第二話 ていうか、馬車での旅もナイアとリジーの争いで台無しに!
「やれやれ、やっとエイミアを宥めてこれたわ」
実にダダをこねてこねて……今も半泣きでふて寝したから、ここまで来ることができたのだ。
「全く、皇帝陛下にも困ったモノですわぐふぉう!?」
「誰のせいよ、誰の!?」
「いいい痛い痛い! 苦しいですわ!」
……あ、もしかして……初鳩尾?
「サーチ、ナイアは完全なお嬢様育ちですから、あまり手荒な真似は……」
「だ、大丈夫ですわ……ワタクシ、肉体的に痛めつけられるのは初めてですが、精神的な苛めには大層免疫がありましてよ?」
……フィリツ……あんたはナイアに何をしたのよ……。
「ウフフ……これが鳩尾を殴られた時の痛み……貴重な体験ですわ」
ホントに何をしてくれたのよ!? こんなに美人さんなのに、おもいっきり残念な成長をしちゃってるよ!?
カッポカッポカッポカッポ
ガラガラガラガラ
……再びセキトが引く馬車に揺られながらの、単調かつ平和な旅が始まった。
「てっきり歩いて旅をするモノと思ってましたわ」
「まあ体力的な問題もあるし、何より速さは決定的に違うからね。よっぽどの事情がない限り、馬車での旅になるわよ」
「そうですね。前の大陸でも乗合馬車が多かったですしね」
「乗合馬車……ですの?」
「定期的に出てる馬車便でね、チャーターするよりは断然安いから、急がない旅ならそれで移動するわ」
この大陸にも無いわけじゃ無いが、セキトのおかげで余計な出費も皆無。ありがたや、ありがたや。
「……ていうか、あんたホウキに乗って飛べるのよね?」
「飛べますけど……一日ホウキに座ってごらんなさいな? 確実にお尻を擦りむきますわよ?」
確かに。座り心地は最悪だわな。
「……ホウキに座席を付けては?」
「戦う時に滅茶苦茶邪魔ですわよ、それ!?」
……確かに。
「おほほほほ、ワタクシは月の魔女ナイア。椅子付きのホウキを振り回して攻撃しますのよ!」
まーたリジーの悪ノリが始まった……。まあパイプ椅子を凶器で使ってた、特殊な職業の前例がいるのは確かだけど。
「ワタクシの椅子攻撃を受けてみなさ」
ずどがああん!
「あぎゃあ!」
どっかあああん! ずっどおおおん!
「ぎゃあああ! うぎょええ!」
ちょ、ちょっと!
「ナイア!? つっこむのはいいけど、ここは馬車の」
どがどがどがああん!
あああっ! ナイアは全く聞いていないい!
「サーチ姉、お助け……うぎゃぎゃぎゃぎゃーー!!」
「ちょっと! ナイア落ち着いて! 馬車が、馬車がぁぁぁ!」
どがああん! どがああん! どっかあああん!
メキメキメキ……ミシビシビキィ!
「あ゛あ゛あ゛! 馬車にヒビが!」
そして、止めのハンマー型ホウキが振り下ろされ……。
ずどおおんメキメキメキどんがらがっしゃああん!
……馬車は真っ二つに分かれて……全壊した。
「……どうよ、ナイア? あんたのお望み通りに、徒歩での旅になった気分は?」
「あ、足が痛いですの……」
あれから半日。完全に使いモノにならなくなった馬車は破棄し、セキトを引いての徒歩の旅になってしまった。そのセキトも、前の休憩中に突然いなくなるし……もう踏んだり蹴ったりだ。
「そうよ、足が痛くなるのよ! あんたが見境なくハンマー型ホウキを振り回して、どっかんどっかんリジーを殴るから!」
「そーだそーだおぐっふぅ!?」
「元々の原因はあんたでしょうが!」
「ぐっふぉおっふぉへぐぅ!」
「馬車だって高いのよ! オマケに超名馬だったセキトにまで逃げられて……! 今回の損失を穴埋めするのに、どれだけの費用がかかるか……!」
「ぐっふぐっぶぐっふぅぅぅ!」
「あんだが払えるの!? 呪われアイテム全部売っ払ってくれるわけ!?」
「サーチ、サーチ」
「何よ、ヴィー!」
「膝蹴りしすぎですよ」
「え………あ」
「ブクブクブク……」
し、しまった。つい首相撲しながら鳩尾へ膝を連発してしまった。
「リ、リジー。生きてる〜?」
「ブクブクブク………ぐふっ」
「ああああしまった! ヴィー、大至急回復お願い!」
「……構いませんけどね、あまりMPの無駄遣いをさせないでくださいね?」
……肝に銘じておきます。
仕方ないので、次の町で馬車と馬を買うことにしたんだけど……。
「…………は?」
「だから、金貨千枚だっての」
き、金貨千枚だぁぁ!?
「あ、あんた本気で言ってるの!?」
「本気に決まってるだろうが」
「こ、このボロ馬車と痩せ細った死にかけの馬が!?」
「そうだって言ってんだよ」
と、とんでもないぼったくりだった。それで旅館の人に馬車屋を紹介してもらったときも「……止めた方が良いかと」って言ってたのね。
「……話にならないわ。ジャマしたわね」
さっさと出ていこうとする私とナイアを、数人の下卑た男達が足止めした。
「……退きなさいよ」
「退け、と言われて退くバカはいねぇぜ」
他の男達が私達を嘲笑する。こいつら、こうやって冒険者をフルボッコして、武器や金を奪ってるのね……!
「ねえサーチ、これは所謂『拐かし』というモノですの?」
「ちょっと違うかなぁ……。まあでも、このまま捕まったら、慰みモノにされるのは間違いないわね」
「それはご遠慮申し上げます。初めてをこんな獣に捧げたくありませんわ」
「おいおい、初物だってよ!」
男達がいきり立つ。ナイア、変に煽らないでね。
「どうしますの?」
「生かしとく理由ある?」
「そうですわね。さっさと闇の月へ送って差し上げますわ」
闇の月ってのは、めったに現れない第五の月のことだ。
「何だぁ、抵抗するつもりかぁ? 優しくしてやるからよ、大人しくぃぎゃあああああああ!」
手始めに私の蹴りが男の股間にめり込んだ。
「なっ!?」「てめえ!!」
素手で私に向かってくるが……遅い!
ぐしゅ! ざくっ!
「「ぎゃあああああ!」」
左右の男の喉を斬り裂き、鮮血を飛んで避ける。
ドスゥ!
「がっ!」
着地点にいた馬車屋の頭に短剣を突き立てた。
「ち、ちくしょおお!」
背後から男が剣を振り下ろす。ていうか、叫びながら斬りかかったら意味ないじゃん。
ひょい
「わわっ!?」
足を引っ掛けられて、タタラを踏みながらナイアに近づいていき……。
ずどむっ!
「がはっ!」
ナイアのミドルキックを食らって、地面に倒れた。口から血の泡を吹いてるとこみると、どうやら内臓に致命的なダメージを受けたらしい。
「ナイア、お見事」
「この程度の相手、ホウキを使う間でもありませんわ」
辺りに広がる血を眺めながら、ナイアはニコリと笑った。
「……そうですか、馬車は駄目でしたか」
警備隊に見つかると厄介だから、強盗が入ったように偽装して店を出た。もちろん、いただけるモノはいただいて。
「仕方ないわ、今回は徒歩で我慢しましょう」
「……皆、申し訳ありませんでした……」
「あんただけが悪いわけじゃないから。今度から気をつけてね?」
「その通りと思われあんぎゃああ!」
「だからあんたは黙ってなさい!」
「サ、サーチ!? 女でも股間はマズいですよ!」
「ブクブクブク………ぐふっ」
こうして。
今回は徒歩での旅となった。
「みゃ、脈が! ヴィー、回復を!」
「またですかぁ?」
ぐふっ……だ、誰か、腹痛に効く回復魔術を……! き、昨日の刺身が……!




