第七話 ていうか『いらっしゃいませ〜……ひゅ〜……どろどろどろ』
ガタッ ガタガタッ
と、扉が開かないんですけど。
「……ハクミん、これって『亜気館』じゃなくて『空き家』の間違いじゃない?」
……チュ〜チュ?
たぶん「いや、そんなはずは……?」と言ってると思う。
「どちらにせよ、扉が開かないのでは問題外ですわね。他をあたりましょうか」
ギィィ……
ナイアが他に行くと言ったとたんに、扉は音を立てて開いた。
「じ、自動ドア?」
「字面からして勝手に開く扉の事でしょうが、魔術的な仕掛けがなされている様子は無さそうですよ」
「機械的要素もないですわね」
「呪われ要素はプンプン」
……ん!?
「リジー、呪われてるって言うの?」
「扉自身が呪われてるんじゃない。呪いを纏った何かが開いた模様」
呪いを纏った、ねえ……。
「要はリジーみたい方がいる、という事ですわね」
「……何かトゲがある言い方、と思われ」
「普段からかわれている仕返しですわ」
いやいや、ナイア、毎回ハンマー型ホウキでど突きまくってるよね? あれで十分仕返ししてるよね?
……ギシ……ギシ……
……ん?
「……足音?」
……ギシ……ギシ……
「た、確かに。聞こえますわね」
「二階からですね。段々と近付いているようです」
「このパターンは恐怖シーンに繋がる序章」
ギシ……ギシ……
すると階段の上部に四つん這いの女性が……って、このシチュエーション見覚えあるんだけど!?
ギシ……ギシ……
「す、スッゴい青白いですわね」
「目が血走りすぎです」
「口から血も垂れてます」
いやいや、リアルなこれはなかなかに恐怖ですわ。ただこの世界には、これに対抗する手段があるのよね〜……。
というわけで、ミスリル製を短剣を作り出そうとしたとき、階段を降りてきた女は何かを呟いてきた。
『…………ぁ……』
ん?
『……ぁ……あああ……ぁぁ……』
気味悪いな。
『あ……あああああああああ!』
マジで怖いな。
『あああああああああし!』
ん?
『あああ足が痺れうぎゃあああっ!』
とりあえずミスリル製の短剣を一回ぶっ刺した。
『こ、殺す気ですかっ!?』
「もう死んでるんでしょ? これ以上死ぬことはないんじゃない?」
『ミスリルで刺されれば消滅しちゃいますよ!』
さいですか。
「それより貴女は何なんですの?」
『わ、私はこの旅館の女将です』
「……幽霊なのにですか?」
そう。この自称女将さん、この旅館に取り憑いている地縛霊らしい。だから青白かったり口から血が出たりしてたのだ。
「ていうか幽霊のくせに足が痺れるの!?」
『ゆ、幽霊差別です! 幽霊だって足はありますし感情もあります!』
足と感情を同列に並べるな!
「ま、まあいいわ。この旅館、泊まれるのよね?」
『も、勿論です!』
「美味しいご飯は……」
『ご用意できます!』
「温泉は……」
『内湯から露天風呂までラインナップは豊富です!』
「お酒は?」
『メチルアルコールからエチルアルコールまで何なりと!』
それ飲めないヤツ混ざってるからね!?
「……お代は?」
『勿論勉強させていただきます! 現金は勿論、カード払いもOKです!』
カードあるの!?
『一括から分割まで対応! その際の分割手数料は私共が負担します!』
どっかの通販かよ!
「……どうする?」
「宜しいんじゃなくて? 誠実そうではありますわ」
「予算を考えれば、多少は仕方ないでしょう」
「呪いが満載……」
……異議はないみたい。
「はあ……ならとりあえず五日間ほどお願い」
『ととと泊まっていただけますので!?』
「は、はい」
『ををををををを!! 百八年振りのお客様、ご案内でございます!』
……オオ〜……
……ヒィア〜……
「ひぇ!? な、何、この不気味な叫び声!?」
『従業員の歓声でございます』
「黙らせろ! 気味が悪いんだよ!」
というわけで、リアル幽霊旅館で逗留することになった。
「でも……部屋とかめっちゃキレイじゃん」
……あり……ありがとうござ……ます……
「……景観も最高ですわね」
……この旅館の……自慢でございます……
「な、仲居さんも綺麗ですし」
……お客様、お上手で……イ〜ヒッヒッヒ……
「ていうか普通にしゃべってくれないかな!?」
『あ、すみません。幽霊としての本能で、怖がらせないといけない気が』
ヤな本能だな!
いい旅館なんだけど……。
「あ、すいませーん」
『何か?』
「ぎゃあ!? て、天井から出てくるな!」
……いい旅館なんだけど……。
「お酒を追加してください」
……スーッ
カタカタカタカタカタ
「ちょっとちょっと!? 人形がお盆持って迫ってくるのは止めてください!!」
…………いい……旅館……。
「お風呂にはどう行くんですの?」
……こちらです……
……この角を曲がって……
……この扉を抜けて……
「行く先々で現れて消えないでくださいます!?」
…………いい…………旅館?
「喉乾いた。果実水欲しいと思われ」
ガチャ
『一本銅貨一枚でございやす〜』
「ぎゃああああ! 冷蔵庫に生首ぃぃぃ!」
…………怖すぎるんだよ!
「お願いだから幽霊的感性で接待しないでくれる!?」
『『『も、申し訳ありません!』』』
「味も最高、お酒のチョイスもカンペキ、お風呂も文句なし。その評価をマイナスまで持ってっちゃってるのよ!」
『うぅ……それでお客様が逃げ帰っちゃうんですね……』
『な、ならどうすれば……』
ひゅ〜……どろどろどろ……
『『『恨めしや〜』』』
だからそれを止めろって言ってんのよ!
「……サーチ姉」
「ん?」
「やはり幽霊は幽霊。己の本質に逆らいながらお客をもてなすのは、限界があると思われ」
「……そりゃ……そうかも」
「要は雰囲気。なら逆転の発想で」
……はい?
『た、確かにこの格好でしたら……』
『普段の口調を気にする事はできますね……』
「ああ、そういうことか。きちんとした格好してたから、雰囲気や口調まで気が回らなかったと?」
血塗れの衣服、頭に刺さった斧、斬り裂かれた背中……死んだときの姿が普段着みたいなモノなのね。
「……ていうか、こんなスプラッタ状態で客が来るか!」
「いやいや、一度試すべし」
……知らないわよ、私は。
ところが。
「すいませーん」
『はい、何か?』
「ご、ご飯のお代わり……」
慣れてくると。
「あの、お酒……」
『はいはい、お待ちくださいませ』
カタカタカタカタカタ
「ど、どうも……」
不思議と。
「お風呂はここですの?」
『はい、こちらでございます』
「ありがとうですわ」
……何とも思わないモノで……。
「喉乾いた」
『でしたら果実水に焼酎のロックは如何ですかい?』
「うん、貰う」
これなら……いいかも。
私達がチェックアウトしてから『亜気館』は私達の提案を採用し、「見た目はアレだけど、サービス内容は最高の旅館」として、ソークラウドでも五本の指に入る名物旅館となったそうだ。
ちなみに。
「他の大陸にある『けんたいかん』とか『しんきんかん』とか知ってます?」
『……いえ。全く』
……例の旅館シリーズとは全く関係ないらしい。何なんだよ、『亜気館』の由来って……。
ゾンビ旅館はムリかな。




