第十七話 ていうか、私は偵察、ナイアは戦術を看破、ヴィーは……?
わんわん泣くリジー看板を回収してから、様子見のために砦に向かう。
「……警備がキビしくなってる感じはないわね」
「そうですわね……ワタクシは空から見てきますわ」
「お願いね〜……ていうか、見つからないようにね〜」
「わかってますわ〜……」
ナイアが飛び立ってから、私も軽く侵入することにした。
「ヴィー、ここで待機してて。リジーをお願い」
「わかりました。御武運をお祈りいたしますひゃあああん!」
イタズラでヴィーの耳にフーッしてから、私は壁を一気に駆け登る。
「な、何をするんですか!」
背後でヴィーが怒ってるのがわかったけど、そのままスルーした。
壁の見張り台には兵士もいるけど、立ったまま居眠り中。器用というか、不真面目というか……ま、そのおかげで私は楽に侵入できるんだけど。
「ていうか、通常の警備と変わんないレベルね」
警備兵の詰所では休憩中の兵士達がポーカーに興じているし、食堂では非番らしい男達が酒を飲んで賑わっている。
「……怪しい箇所が何もないわね……」
そのままゴソゴソと天井裏を移動していると。
「……ん? 女性の声?」
微かに聞こえてきた方向へと移動する。聞き間違えじゃない、今の声は……!
「……ってるよな?」
聞こえた! 間違いない、この声はアントワナだ!
「……敵は……くまで来て……ならば、失点……二度目はないぞ」
んん? どうやら部下を叱責中って感じか。
……バンッ
部下が部屋を出たみたい。今さらアントワナの様子見たって仕方ないから、叱られた部下の愚痴でも聞いてみますか。
「……クソ!」
バァン!
お、近くの空き箱に八つ当たり。いい具合にイラだってますなぁ。
「何であんな女が重用されるんだよ! 大体……ブツブツブツ」
それからあちこち蹴ったり殴ったりの八つ当たりを繰り返し、延々とアントワナへの愚痴を呟き続ける。別にいいんだけどさ、あんたを見かけた同僚の視線が、だんだん痛いモノを見る目に変わってるのは気づいてるかな?
「あー、イライラする……俺の立てた作戦は完璧なんだ! 何で採用されないんだよ!」
この人、どうやら参謀らしい。
「あのクソ女の作戦じゃ、どう考えたって深刻な穴があるんだ! 何度もそれを説明してるってのに……」
深刻な穴? 何となく気になった私は、そのまま参謀の男の愚痴を聞き続ける。
(……話を聞く限りだと、ヘタしたら勝敗を左右しかねないくらいの欠陥ね)
一応私達がアントワナを暗殺する作戦だけど、万が一にも軍がアントワナ無しでも機能する可能性がある。そのときのために、この作戦の欠陥を突かない手はない。
「あの性悪女は絶対にこの軍の綻びを突いてくる」
性悪女? リファリスのこと?
「あのトップレスの悪魔に目を付けられたら、この軍は破滅ぐかきょ!?」
「誰がトップレスよ、誰が!」
「い、いたた……だ、誰だお前……ってトップレスの悪魔ぐふぉうぇ!?」
「また言ったな! またトップレス言ったな!」
「ぐふぁげふぉごっほぉぉぉ! ぐぇぇぇぇぇっ!」
ガッ! ゴスゴスゴスゴス!
「…………」
「って、しまった。つい膝が唸っちゃった……」
これは……内臓破裂しまくりだな。南無。
「ついついトップレスに反応して蹴り殺しちゃったわ……仕方ない」
近くの掃除道具入れに押し込み、早めに見つからないように血の跡を消しておく。
「……よし。偽装工作しておきますか……」
ちょうど近くを通りかかった兵士を捕まえ、とりあえずど突き殺しておいて、さっきの参謀のところへ引きずっていった。
「申し上げます!」
「どうした?」
「ミルツ参謀殿がサンガ二等兵とトラブルを起こし、私闘の末に両名共に死亡致しました」
「……原因は?」
「ただいま調査中であります」
「ならばミルツの副官を後任にあてろ。遺族には戦死した、とでも伝えておけ」
「はっ。了解致しました。では失礼します」
ギイ バタン
「……非常時に仲間割れとは……使えん連中だ」
「ただいま〜」
「……サーチ、どうしたのですか? 血の匂いがプンプンしますよ」
「え、マジで?」
「≪消臭≫」
「ありがと。そんなに匂った?」
「ええ」
だいぶ参謀の死体をいじったからなぁ……巻き込んじゃった二等兵は気の毒だったけど。すまぬ。
「ナイアは?」
「まだ戻ってきてません。何かあったのでしょうか?」
「ん〜……別に何も起きようがないと思うけど……」
この世界では、空を飛ぶ手段は確立していない。魔術で飛ぶか、種族的に飛ぶことができるか、だ。ゆえに空からの攻撃なんてほとんど考えられていない。つまり、空を飛べるナイアは限りなく安全ということだ。
「……あ。あれ、ナイア姉では?」
少し立ち直ったリジーが空を指差す。よたよたと飛んでくるのは……間違いない、ナイアだ。
「おかえりー。どうだった?」
「…………」
「? ナイア? どうしたのですか?」
顔が真っ青って……ま、まさか!?
「ヴィー、離れて!」
「え?」
ここで反応できなかったヴィーは、哀れ。
「お【食事中の方注意】ーー!」
「ぎゃあああああああああああ!」
……大変な目に会った。
「≪消臭≫! ≪消臭≫! ≪消臭≫ォォォ!」
ヴィーが半泣きで身体を洗っている隣で、まだ顔が真っ青なナイアと湯船に浸かっていた。
「落ち着いた?」
「え、ええ……大変申し訳ありませんでした」
しかし……自分のホウキに乗ってて酔うって、魔女としては致命的なんじゃ?
「で、何かあった?」
「あ、はい。東側は山林に覆われてますわね?」
「そうね」
砦の東側には小高い丘があり、そこには山林が広がっている。軍が進むには不利だけど、私達みたいな個人で侵入するには隠れる場所が豊富でありがたい。
「そちら側には魔術的な結界が張られています。侵入経路には選ばない方がいいですわ」
「マジで? なら西側?」
「ワタクシが見る限りでは、警備態勢は通常と同じように見えましたわよ。おそらく陽動でしょうが」
……陽動だろうなぁ。
「まあいいわ。それだけわかっただけでも儲けモノだし」
「サーチはどうでした?」
「あ、そうそう。いい知らせがあるの」
私は相手側の重大な欠陥箇所を伝えた。
「わかりましたわ。でしたらそこを攻撃するように指示しておきますわ」
「よろしく♪」
ナイアは念話水晶を取り出し、エイミアに連絡する。
「ふんふんふふ〜ん「何ですって!?」……な、何々?」
ナイアが再び真っ青になってる。
「……風呂でも酔うの?」
「違いますわ! 大変なのです!」
「な、何よ?」
「私達の軍が……すでに半減しているそうなのです!」
…………はいぃ?
サンガ二等兵「俺、通りかかっただけなんだけど!?」




