第十一話 ていうか、今回は魔術についてレッスン。
「…………」
……?
あの慰労会のあとから、ヴィーの様子がおかしい。いろいろ調べモノをしてるみたいだし、たまに難しい顔をして考え込んでいる。
……そうだ。ナイアが魔術を使ったときからだ。
「……ヴィー」
「…………」
「ヴィー?」
「…………」
「ヴィー!」
「…………」
……耳にガブッ。
「ひゃいいいん! な、何をするのですか、サーチ!」
「あのね、何回呼んだと思ってるのよ?」
「え? ……あ、申し訳ありません」
「……まあいいけどさ。あんた、何を考え込んでるの?」
「へ……? い、いえ、別に……」
「あのね、明らかに様子がおかしいわよ? ナイアの魔術がどうかしたの?」
「っ!? サ、サーチ、何故それを!?」
……やっぱり。
「変わったことがあったのは、あのときくらいだしね」
「…………はあ。流石はサーチです。隠し事はできませんね」
「なら、やっぱり?」
「はい。私はナイアさんの使った魔術の事で、ずっと考え込んでいたのです」
「……普通に魔術で灯りを消しただけじゃないの?」
「それだけでは悩みません! あの時ナイアさんは≪月よ≫と詠唱しただけなのです!」
「……月よ、ねえ……何がおかしいの?」
魔術を発動する際の詠唱は、どの魔術にも決まったモノがある。だけどあくまでイメージするための補助的なモノであって、一字一句間違わずに言う必要はない。はっきり言ってしまえば、きちんとイメージできるならば詠唱そのモノが必要ない。無詠唱は熟練の魔術士ならば可能なのだ。
「それに比べたらナイアは≪月よ≫という詠唱に置き換えてるだけでしょ? 人狼は月に関係がある種族だから、月を絡めた詠唱がやりやすいんじゃないの?」
「……そう……ならいいのですが……」
…………。
「ヴィー、何が気になるの?」
「……魔術を使用する際に『月』というワードが出たのですよ? 懸念するのは一つではないですか……」
「……何を?」
「は、はいぃぃ!? サ、サーチも魔術を使用する身ですよね!?」
「そうよ。≪偽物≫オンリーだけど」
「でしたら月魔術の事は知ってますよね!?」
…………? るな、まじっく?
「……ナニソレ?」
「ええええええ!? ま、魔術を習う者にとって、基本中の基本ですよ!! 本当に知らないのですか!?」
「うん。魔術の講義は、実践的なモノ以外は聞き流してた」
おかげで欠点ギリギリだったけど。
「……それでですか。一応重要な事ですから、ちゃんと知っておいてください」
「あーはいはい」
「……月魔術はこの世界での最強の魔術と呼ばれています」
「月魔術が……最強?」
「はい。何故かは………………知らないんですね」
ゴメンよう。
「はあ……いいですか、この世界の空気中に漂う魔素は、天空からもたらされます」
「うんうん、それは知ってる」
「しかし魔素は非常に不安定な性質で、地上に届く前に何かの属性と結び付いてしまい……結果、何らかの属性を持った魔力になってしまいます」
そうね、その通りよね。
「そこで仲介役を担うことになるのが月です。この世界に幾つもある月は、天空より届く魔素を一定量蓄積します」
「月が魔素を蓄積?」
「そうです。そして夜に自らが放つ月光にのせて、蓄積した魔素を地上に放ちます」
「……つまり、月が地上に魔素を送りこんでくれてるから、この世界の空気中には多量の魔素があるってこと?」
「そうです! そうなのです!」
「けどさぁ、だったら月光に運ばれて届いた魔素も、結局他の属性に取り込まれちゃんじゃないの?」
「いえ、月を介して地上に達した魔素は何故か非常に安定しているんです」
「………………つまり?」
「そう簡単には属性魔力に変換されない、ということです。魔術的に無理矢理変換しない限り」
……あ、私の羽扇が魔素を魔力に変換してるようなことか。
「なるほど、魔術の講義で言ってたことはこれなのね。で、それと月魔術が最強なのには関係があるのね?」
「当然です。じゃなければ魔術の基本中の基本を語ったりしません!」
それはそれは、失礼いたしやした。
「ふう……月魔術というモノは、月からもたらされた魔素を直接使用できる魔術なのです。これがどういう事か、サーチも想像できませんか?」
「…………つまり自分の身の回りにある魔素を、好き放題に使えるってこと?」
「そうです。つまりは魔素がある限り魔術を使う事ができる。ある意味無限にMPを使えるようなモノです」
無限のMPって……要はゲームのラスボスクラスじゃん!
「……ていうか、私もこの羽扇のメリットとして、ほぼ無限のMPなんだけど」
「勿論、月魔術が最強と言われる由縁はそれだけではありません」
「……魔素の量が量だけに、威力もハンパないとか?」
「そうです。一度月魔術が使われた、という記録が残っていましたが、被害者は……全員が神経を焼き尽くされ、完全に廃人と化していたそうです」
「神経を焼き尽くされてって……普通に他の魔術でもできなくない?」
「ええ。焼き尽くされた人数が一つの大陸の住民全てじゃなければ」
「…………はい?」
「それがこの暗黒大陸です。古人族が現れる前の先住民は、この魔術によって死滅した……と言われています。この大陸が闇に閉ざされた要因も、使われた月魔術だと書かれていました」
古人族より前の……住民?
「……まさか、ゴールドサンの……マコト写本の……?」
「? サーチ、どうかしました?」
「ん? んん……あとからヴィーにも説明するわ。かなり長い話になるから」
「……わかりました」
そういえばリファリスにも魔神のことは言ってなかったっけ……。エリザが話してくれてればいいけど。
「でもさ、そんな強力な魔術があるんだったら、何でみんな使わないわけ?」
「理由は二つあります。一つは月魔術は特定の種族しか使うことができません」
「特定の種族?」
「はい。月の魔女と呼ばれる種族で、暗黒大陸の何処かにいるそうなのですが……」
「もう一つは?」
「……人間の精神では耐えきれないのだそうです」
「……?」
「詳しくはわかりませんが……その魔術を見ただけの者でさえも、耐えきれずに死に至るとか……」
つまり……月魔術の使用=死なわけ? そりゃ使うヤツはいないわな。
「……ってことは、ヴィーはナイアが月の魔女なんじゃないか、って睨んでるの?」
「……可能性は……あるかと」
……ふうん……。
「なら直接本人に聞いてみればいいんじゃない?」
「そ、そんな簡単に……! おそらく絶対に秘密にしてますよ!」
「そうかな………あ、ナイア! ちょっと、ナイアー!」
絶妙なタイミングでナイアが通りかかった。
「ちょっと聞きたいんだけどさ……」
「はい、何ですの?」
「ヘーイ、ミスナイア! アーユー月の魔女〜?」
「はい、そうですが」
……後ろでヴィーがズッコケた。
ナイア、チート?




