第十話 ていうか、ナイアは父親から勘当されてボッチになって。
何故か万と一に別れてしまった父と娘。私達は圧倒的に不利な状況になってしまった。
「最悪だわ〜……人狼を敵に回してしまうって、滅茶苦茶絶望的じゃない……」
「? 何でよ。言っちゃ悪いけど、たかだか一万でしょ。規模はなかなかだけど、脅威っていうほど脅威じゃないじゃない」
「バカ! あんた、人狼の恐ろしさを知らないの!?」
知らないの……って言われてもねぇ。
「そもそも人狼なんて種族が存在することすら知りませんでした」
「! ……そ、そこからなの……」
「リファリス様、人狼の事は民間にはあまり伝わっていません。サーチ様が知らないのも無理はないかと」
珍しくメイドフォルムのエリザからフォローが入る。
「あ、そっか。そういえばそうよね。という事は、リジーもヴィーも知らない?」
「知らないと思われ」
「聞いた事もありません」
「……なら教えてあげるわ。人狼がどれだけ恐ろしい種族か……」
「月を見て変身する?」
「そ、そうよ」
「リファリス様がそこまで言うなら、一人一人の戦闘力も高め?」
「そ、その通りよ」
「恐れられている、という事から、変身前でもそれなりの脅威なのですね?」
「そ、そうなのよ」
リファリスが説明する間もなく、人狼の全容が明かされていった。ただ、私が知っている人狼と違う点も見受けられる。例えば。
「変身するきっかけは、必ず月とは限らないのよね?」
「そうよね。ナイアさんの話だと、フィリツ伯爵の変身はビキニアーマーを見る事でも体現するみたいだし」
……この辺りは同じ種族のナイアに聞いたほうが早いか。
「そうですわ。月によって変身する事は代わりませんが、個人差はありますが性的な嗜好品によって変身する事もあります」
……つまりは性的に興奮したら変身するってこと? 人狼の夫婦生活って常に変身なのかしら。
「こういうこと聞いちゃ失礼だけど、ナイアもそういう変身はするの?」
「っ! ………………ぃぇ」
へ? い、いきなり涙目!?
「わ、私、何か聞いちゃマズいこと聞いちゃった?」
「…………わ、わたくしは…………人狼ではありませんから……」
……へ?
それを聞いたリファリスが、ハッとしてナイアを見据えた。
「まさか、あなた……変身できない?」
リファリスの一言にビクッと反応してから、ナイアは俯きながら「……はい」とか細く返答した。
人狼は獣人とは一線を画す種族である。獣人の最強種族スキル≪獣化≫を超える変身能力を持ち、普段の戦闘力も桁違い。ある人類学者によれば、人狼は獣人とは違う進化を辿った種族……であるらしい。
実際にそうであろうと思われる事実が見受けられる。それが……変身能力を持たない個体「出来損ない」の存在である。
「わたくしは変身適齢期を過ぎてからも変身する事はなく、十五歳を過ぎた段階で『出来損ない』と判定されました……」
「出来損ないって……言い方に思い切り棘がありませんか?」
「実際に棘があるのです。人狼の社会では変身できない者は厄介者でしかありません。わたくしは領主の娘だった為に生かされましたが、民間の場合は……」
「……殺される?」
「最悪は……良くても成人と同時に追放、でしょうか」
「……そんな……」
「わたくしもあと数年で追放される事になっていました」
「う、嘘でしょ!? あなた、相当優秀だって聞いたわよ!?」
「……わたくしも変身できない穴を埋めるべく、必死に努力致しましたわ。今では父以上に良き領主になれると自負しておりますし、その点は父も認めております」
「……それでも……『出来損ない』はダメだって言うの?」
「…………はい。今回の事で父に楯突いたわたくしは、政に携わる権利を剥奪され……数年後に予定されていた追放を早められました」
「じゃ、じゃあ……!」
「はい………わたくしは完全な『出来損ない』となってしまったのです……」
再び俯いたナイアの肩に手を置き、リファリスに視線を向けた。
「ねえリファリス、あんたんとこで雇ってあげたら? どうやら政治力に関しては折り紙付きみたいよ?」
「ぜひっ。と言うより大歓迎だよ」
「……え……」
「ま、私が言うことじゃないかもしれないけど、ナイアを見捨てたような連中のために、ナイアが悲しむ必要はないんじゃない?」
「そうですよ。少なくとも私達は、あなたの事を必要としていますよ?」
「み、皆様……」
「そうそう、少なくともボッチは脱出できるわよ」
「ボ、ボッチボッチ言わないでくださいまし!」
お、少し元気でてきた?
「はあ……そうですわね。わたくしもこの薄暗い大陸以外を見てみたいと思っていたところですし……。わかりましたわ。リファリスさん、どうかわたくしをお使いくださいまし」
「お、来てくれる? 有難いわぁ………可愛いし」
「……!? な、何ですか!? 急に悪寒が走ったんですけど……!」
あらら。早速リファリスに目を付けられたか。
「ヴィー、新大陸に戻ったときはナイアを頼むわ。主にリファリスの毒牙から」
「構いませんけど……おそらくエリザによって阻止されるのでは?」
あ。エリザの背後に嫉妬の炎が具現化した般若の姿が……。
「……ま、いろいろとバックアップしてあげてよ」
「わかりました。どちらにせよ、まだ先の話ですしね」
「そうね……今は何より」
ナイアを捨てた連中への対処だ。
「……ま、何はともあれ。まずはナイアの歓迎会! かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
「な、何ですの!? この軽いノリは!?」
「まあまあ、いいじゃない。夕ご飯を兼ねてるんだから」
ナイアを伴ってリファリス軍に戻った私達は、早速歓迎会という名のナイアの慰労会を開催した。
「ほらほら、飲め飲め」
「ちょ、ちょっと! ピッチが早いですわよ!」
私がナイアの隣に陣取ってガバガバと酒を注いでるけど……ナイア、強いわね。
「グビグビ……はぁ、わたくしったら、少し飲みすぎてしまいましたわ………暑」
シュルッ
「のわっ!? ナ、ナイア、あんた何で脱ぎ出してるのよ!?」
「や、止めてくださいナイアさん! 脱ぐのはサーチだけで十分です!」
「……ヴィー?」
「あ…………と、とにかく! 何か羽織ってください!」
「あらあらあら、わたくしの裸が多くの殿方に晒されてしまいますわね。困りますわね」
ナ、ナイアは酔っ払うと脱ぐタイプか!
「だったら羽織ってください!」
「問題ありませんわ。でしたら灯りそのモノを…………≪月よ≫」
フッ
「わ、暗くなった!」
「誰だ! 魔術で灯りを消したのは!?」
どうやらナイアが魔術によって、灯りそのモノを消してしまったらしい。いや、確かに見えなくなったけど!
「…………つ、月……? ま、まさか……」
このときヴィーが何か呟いていたけど、私は全く気にしなかった。
……このとき気にしていたら、事態はもう少し穏便に進んだかも……しれない。
「ボ、ボッチボッチ言わないでくださいまし」




