第五話 ていうか、髪が黒く戻るまで旅館で缶詰め。
髪の色が元に戻るまで外出は控えることになり、宿に缶詰めになることになった。その間はリジーとドナタが情報収集にあたってくれる。
「流石に白髪は黒髪以上に目立つからね……」
翌朝には戻るだろう……という話だからまだいいけど。目立つから、という理由で露天風呂にも行けないのだ。
「……はあ……ヒマだ……」
……畳の上でゴロゴロしてるしかないなんて……。
チュチュ〜
「……元はあんたのせいだからね? 少しは責任を感じてほしいもんだわ」
チュウ……
同じく目立つという理由で置いてかれた聖白鼠は、私の言葉を聞いてしょげていた。
そう、この白ネズミ、人の言葉が理解できるのだ。流石に「チュウ」以外は言えないが、ある程度は会話が成り立つ。
例えば……。
「そういやあんたってオスなの? メスなの?」
チュ〜チュ
オスで×、メスで○のジェスチャーをする。こんな感じで、身振り手振りで会話ができるのだ。
「そっか、女同士なんだ……なら一緒にお風呂入らない?」
チュチュウ!
聖白鼠は勢いよく頷いた。お、話せるじゃん。
「……ていうか、あんたにも名前がいるわね……」
いつまでもネズミ呼ばわりじゃあね……。
「ん〜……よし、チュウ子」
ヂュウウ!
あ、怒ってる。流石にイヤか。
「ならジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ……」
ヂュウヂュウヂュウウ!
私の肩の上で、後ろ足をピシピシと地団駄して怒ってる。ふふ、可愛い。
「わかったわかった。なら白からとってハクね」
チュチュ? チュ〜…………チュ!
頷いた。どうやら気に入ったようだ。
「はい、決まり。ハクにネズミのミを付けて、ハクミで決まりね」
チュ!?
「たぶんエリザ辺りが『ん』を追加するだろうから、呼び名はハクミんね」
チュチュ!?
肝心のハクミんは頭を抱えてるけど……まあいいか。
そんなに大きくはないけど、露天風呂は露天風呂。やっぱり最高♪
「ふぁあぁあぁ………生き返るぅぅ……」
……チュ
「何よ、熱いの?」
チュチュ! チュ〜チュ〜!
「えっと、何々………あ、深いって言いたいのね」
チュ!
なら目玉おやじ方式。魔法の袋から器を取り出すと、お湯をいっぱい入れた。
「はい。これなら問題ないでしょ」
チュウ!
ハクミんは喜んで器にダイブした。
ぽちゃん!
チュチュ! ……チュ〜チュ♪
ぱちゃぱちゃぱちゃ
……ど、動画撮りてぇ。めっちゃ可愛いやん……。
「ネズミなんて嫌われモノだけど、清潔で愛想があれば可愛いもんね〜……危うく殺鼠するとこだったのに」
ヂュウウ!?
「あ、もうしないわよ。あんたはドナタの使い魔みたいなもんだし」
チュ、チュ〜……
いかにもホッとしたような鳴き声を出すハクミん。あかん、可愛すぎやん。
ガラッ
ん? 誰か入ってきた? 近くには気配は感じられなかったから、男湯か。混浴が普通のこの世界で、珍しくこの旅館は男湯女湯と分かれている。
「いやぁ〜、広いな。これは入りにきて正解だったな!」
「噂には聞いてたんだが、男女別々だと気兼ねなく入れるしな」
「あ〜、言えてる言えてる。男が入ってきた途端に出ていかれたりすると、こっちも気分的に嫌だしな」
……ま、どの世界でも共通よね、こういうことは。
「たまの休みだし、少しは羽根を伸ばしたいな」
「全くだ。ただでさえ〝血塗れの淑女〟の反乱で治安が悪化して、関係ない俺達にまでとばっちりがあるくらいだってのに」
「上の連中が誰と戦おうと知ったことじゃないが、下っ端まで巻き込むなっつーの!」
ん? こいつら、私達が忍び込む先の兵士……?
「フィリツ様も何を企んでるんだか。綺麗な顔してやる事は悪辣だからなぁ」
「こら、仮にも俺達の雇い主だぞ! 少しは言葉を慎め!」
「そういうお前だって『仮にも』とか言ってるし」
……あんまりマジメに仕事はしてないみたいね。
「お前はいいよなー。ちょっと剣の腕が立つからって、フィリツ様の近衛になったんだろ? 将来を約束されたようなもんじゃねえか」
ん!? 近衛!?
「バーカ。お前らが不真面目なだけだよ。俺は努力で今の地位を勝ち取ったんだ!」
「ただ単にフィリツ様が面食いなだけじゃねえか?」
「あ、その可能性もありか。奥さんもいるんだから気を付けろよ?」
「うーるーせー! お前らもちゃんとフィリツ様を敬え!」
……奥さんもいるんだから気を付けろ……って……兵士に? そのフィリツってのに? 場合によってはフィリツと兵士の男×男の可能性も……?
「さて、そろそろ上がるか。風呂上がりの麦芽酒は最高だからな」
「あ、俺も俺も!」
「……俺は珈琲牛乳派だな」
……私は前者だな。
「ひひひ。あんまり出世するヤツには、白い髪の女が真夜中に……ひぃああああああ! お前の後ろにぃぃ!」
「うぎゃああああああ! 止め、止めろおおお!」
「あははははは! お前、相変わらずオバケが苦手なんだなあ!」
「う、うるせえ! た、頼むから止めてくれぇぇ!」
……なーにやってんだか……。
「それにしても、髪の色、早く戻らないかな〜……」
背中まで伸びた髪を弄くりながら、私も風呂を出た。
「……白い髪の女……か」
「ぐぅー、ぐぅー」
「……うぅ……こいつら、驚かすだけ驚かして、先に寝やがった……」
メキッ
「ひ!? あ、あれは家鳴りだ。よくある現象だ……」
メキメキッ
「ひぃ!」
ギギ、ギィ〜
「ひぃぃぃ!」
ズル……ズル……
「な、何の音だ……?」
ズル……ズル……
『……う〜ら〜め〜し〜や〜……』
「っ………!! し、白い髪の……ひぎゃああああああああ!!」
『……黙れ』
「は、はぃぃ!」
『……お前……ワシに取り憑かれたくなければ……聞かれた事に答えろ……』
「ははははいはいはいはぃぃ!」
『嘘をついたら……わかってるねぇ?』
「わかわかわかわかりましたあああ!」
『よぅし……なら、まずは城の構造を……』
「ふぁぁ……よく寝たなぁ」
「おっかしいな〜? 夜中に飲むつもりだったのにな〜?」
「……ていうかよ……こいつ、白目剥いて寝てるぞ……」
「おまけに泡まで吹いて……お前、夜中に驚かしたんじゃないのか?」
「いや、やってないが……?」
「ふぅ〜、洗いざらい吐いてくれたわ」
眠り毒で近衛兵以外を眠らせてから、オバケに変装して脅しまくったんだけど……思いの外うまくいった。
城の構造から罠の位置、兵士の巡回経路に時間……これだけわかれば攻略したも同然ね。
「これもハクミんが私の髪を白くしてくれたおかげね。ありがと♪」
……チュウ?
「……何で外に出てないサーチ姉の方が、私達より情報を知ってるの?」
「さーちん、すごい〜」
髪が白い貞子風。




