第二十五話 ていうか、ドラゴンがしつこくしつこく追ってくる。
「はあ、はあ、はあ………た、助かりました……」
「ど、どうにか間に合いましたわね……」
全くよ。異世界で落盤事故で死亡なんて、シャレになんないわ。
グゴオオオオオッ!!
「うひゃい!」
「きゃあ!」
「うきゃあ!」
い、今の声は……雷竜!?
『どこだ……どこへ行ったのだぁ、小娘ぇぇぇぇぇぇ!!』
ド、ドラゴンの圧倒的な気配が……ヤバい!
「ナイア、早く扉を塞いじゃって!」
「わ、わかりましたわ! 月よ月夜に月見頃! 月並みに踊れや! 月山麓に竜が哭く!」
バキバキ! ビキビキビキィ!
まるで割れたガラスが元に戻っていくように、空間の扉が塞がっていく。
『ぐがぁぁぁ! そこかぁぁ!』
がしぃ!
「ド、ドラゴンの手が!?」
「サーチ、前肢では?」
ヴィー、それは今はどうでもいいから!
何て言ってる間にも、塞がりかけの扉に爪がかかり、再び開こうとする。ていうか、空間を引き裂こうとしてる!?
「ナイア、強引に塞げない!?」
「む、無理ですわ! 凄い力……!」
徐々に広がっていく扉を押さえきれないナイア。このままだと雷竜がこの世界に出てきてしまう……!
「……ていうか、今私の目の前にあるのは、竜の手じゃない!」
「だから前肢うぐっほぅ!?」
「少し黙ってて! 行くわよ、必殺の≪急所攻撃≫!」
短剣をおもいっっっきり爪と皮膚の境目にぶっ刺す!
どすぅ!
ぴぎゃああああああああああっ!!
ドラゴンとは思えないほどの情けない悲鳴をあげ、手が引っ込んでいった。
「今よ!」
「わかってますわ!」
ナイアが再び魔力を込め、一気に扉を閉じる。さらにその上から幾重にも封印の糸を這わせ、厳重に厳重に閉じていき。
「月に代わって封印よ!」
どっかで聞いたことがあるセリフのあと、ホウキをデッカいハンコに変え、空間の扉に押しつける。そこには『封印』の文字が堂々と押され。
『ちくしょおおおおおおぉぉぉぉぉ………』
ドラゴンの嘆きの声が途切れるのと同時に、異世界の扉は完全に封印されたのだった。
「……ナイア、もう大丈夫なのよね?」
「はい。扉のあった場所に何重にも封印を重ね、更に封印の呪縛印まで押しましたもの。嘆きの竜でも解呪は不可能ですわ」
……なら……。
「はい。ワタクシ達の勝利ですわ!」
ナイアの勝鬨と共に、私とヴィーの歓声がまだ薄暗い草原に響き渡った。
そのまま倒れ込むようにキャンピングカーで眠り、次の日の昼になってようやく私達は体力的に落ち着いた。
「ふはぁ……まだ身体中がバキバキいうわ」
「私もサーチに殴られた鳩尾が……」
それはあんたが悪い。
「それよりも、宝箱の中身は何でしたの?」
あ、そうだったわ。キャンピングカーのテーブルの上に宝箱を取り出す。
「……宝箱自体は至って普通ですわね」
「やはり問題は中身ですか。見てみましょう」
ヴィーが取り出したのは、碑文の一部と思われる石板だ。
「これは……古代の半蛇人達の文字ですね」
「読める、ヴィー?」
「はい。メドゥーサと似通った文化を持ってましたから、文字も比較的近いはずです」
そう言ってヴィーは石板とにらめっこを始める。こういうのはパーティで一番年寄りげふんげふん、長生きなヴィーに任せましょ。
「……おかしいですね。何故か無性にサーチを殴りたくなったのですが……?」
鋭い。
「ヴィーが解読してる間に、私達はもう片方を見てみましょうか」
そう言って一緒に入っていたナイフを取り出す。
「見事な装飾ですわね。かなりの値打ちモノじゃありませんこと?」
確かに。ナイフの柄と鞘にはビッシリと宝石がはめ込まれ、光を当てなくてもキラキラしている。
「……流石にこんなハデなナイフは使いたくないなぁ……」
そう言ってナイフを抜く……抜く……あ、あれ?
「ぬ、抜けない? 何よ、このナイフ?」
力を入れて抜こうとするけど……びくともしない。
「ワタクシも試してみましょうか?」
ナイアも抜こうとしてみるが……。
「……駄目ですわね。全く抜ける気配がありませんわ。本当にナイフなんですの、これ?」
「ん〜……単なるナイフ型の護符だったりして」
二人であれやこれやと話し合っていると、急激に車内の気温が下がった。
「さ、寒……」
「何ですの、急に!?」
「…………解読終わりましたけど…………楽しそうですね」
げっ、ヴィー!? 目が据わってる!?
「ナイア……あなた、楽しそうですね」
「ええ。サーチとの議論はとっても楽しいですわよ」
うわぁ……ナイア、天然でヴィーを煽ってるし。
「そう……ですか。≪石化魔眼≫」
かちんっ
「あ、足が!?」
ごとんっ ずしんっ!
「しばらく正座してなさい」
でたー! ヴィーの必殺技、石化正座の刑!
「ワ、ワタクシが何をしたと言うのですの!?」
「安心してください。単なる私の八つ当たりです」
「そんな殺生なぁぁぁぁぁぁ!?」
悲痛な叫びをあげるナイアを放置して、私はヴィーに向き直る。
「で、どうだった?」
「はい。これは碑文の一部で間違いないと思います。この石板には≪万有法則≫の詠唱の前半部分が記されていました」
「そう……やっぱり」
「正直に言えば、あまり重要な部分ではありません。詠唱というモノはあくまで準備体操のような意味合いが強いですから、無くても術は発動します」
「……それじゃ、もっと重要な部分がどこかにあるってこと?」
「はい。おそらくはアントワナが碑文を他人の目に触れさせない為に、空間の亀裂が生じやすい場所を違う世界のダンジョンとを無理矢理繋ぎ、そこに隠したのでしょう」
「そこまで人の目に触れさせたくないなら、石板破壊しちゃえばいいのに」
「サーチ、やってみます?」
はっ?
「この石板を破壊してみてください」
「……ヴィーがそう言うってことは……破壊できないの?」
「はい。魔術で時間が止められていますので、実質破壊は不可能です」
そうか……だからアントワナは隠すことしかできなかったのか。
「これで七不思議が今回の件に関わっている理由がわかったわ」
「と言いますと?」
「古代文明が興った場所ってね、昔から何か不思議なことが多発していることで知られているのよ」
「不思議な事とは、空間の亀裂が影響した魔術的な事案ですか?」
「そう。それを神秘的に感じた古代の人達が、神殿やらピラミッドやらを建てて祀った……とか?」
つまり七不思議の場所は、空間の亀裂がある場所だったんだ。
「これは……やっぱり世界中を飛び回るしかないわね」
はああ……しばらく頭痛のタネには困ることはない。
明日は更新お休みです。またエルフィンお婆様でお楽しみください。
次話から新章です。