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閑話 月の魔女と蛇の女王 〜裸の付き合い編〜

「それではワタクシ、先にお風呂を頂いてきますわ」


「わかったわ。私も帳簿が書き終わったら行くから」


 ワタクシとサーチ達は、邂逅の場となったあの旅館に泊まっています。そう、ワタクシも今日から始まりの団(ファーストオーダー)の一員なのです……ウフフフ。


「ラ〜ラララ〜ラ〜♪」


 ……まさかここまで晴れやかな気持ちで温泉が堪能できる日がくるとは、夢にも思ってもいませんでしたわ。


「ラララ〜♪ ……あら?」


 脱衣場の篭に、すでに衣服が詰め込んであります。これは……ヴィーさんのモノですわね。


「挨拶を兼ねて、裸の付き合いも良いですわね」


 ワタクシは躊躇する事なく露天風呂へ……。


 ガラッ


「ヴィーさん、一緒に入り…………あら」


「!!? ちょちょちょ待って待って待って!」


 ヴィーさんは焦ってタオルを頭に巻こうとしますが……。


 ツルッ


「ひゃっ!? がぼがぼがぼ……」


 足を滑らせたヴィーさんは、見事に湯船にひっくり返りました。無論、頭に巻くはずだったタオルを宙に舞わせながら。


「大丈夫ですの?」


「ゴホゴホゴホ………ナ、ナイア?」


「はい?」


「……? ……お、驚かないのですか?」


「? 何がですの?」


「こ、これ……」


 ヴィーさんは自分の頭でうねる蛇を指差す。あらあら、元気な蛇ですわね。


「ヴィーさんは蛇の女王ですね。ワタクシ、初めて見ましたわ」


「…………だ、だから!」


「……はっきり仰ってくださいませ。ワタクシ、早く温泉に浸かりたいんですのよ?」


「あ、すみません……どうぞどうぞ」


 ヴィーさんの隣に身を沈め………はぁぁ、身体中に、五臓六腑にまで染み渡ります。


「……温泉に入っているサーチと同じ表情をなさいますね」


「ワタクシとサーチは同じ価値観を持った同志ですわ」


「な……!」


「それより、ヴィーさんが蛇の女王ですと、何か不都合でもありますの?」


「え、あの、だって……私はモンスターですよ!?」


「そうですわね。でしたらワタクシもそうなりますわよ?」


「え?」


人狼(ウェアウルフ)も限りなくモンスターに近い種族です。それに連なる出自のワタクシも、ヴィーさんに立場が近いのではなくて?」


「そう……なのですか?」


「少なくともワタクシは気にしませんわよ?」


「……そうですか。なら」

「「「シャシャ〜」」」


 蛇もホッとしたらしく、だら〜んと垂れ下がっています……意外と可愛いですわね。


「……」


「シャ?」


 試しに一匹手に取り、頭を撫でてみます。


「シャ〜シャ♪」


 あら可愛い。喉元を擽ってやると……。


「シャシャ!? シャシャシャシャ!」


 あ、笑ってる。擽ったいのかしら。


「シャシャシャシャんぐ!?」


 舌を掴めるか試してみたら、見事に掴めましたわ。


「んぐぐぐぐぐ………クシャア! シャーシャ! シャーシャア!!」


 怒ってますわね。可愛いですわね。


「あの……人の身体の一部で遊ばないでもらえます?」


「あら、ごめんあそばせ」


 ヴィーさんはそう言うと蛇をクルクルと纏め、タオルで縛っ……あ、あら。


「「「シャシャシャア!!」」」

「痛!? ちょっと、噛みつかないで……痛々々々!!」


「貴方達、お止めなさい。主人に逆らうなど、あってはならぬ事ですのよ?」


「「「シャシャ……」」」


「ヴィーさんも。蛇達の痛みを想像してあげなさいな」


「…………はい」


 あら、しょんぼりしちゃいました。


「でも私は……『髪を纏める』という行為をしてみたいのです」


「はい?」


「見ての通り私達メドゥーサは、頭の蛇達と長い付き合いです」


「……でしょうね」


「だから! だからこそ! 女性が普通に行う仕草に、過大な憧れを抱くんです! 私だって髪をかき上げてみたい! 好きなヘアスタイルを試してみたい!」


「ヴィ、ヴィーさん、落ち着いて」


「私だって………サーチと髪を弄り合ってみたいんですっっっ!」


「本音はそれですのね。でしたら簡単ではありませんか」


「……え? ちょちょちょちょっと待ってください! 何か方法があるんですか!?」


「近いです近いです! 胸が当たってますわ! ワタクシはそういう趣味はありませんわよ!」


「え……あ、すみません」


 少し距離を空けます。この方、ワタクシより大きいですわね……。


「そ、それで?」


「……あぁ、蛇の事でしたわね。確か頭の蛇は同化する事ができる、と本で読んだ覚えがあるのですが」


「あ、はい。その気になれば一匹の大蛇にする事もできます」


「なら逆に細分化すればよろしいのでは?」


「さ、細分化?」


「はい。同化できるのでしたら、逆も然りでしょう? 蛇を髪の細さまで分ければ、パッと見は髪と同じではないですか?」


「……試した事もありませんでした。この太さが一番小さいサイズだと思ってましたから……」


「思い込み、ではありませんこと?」


「……かもしれません。一度試してみます」


 そう言ってヴィーさんは蛇に意識を集中しました。すると。


 バラッバラバラッ


「! で、できます! これなら更に細かく……!」


 バラバラバラッ


「あ、ああ! 頭の蛇が髪に! 髪の毛に変わって…………ませんね。ちゃんと頭はついてますし」


「贅沢は言わないで。十分に髪の毛に見えますわよ?」


「そ、そうですか!」


「それにそこまで細くなれば、セットしても蛇達への負担は少ないでしょう」


「な、成程……では早速ポニーテールに」


 クルクル


「あ、ああ! できました! 夢にまで見たポニーテールに!」


「……良かったですわね……うわっぷ!?」


「ありがとうございます! ナイアは恩人です! 本当にありがとうございます!」


 わ、わかりましたから離して……! 目の前に豊かな双丘が……! い、息が……!



「……大変失礼致しました」


「も、もう少しで月に召されるところでしたわ……」


「……あの世ではなく月なんですね……月の魔女だけに」


「それより貴女、ワタクシに嫉妬の目を向けるのは止めてくださらない?」


「し、嫉妬? そんな事は……」


「貴女がサーチに想いを寄せているのは知っています。わざわざ貴女を妨害するつもりはありませんし、何度も言ってますようにワタクシはノーマルですから」


「……ではサーチの事は……」


「好きですわよ。但し友情の域を越える事はあり得ませんね」


「そ、そうですか」


「何より『女王の番』に手を出す程、ワタクシは愚かではありませんわ」


「……それを聞いて安心しました。では早速、この髪型をサーチに見せてきます。ではお先に」


 ザバア タッタッタ……


「……騒がしい事。でもとっても愛らしい方ですわ」



 芯から温まったワタクシは、珈琲牛乳を求めてフロントに向かっていると……。


「ひやあああ! ナ、ナイア、助けてええええ!」


 何と言う事でしょう。サーチが巨大な蛇に飲み込まれかけているではないですか。


「な、何事ですの!?」


「ヴィーがさ、珍しくカツラを被ってたから『そのカツラどうしたの?』って聞いたら……」


 ……それはサーチが悪いですわね。


「ヴィーさん、程々に」


「わかってます……! だけど今回はサーチでも許しません!」


「何でよおおおおお! お助けええええ!」


 ……ふふ。どうやら賑やかな旅になりそうですわ。

明日から新章。いよいよ暗黒大陸編、クライマックス。

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