サイクロプスだぁぁぁ!
「ヴィ、ヴィー! 全力でサイクロプスを撃破して!」
「こればっかりはどうにもなりません! 相手が大きすぎます!」
……ならば……このバスの質量とスピードを利用するまで!
「≪偽物≫!」
ジャキィィン!
「サ、サーチサーチ!? バスから何本も剣が生えたのですが?」
「このまま突っ込むわよ! ヴィーは乗客全員の対物保護をお願い!」
「た、対物保護って……もう! ≪聖風の加護≫!」
風の膜が全身を包む。これで大丈夫!
「いっけえええ! ファイナル・サイクロプス・バスタークラッシュ!!」
「バ、バスだけにバスターですか?」
雑音は気にしない! うりゃああああ!
……言語道断な衝撃と破壊ののち、サイクロプスは崩れ落ちた。
「あははは、楽しかったわね」
「全然楽しくありませえええん!」
バスの残骸には、眠りこける乗客と運転手、笑い転げる私と魔力が尽きてクタクタなヴィー。
「くかー……」
「お、【自主規制対象】ーー!!」
いまだに寝続ける紅美と、車に酔って大変なナイアが残った。
サーチの運転は荒すぎ。