第八話 ていうか、フィリツとの直接交渉! だけどナイアが出てきたことで……?
次の日、いよいよ交渉開始だ。私達はまっすぐフィリツの館へと向かった。
「……何か用かね?」
「私達は正統王国軍の者です。フィリツ様はいらっしゃいますか?」
「はあ? 正統王国軍? 反乱軍の者共がフィリツ様に会いたいだと? 冗談は休み休み言ってくれたまえ」
「いや、冗談ではないのですが」
「……もし本当に反乱軍の者共だとしたら、余計にフィリツ様に会わせるわけにはいかん。さっさと帰れ」
「まずは私達が訪れた事を、フィリツ様に伝えていただけませんか?」
「必要ないな。犯罪者が領主に面会を求めたところで無駄なことふぐぉ!?」
エリザが警備隊の男の首筋を掴む。あ〜あ、こりゃ血を見るわ……。
「貴様、今リファリス様を犯罪者呼ばわりしたな?」
「うぐぐ……は、離せ!」
「質問に答えろや。リファリス様を犯罪者呼ばわりしたんやろ?」
「だ、だからどうした! 反乱を起こすような輩、犯罪者以外の何者でもぶふぉ!」
「よう言うた」
「ぐぶっ! おごぉ! ぐはあ!」
「リファリス様が犯罪者言うんなら、部下であるウチも犯罪者や。やったらそんな無法者を侮辱したら、どないな目に会ったって文句言えんで?」
「ぎゃ! ぐえ! がっ! や、止め……ごふ! ぎゃ、ぎゃ、ぎゃあああああああ!」
エリザの連続膝蹴りが男の腹を抉る。あれは……しばらくご飯が食べられないわねぇ……。
「エリザ、止めなさい」
「はっ」
どさっ
「ぐふっ……お、おええ……お、お前ら、ただで済むと思うな……が!」
あ、今度はリファリスがハイヒールで頭を踏みつけた。
メキメキメキ……
「ぐああああ……!」
「わたしの部下を随分と愚弄してくれたわね」
「いいいいだいいだいいだいいいいぃぃぃ!」
「階級章を見る限り、なかなか上にいるみたいだけど……頭の中はそこまででもないみたいね」
「ぎあああああああ!」
「いい? こういう場合は相手と会話をしながら、危険がないか調べるの。後は相手が身分証明する手段があるかどうか問い質し、それの有無で対応を変えるのよ」
「があああああああ!」
メキメキバキッ
「今回の場合はそのどちらも怠った。最初から話をろくに聞かず、あしらう事だけしかしなかった。警備としては失格ね」
「が……! あ……! ぅああああ!」
リファリスの剣幕に呆気にとられていた他の警備兵が、踏まれた頭から血を吹き出し始めた男の様子に我に返り、ようやく動き始める。
「や、止めろ! 隊長を離せ!」
「あら、ようやく話を聞いてくれるのかしら?」
「わかった! とりあえず話を聞くから、足を離してくれ!」
……とはいえ、結構陥没しちゃってるけど……大丈夫かしら?
「ヴィー、治せる?」
「大丈夫ですけど……おそらく致命傷かと」
ヴィーが≪回復≫をかけたとたんに、隊長と呼ばれた男は飛び起き。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!」
……逃げていった。
「……なるほど……確かに致命傷ね……」
……精神的に。
すっかり萎縮してしまった警備隊の代わりに、館の兵士達が駆けつけ、エリザと話を始めた。
「リファリス、大丈夫なの? 身分証明なんてできるの?」
「大丈夫よ、ドナタちゃんがいるから」
ドナタが……?
すると、私の横をちょこちょことドナタが通っていった。
「わたしはせいとうおうこくぐんのじじいさんしまいのさんじょ、どなたです。ふぃりつさまのごれいじょうとはめんしきがありますので、しきゅうないあおねえちゃんをよんでください」
え〜っと……翻訳すると「私は正統王国軍のジジイの孫の三姉妹の三女、ドナタです。フィリツ様のご令嬢、ナイア様とは面識があるので、至急呼び出してください」……って感じかな。
「ナイア様と!? わ、わかりました。確認しますので少々お待ちください」
兵士達は下がっていった。ていうか、ドナタの言葉をよく信用したわね。
「わたしけっこうゆうめいじんなんだよ〜」
そらそうか。三姉妹で揃って早熟才子なんて、そうそういないわよね。
……ダダダダダ!
……複数走ってくるわね。かなり慌てて。
「お前達、早く中へお通ししないか! その方は正統王国のジジイ将軍のご息女、ドナタ様で間違いないぞ!」
「な、何ですと!?」
「しかもそちらのお方は〝血塗れの淑女〟殿で在らせられるぞ!」
「え!? ち、〝血塗れの淑女〟!? た、大変失礼致しましたあああ!?」
ザザッ
すげ。さっきまで横柄だった警備隊が一斉に直立不動の体勢。
「はい、ご苦労様〜。最初からこういう対応をしていればいいのよ」
ムチャ言ってるわねー。普通は警戒されて当たり前よ。
「……ていうか、あの隊長さんがめっちゃ気の毒だわ……」
「私もそう思います。確かに横柄でしたけど、あれが普通の対応ですよね……」
「はあ、はあ……クソ、あの女共……! 絶対に目にモノを見せてやる……!」
館内に通された私は、ある確信を抱いていた。
(ドナタがナイアって言ってたけど……貴族で同じ名前なんてそうそういないはずだし……)
私が昨日会ったナイアは、おそらく……。
「お待たせしましたわ。わたくしがフィリツ家の長女、ナイアと申しま……!!」
私に気づいたナイアに、小さく手を振る。
「? あの?」
「し、失礼致しました。父が待っていますので、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます……やはりフィリツは二人いたわけか」
「は?」
「いえ、何でもありません」
二人いた……?
「ヴィー、どういうこと?」
「サーチが聞いてきた情報以外で、フィリツが有能な面があるという話があったのです。あまりにもかけ離れていたので、別人ではないかと考えていたのです」
「それは間違いなく有能なほうがナイアで、無能なほうが父親ね」
ていうことは、私の出番ってわけか。
「ちょっと! ちょっとサーチ!」
「へ? ナ、ナイア?」
「どういう事ですの!? 貴女、冒険者だったのではなくて!?」
「だから、私達のパーティがリファリス……様に雇われてるのよ」
「……あぁ、成程。という事はお互いに吃驚、というわけですね」
私はある程度予想してたけどね。
「しかし、貴女……その格好はいけませんわ……大変危ないですわ……」
「何が?」
「父は……その……大変なビキニアーマーフェチでして……」
知ってます。だから私が来たんです。
「ビキニアーマーの方が前にいると、人が変わります」
「……やっぱり『ビキニアーマーハアハア』みたいな?」
「まだその方がマシです。父は……父は……ビキニアーマーを見ると……」
「……見ると?」
「……変身するのです」
へ、変身!?
「我が一族は人狼でして……」
「ま、まさかビキニアーマー見ると変身する……とか?」
「……その通りです」
普通は満月だろ!
「べ、別に変身したって問題はないでしょ?」
「いえ、大変な事になりますので、ぜひともお止めください」
「そ、そうなの、ヴィー?」
ヴィーは重々しく頷き。
「変身後の人狼はA級モンスター並みです」
マジで!?
……こうして。
私達の企みはあっさりと崩れた。
スケベ人狼。




