第十二話 ていうか、今度はハイジャックっすか……。
カチャッ
っ!
「失礼」
「……いえ、こちらこそ」
……すれ違ったときに、私の肘に当たった感触は……トイレに向かいながらも、男が座った席を確認する。
「……後ろから三番目の通路側。黒い上着の短髪……」
用を足している間に準備を済ませると、トイレの出て通路へ。そのまま進んで男の背後に近づいた際に一仕事済ませる。
「……っ……」
男は少し呻いてから眠りにおちる。よし、これでヘルシンキまでは目を覚まさないだろう。
離陸してから四時間くらい。まだまだ目的地は遥か先だ。相談するため、パソコンに夢中なヴィーを呼んだ。
「ヴィー」
カチャカチャカチャカチャカチャカチャ
「ヴィー?」
カチャカチャカチャカチャカチャカチャ
「……えい」
きゅっ
「はあああああああん! って何をするんふがふがっ」
「パソコンに集中するのはいいけど、何回も呼んでるんだから返事してよね」
「……ふが」
口を押さえられた状態で、ヴィーは頷いた。
「ふはぁ……ど、どうしたのですか。緊急事態ですか?」
「まあね。一応眠らせてきたけど、武器を携帯した男がいた。間違いなく銃だと思う」
「銃って……えっと、飛行機内には持ち込み禁止になってますよ?」
キーボードを打つ音がしたから、パソコンで『銃』を検索したみたいだ。前の世界には大砲はあったけど、小型の銃は普及してない。ヴィーは銃が何かわからなかったのもムリはない。
「そうなのよ。だから大変なんじゃない」
「……まさか、この飛行機を乗っ取るつもりで?」
「そうだと思う。もしかしたら他にも仲間がいるかもしれないから、ヴィーも警戒しといて」
「わかりました。ナイアはどうします?」
「すぴぃぃぃぃっ」
……あれだけ豪快に寝てる人を起こすのもねぇ……。
「……いいわ。私達だけで対処しましょ」
「わかりました。それよりサーチ、どうやって敵を眠らせたのですか?」
「ん? トイレの中でワイヤーニードルと即効性のある眠り毒を用意しといて、通りすぎる際に頸動脈に刺したのよ」
「……き、器用を通り抜けて凄すぎますね」
ま、前世での訓練のおかげよ。
「ハイジャックが一人ってことはないだろうけど……これで済んでくれることを祈るわ……」
いくら何でも墜落なんて事態になったら、私達でもどうしようもないから。
それから二時間ほど、飛行機内は平和な時間を刻んでいた。
「くぅ……」
ヴィーまで寝てしまった。ま、慣れない旅だから疲れるのもムリないけど。
コツッコツッコツッコツッ
そのとき背後から、靴を鳴らす音が響いてきた。
「この足の運び……訓練されてるわね」
私は寝たフリをしておく。やがて私の横を通りすぎたので、またまたワイヤーニードルを使った。
ピシュ チクッ
「!? ……ぅぅ……」
よろめき、倒れそうになる男。
「大丈夫ですか?」
私は介抱するフリをして男に近づき、寝ていることを確認する。
「ほら、しっかりしてよ」
近くの男性に手伝ってもらいながら男を椅子に座らせる。その間に銃を奪っておくことも忘れない。あとは様子を見に来たCAさんに任せて席に戻った。
「……チッ、グロックか。安物じゃないわね」
これが安物の銃だったら、素人さんの犯行なんだろうけど……。まだ他にもいる可能性が高いか。
「すぴぃぃっ」
「くぅ……」
……全く。お気楽に寝てくれちゃって。
そして二時間。もうすぐ乗り換えのあるヘルシンキに到着する、というとき。
連中が動いた。
ドンッ! ドンッ!
「きゃああああああああああ!」
発砲音!
この叫び声は……ビジネスクラスか!
「……んん……何か音がしましたの……」
「な、何事ですか……」
流石に起きるか。
「二人とも、戦闘準備。ハイジャックが始まったみたいだわ」
「……ふえ?」
「ハイジャック…………は!? まさか、先程の連中が動き出したのですか!?」
「その通りよ。私はビジネスクラスを見てくるから、ナイアはここで警戒してて。ヴィーはさっき眠らせたヤツから何か聞き出して」
「ふぁ……わかりましたわ……」
「後ろの黒服ですね。わかりました」
ナイアが不安だけど……まあいいか。私は奪ったグロックを片手に、ビジネスクラスへ向かった。
「全員動くな。手を頭の後方で組んで、前傾姿勢になれ」
入口の陰に潜んで、何人いるか確認する。一応一人だけど……伏兵がいる可能性は捨てきれない。
「これはヘタに動けないかなぁ……ん?」
一人立ち上がった。ハイジャックに飛びかかろうとして……危ない!
バァン!
「ぎゃあ!」
飛びかかろうとした男が背後から撃たれた! やっぱりまだ仲間がいたんだわ!
「油断するな」
「すまん。エコノミーの連中はまだ制圧できないのか?」
「わからん。だが時間がない。私達だけで動こう」
……エコノミーとビジネスのみか。ファーストクラスは狙わなかったのね。
「仕方ない、私がエコノミーに加勢してくる。お前はビジネスの連中を見ておけ」
「わかった」
……仲間を一人だけ置いて、自分は加勢に回る……ということは、ビジネスクラスには二人のみ!
ダァン!
「がはっ!」
「全員武器を捨てなさい!」
撃った男の銃を奪い、こめかみを蹴って気絶させる。
「け、警察か!?」
「警察でも軍隊でも何でもいいじゃない。さっさと武器を捨てろっての!」
だが私の警告を無視し、男は私に向かって発砲した。
バァン!
「っ!?」
「どうしたの、外れたわよ?」
「くっ!」
バァン! ババァン!
「……当たらないわねぇ〜」
「な、何故だ! 何故避けられるんだ!?」
「……あんたの視線と銃身が向く方向、そして重力に引っ張られて弾丸が下がる角度。それらを計算して総合的に判断すれば、避けられないことはないわ」
「そ、そんなデタラメな!」
「デタラメじゃないわ。実際に実演してあげたじゃない」
「く……!」
男は銃を引くと、天井に向けて。
「だったら機体に穴を空けて、全員道連れにしてやる!」
ダァン!
男の眉間を私の放った弾丸が貫通し、男は信じられない顔をしたまま死んだ。
その後、ヴィーの尋問によってもう一人のハイジャック犯の存在も判明し、ナイアによって取り押さえられ。宝くじで当たる並みに珍しい、ハイジャック事件を解決した。
「ていうか、早く逃げるわよ!」
無事に着陸して周りが大騒ぎになる中、私達は必死で空港から脱出した。そりゃそうよ、警察でも何でもない私が、犯人一人射殺しちゃったんだから。
「やむを得ない状況だったとはいえ、しまったなぁ……」
サーチが善行ばかりって違和感。




