第二話 ていうか、ヴィー、ナイア、初めての文化に戸惑い。
近くのビジネスホテルに転がり込み、順番にシャワーを浴びる。
「湯船くらいはあってほしかったなぁ……」
「……狭いですわね……」
「何より騒がしいですね。何ですか、あの妙な音は?」
パトカーと救急車。この世界じゃ日常茶飯事よ……都会に限るけど。
「それにしても、もう少し立派な旅館でもよろしかったのではなくて?」
「バカ高いからムリよ。ていうか、いまはお金も節約しなくちゃマズいっしょ」
だから私一人でチェックインして、聖術で姿を消した二人と共に部屋に入り、三人でシングルで泊まるなんてムチャをしてるのだ。
グゥ〜……
「「あ……」」
「ワ、ワタクシのお腹が鳴るのがいけませんの!?」
「いや、ナイアのお腹の音で、朝から何も食べてないことに気づいただけ」
「そういえばお腹が空きましたね……」
仕方ない、近くのコンビニで何か買ってくるか。節約したいから……カップラーメンかな。
ズズズ〜……
ああ……懐かしい。転生後の世界では、どんなに恋焦がれても食べることはできなかった味……。
「え、えっと……」
「た、食べられますの、これ?」
箸じゃキツいだろうと思ってフォークを与えたのだが……まだ躊躇してるのかね。
「大丈夫だって言ってるでしょ。この世界の国民食なのよ、味は保証するわ」
あくまで個人的感想ですけど。
「「……サーチがそう言うなら……」」
音を立てることなく、ゆっくりとはむはむ食べ始めた。すると。
「「こ、これは……!」」
二人ハモってから、スゴい勢いで食べ始める。ただ、音を立てて食べるのが恥ずかしいらしく、静かにはむはむと食べ続けた。
「「…………」」
ひたすら食べ続ける二人を尻目に、私はリモコンでテレビを点ける。データボタンを押して、明日の天気を確かめる。
「!?」「な、何ですか、その不思議な板は!?」
……いちいち説明するのがめんどくさい……と思い始めたとき。
コンコン
「……!」
ドアをノックする音が響いた。私はジェスチャーで二人に隠れるよう促し、下着を脱ぎ捨ててタオルを巻く。で、いかにも「寝てたんすけど……」という顔をしてドアを少し開けた。
「……はい……」
「警察ですが、少しいいですか?」
やべ、お巡りさんじゃん!
「きゃっ」
わざとタオルをズラし、しゃがみ込む。
「あ、これは失礼」
「すすすすいません、すぐに服着ますんでちょっと待ってもらえます!?」
「はい、わかりました」
そう言ってドアを閉めると、私はノロノロと服を着る。その間に百均で買っておいた手帳を取り出す。
「ヴィー、大至急聖術で印刷してほしいんだけど……私の頭からイメージを読み取って印刷できる?」
「え? あ、はい。できますけど……?」
数分後。
ガチャ
「……すいません、お待たセしました」
「こちらこそ、お休み中に失礼しました。少しお話を伺ってもよろしいですか?」
「は、はい。構いマセんデス……」
少しカタコトの日本語で話す。
「お一人ですか?」
「ハイ」
「中を確認しても?」
「え……ど、どうぞ」
少し躊躇ったフリをして、入口から退いて中へ促す。一人が中に入って確認し、ベッドの上に散乱してる下着類を見て引き下がる。
そのままトイレとシャワールームも確認し。
「大変失礼しました」
「……いえ」
「何か身分を証明できるモノは?」
私は近くに置いてあったカバンからパスポートを取り出し、お巡りさんに提示する。
「……あ、台湾の方ですか。観光で?」
「ハイ。私、ニッポンのanimation大好きデス。よくニッポン来ます」
二人は頷きあうと、私にパスポートを返した。
「実はこの近くで事件がありまして、色々とお伺いして回ってるのですが……」
「……私、sleepだったからヨクわからナイ……」
「そのようですね。ご協力ありがとうございました」
「いえ。ごくローさまデス」
そう言って閉めて……足音が遠ざかるのを待ち。
「……ふはぁ! あ、危なかった……」
どうにか切り抜けられた幸運に感謝した。おぉ、マイゴッドよ……。
「そうですか、あれがこの世界の警備隊……」
まさか一部屋一部屋訪ねて回る熱心なお巡りさんが来てるとは。ていうか、警察来てるなら教えろよ、フロント。
「それにしてもヴィーの万能さのおかげよ。とっさにここまでパスポートを再現できるなんて」
「いえいえ。サーチのイメージがハッキリしていたおかげですよ」
以前に使用していた偽造パスポートの繊細を覚えてて良かった〜。我ながら記憶力には自信があるのだ。
「それにしても、ワタクシ達が隠れる必要あったんですの?」
「……一人用の部屋に三人いる時点でアウトなのよ……」
宿泊費を浮かそうと思ったのが間違いだった。こんなことが毎回あったら心臓に悪いから、もう止めとこう。
「こうなってくると早く拠点が欲しいわね……」
どっかにいい物件はないかな?
「それより、向こう側の世界に連絡する術はありませんの?」
「ま、第一にそれなんだけど……とりあえず私達が一箇所に落ち着けないと始まらないわ」
「確かに。このような逃亡者のような生活では、落ち着いて魔術的研究もできませんしね」
「……こちら側にはそのような手段はありませんの?」
「空間を越えての通信ってこと? まだまだ空想の世界よ」
まだ異世界があること自体知られていないんだし。
「そうなると……ちゃんと腰を据えて向かわないといけませんわね……」
「そういうこと。今さらだけど、こっちで魔術が使えるのはラッキーだったわ」
「え? こちらには魔術がありませんの?」
「こっちでは魔術が使える人なんていないわ。その代わりに科学……まあ錬金術の延長みたいなのが発達してるわ」
「で、ではこの板も科学というモノなのですか?」
「そうよ。それとこれ」
カチッ ブオーッ
「熱い! な、何ですかこれ!?」
「ドライヤーっていってね、髪の毛を乾かすための道具」
「えええっ!? ま、魔術で一瞬で乾かせますのに!?」
「ね、魔術がないとこうなるのよ」
……何て言ってる私も魔術で乾かすことができないので、毎度ヴィーにお世話になってます。
「そういえば、サーチもナイアも魔術は使えますか?」
「ワタクシは……こちら側には月はありますの?」
「あるわよ。一個だけど」
「一個!? す、少ないですわね……」
無数にあるあっちが変なんだよ!
「でも一個でもあれば問題ありませんわ」
「ならサーチは?」
「私は……」
試しによく使う短剣を作ってみる。うん、出来映えも全く問題ない。
「大丈夫みたいですね。なら戦力ダウンの心配はありませんか」
「ま、この世界で戦いになることは少ないわよ」
紛争地帯にでも行かない限りは。
「では先程からサーチが言っていた拠点ですが、何か心当たりがあるのですか?」
「……まあ、あるっちゃーある」
あくまで最終手段だけど、不良のたまり場にでもなってる廃ビルか、曰くつきの物件でよければ。
ヴィーとナイアは相当苦労するでしょう。




