第三話 ていうか、そっくりさんは何と……いやはや、ビックリ……。
「…………」
『…………』
お互いにお互いの仕草を確かめあってみる。
「ま、まるで双子のようですね……」
髪型やホクロなんかの違いはあるけど、それ以外はそっくりだ。
『わ、私には双子の兄弟でもいるの……?』
『おい、どういう事だ? 紅美』
!? 紅美って………ウ、ウソでしょ……!
『こ、紅美……』
『へ? あなたも上海語がわかるの?』
『……紅美!』
『へ……ぐええええっ!?』
「サ、サーチ!?」
私はついついハグをしてしまった。おもいっきり。
『ぐ、ぐるじい! ぐるじいいいい!』
『お、おい、お前は何なんだ!? というか、お前らは何なんだ!?』
「な、何て言ってるかわからないんですけど!?」
「それよりサーチを引き剥がしますわよ! サーチのそっくりさんの顔色が紫色になってきてますわ!」
ナイアに引き剥がされて我に返るまで、私は自分が何をしていたのかにも気がついてなかった。
『ブクブクブク……』
『おい、大丈夫か? 紅美!』
泡を吹いた紅美を介抱する男の傍らで、私達はナイショ話をする。
「サーチ、あの方は誰なんですか?」
「あー……う〜ん………………娘です」
「は?」「へ?」
ナイアとヴィーは私と紅美を見比べて。
「ほ、本当ですの!?」
「い、いつの間に産んだんですか!?」
「だから言ったでしょ、前世では娘がいたって」
「「ほ、ほおおぉぉ……」」
変なリアクションするな。私だって驚いてるんだから。
「……ど、どうして娘さんだと?」
「名前と右手のホクロの位置ね。何より……この姿よね……」
今の私と瓜二つ。これが何よりの証拠だ。
「……生まれ変わってもそっくりになるなんて……何かしら魂の繋がりがあるんでしょうね……」
「……ま、嬉しいような、悲しいような……」
「悲しい? 悲しいんですの?」
「だって! あれ見てよ!」
私は紅美の胸を指差し。
「あれ、私より大きいわよ!」
「「そこかよ!」」
二人に盛大につっこまれたあと、私は重要なことを思い出した。
「そ、そういえば。この事態をどうやって誤魔化そう?」
「あ、そうですわね。いきなりそっくりさんが現れて、自分を絞め殺そうとしておごっふぅ!」
「絞め殺そうとなんかしてないわよ!」
「仕方ありません。サーチは娘さんの従姉妹という事で。唯一の肉親を探しにきた、とでもしておきましょう」
「そうね。日本の孤児院で育って、ふとしたことで紅美の存在を知った、って感じで」
「ゴホゴホ……ワ、ワタクシ達は?」
「…………大学の考古学科の仲間ってことで」
「「はあ?」」
「いいから、口裏を合わせて。もう英語はしゃべれ……るの?」
「え、ええ」
「日常会話くらいなら」
……何でこんな短期間で英語がマスターできるのよ、こいつらは。
「なら英語だけでしゃべって。わかった?」
「は、はあ……」
「わかりました……」
「じゃあ、そういうことで……『ごめんなさい、大丈夫でした?』」
『君達は一体何なんだ!?』
『私、幸・リサーチといいます。その方は紅美さんですよね?』
ちょっと名字が安直だったけど、まあ仕方ない。
『た、確かに紅美だが……』
『私、紅美さんの従姉妹になるんです』
『な、何だって!?』
とりあえず路上で話すのも……ということで、紅美と一緒にいた男の部屋に入らせてもらった。
『……では、最近になってわかったと?』
『はい。幼いころに事故死した母が、紅美さんのお母様の姉にあたることがわかりまして。そこから紅美さんの存在を知ったのです』
『紅美は天涯孤独の身だと思っていたのだが……肉親がいたのか』
『失礼ですけど、あなたは?』
『あ、紹介が遅れてすまない。僕はリー・ロンシャン。紅美の義理の兄弟です』
『義理の?』
『紅美は母親が行方不明になってすぐに僕の母に引き取られてね』
リー……まさか、ホンニャンが!?
『お母様のお名前は……』
『? ホンニャンですけど?』
やっぱり……リー・ホンニャンは私の前世での元相棒。胸がおっきくてさ、さっさと結婚して退職しやがったんだよ!
『……あの?』
『あ、ごめんなさい。で、紅美の母親については?』
『詳しい事は何も。母なら何か知っているかも』
『そう……』
ホンニャンは私のことは話してないのね。話されても困るけど。
『はーあ。いまだに信じられない』
そう言いながら紅美はキッチンから皿を片手に戻ってきた。
『ここまでそっくりじゃなければ、信用できなかったわよ』
『わ、私もビックリしました』
お茶を出してくれる紅美に頭を下げて、お茶請けに手を伸ばす。
『あの、そちらの方々もどうぞ』
『アリガトゴザイマス』
『イタダキマス』
ていうか、中国語しゃべってる!?
『あ、お二人も中国語わかるんですか?』
『『オー、スコシダケネ』』
日本語うろ覚えの外国人みたいな反応するな!
『……それで、さ、さちさん?』
『周りからはサーチと言われてますので、サーチと呼んでください』
『えっと、サーチさん? 何か御用でも?』
……まさか前世で果たせなかった心残りが、ここで果たせるなんて……。
『実は私の死んだ両親の遺産の存在が、最近になって発覚しまして』
『は、はあ……』
『日本の弁護士の話によると、存在が確認された従姉妹……つまりあなたにも相続権があるそうなんです』
『そうなんだ………ええええ!?』
反応遅いな。
『それで、遺産の一部をあなたに』
ガッチャアアアン!
『ち、また来やがったか!』
私と紅美の会話中に、一階で大きな物音が聞こえた。
『何ごとですか?』
『あ、ごめんなさい。実は私の義父が経営してる食堂に、何かと因縁をつけてくるお客さんがいて……』
ああ、今話題のカスハラってヤツ。
『どんどんエスカレートしてて、私が警察に訴えようって言ってるんですけど、あまり事を大きくしたくないって義父が……』
さっきの言い争いはそれが原因か。
『っ……ジッとしてらんない。ちょっと失礼します』
部屋から走り出す紅美。
「……はあ。仕方ない、母親らしいことをしてやるか。ヴィー、ナイア、ちょっと力を貸してくれない?」
ガシャアアン!
『何だ、この店は! 店員の礼儀もなってないのか!』
『何言ってんだい! 店のモノを壊すヤツなんざ、客でも何でもないよ! さっさと出ていきな!』
『何だと、このババア!』
『母さん落ち着いて!』
あーあ、やっぱり大騒ぎになってる。
『はいはい、静かにしなさいね〜』
カスハラ男と年配の女性の間に割って入る。
『な、何だ、お前は?』
『こ、紅美……じゃない?』
カスハラ男と年配の女性の呟きは無視。
『あんたのやってることは脅迫に器物破損、営業妨害よね。立派な犯罪だってわかってる?』
『な、何だコラア! 関係ないヤツは引っ込んでろ!』
『あんたは店のお客さんじゃないんでしょ? だったらあんたも関係ないわよね?』
『な……! うるせえんだよ、コラア!』
ぱあんっ!
頬に鋭い痛みが走る。そのとたん、私はニイ〜ッと笑った。
『……見たわよね、ヴィー、ナイア?』
『ミマシタ』
『ミマシタワ』
『……みなさーん、見ましたよねー』
私はそう言うと、精一杯叫んだ。
『……ぎゃあああああ! チカンヘンタイゴーカンマあああああ!』
叫びながら相手の手を取り、捻りあげて組伏せる。
『い、いててて!』
『警察呼んで警察! 傷害のゲンタイよ!』
『いててて! は、離せ!』
『離せと言われて離すバカがいますか!』
『く、くそ! ネットで拡散してやるからな!』
『どうぞどうぞ。だったらあんたの顔もネットで晒してやるわ。「か弱い女性に暴力を振るったカス男」って付けてね』
『な、何だと!? プライバシーの侵害だぞ!』
『あらあら、あんただってこの店の悪口をネットに晒すって言ってるじゃない。それも立派なプライバシーの侵害よね?』
『い、いてててて!』
『ほらほら、もうすぐ警察がくるから、さっさと捕まって臭いメシを食べるのね』
『ち、ちくしょおおお!』
これは余談だけど。
『く、くそ……あのアマのせいで、俺に前科がついちまった。出所したら必ず仕返ししてやる!』
『……はろはろ〜』
『ん……お、お前は!?』
『心配しなくても、あんたが出所することは無いわ。私の娘に手を出した報い、地獄でたっぷり受けなさい』
『な……うごおおおおおっ!?』
カスハラ男が牢獄で死亡していたらしい。何があったのやら。
サーチ、親バカ。