第二十二話 ていうか、何故かソレイユが私のトレーニングに付き合うって言うんだけど……?
院長先生が退却したことによって、私達の勝利が確定した。
「エカテルさ〜ん、ありがと〜〜!」
……とても敗走とは思えないくらい、満足感たっぷりな表情だったらしいけど。
「……というわけで、サーチからの頼まれ事は完璧にこなしたわよ」
ニコニコと戦果を報告にきたソレイユに……私はキレた。
「……ど・こ・が・カ・ン・ペ・キ・な・の・よ!」
「へ!? ちゃんとヒルダを撃退したじゃん!」
「撃退したのはエカテルの痩せ薬でしょうが!? あんたはただ院長先生とズルズルと戦争してただけじゃん!」
「な、何で怒るかな!? アタシも一生懸命戦ってたんだよ!?」
「私が言いたいのは動機が不純だってことよ!」
「ダイエットという崇高な願いが、不純だっていうのか! 世の中の悩める乙女達に謝りなさい!」
「ダイエットそのモノを否定してるんじゃないわよ! 戦いをダイエットの手段として考えるなっつってんのよ!」
「そ、そんなの太らない人にはわかるわけないわよー! サーチったら全然太らないじゃない!」
「何を言ってるのやら。私だって太るわよ」
「嘘だ嘘だ嘘だああ! サーチったら、アタシと出会ってから全然体型が変わらないじゃない!」
「それは日頃の努力のタマモノよ」
それを聞いていたヴィーが、めっちゃイヤそうな顔をした。
「サーチの朝の訓練ですか? 確かにあの内容でしたら、体型の維持は可能でしょうが……」
「あら、へヴィーナはサーチに付き合った事があるの?」
「はい、一度だけではありますが」
「そうなのよ。あれ以来ヴィーは絶対に私の朝練には付き合わないのよね……。たまに一緒にやるエリザやリジーより、よっぽどいい線いってたわよ?」
「あ、ありがとうございます。でもモンスターの私じゃなければ、付いていけなかったかもしれません」
「……なら、魔王のアタシなら、へヴィーナより付いていけるって事かな?」
「そ、それは…………私からは何とも……」
「ふっふっふ……よぉし、サーチ! 明日からアタシもそのハード朝練に付き合ってあげる!」
「へ?」
「えええっ!?」
ヴィーと顔を見合わせた。で、お互いに頷き。
「「や、止めたほうが……」」
止めることにした。
「何でよ!?」
何でよって……私がめんどくさいからに決まってるでしょうが!
「魔王様、サーチの朝練のメニューは、その人によって内容がガラリと変わります。決して楽なモノではありませんよ?」
「トレーニングが楽だったら意味ないじゃん。それぐらいはアタシだって覚悟してるよ?」
「いやいや、そんなレベルでは……」
必死に止めるヴィーの脇で、だんだんとソレイユ用のメニューが組み上がってく。私の思考回路が恨めしい。
「……ですから、魔王様……」
「しつこいよ、へヴィーナ! これはアタシの正当な報酬なんだから、黙ってて!」
報酬……ね。そういえば今回の加勢の報酬、まだ話してなかったっけ。
「ソレイユ、私との朝練が報酬でいいの?」
「うん、それがいいの」
……報酬としてお金払うことになるより、断然出費は抑えられるわね……。
「……わかったわ。ちょうどソレイユ向けのメニューも考えていたところだし、もうちょっと詰めてから」
「へ? サーチと同じメニューでいいじゃん」
「「……は?」」
「? ……何よ? アタシは魔王だよ? サーチのトレーニングに付いていけないわけないじゃん」
「えっと、あの………非常に厳しいと思われますが……」
「……なぁに、へヴィーナ。魔王であるアタシが……言い方悪いけどゴメンね、サーチ……たかが獣人の訓練に後れを取ると?」
「い、いえ、決して魔王様を侮っているわけでは…………サーチぃ」
「エイミアのマネしないでよ。わかったわ、私と同じメニューでいいのね?」
「OKOK! そのメニューは勿論効果はあるのよね?」
「そうね………脂肪は確実に落ちるけど……ちょっとすり減るかな?」
「は? 何が?」
……精神的に。
次の日の朝。
いつものトレーニングウェアに着替えた私は、スラムの端でソレイユを待っていた。
「……遅いぞ〜」
「あ、あんたね! 昨日の夜にあんだけ飲んで、何でそんなに平気そうなのよ!?」
「何でって……酔ったことがないからわかんない」
「……もういい。それより……その格好で走るの?」
私のトレーニングウェアはビキニに近いくらいのヤツ。だって、私だし。
「ま、動きやすい格好なら何でもいいわよ」
「ん〜……よっし、アタシもサーチと同じヤツにする!」
ソレイユがパチンと指を鳴らすと、いつもの黒衣は私のトレーニングウェアの色違いに変化した。
「それって……魔力で編んであるの?」
「へっへーん。アタシお手製の魔力衣なのだ」
……魔力のムダ遣いだと思うけど……まあいいか。
「なら最初はランニング。ただし≪偽物≫で足に錘を付けてね」
「お、錘!? 結構ハードなランニングだねぇ」
「あ、でも困ったな。私の≪偽物≫でソレイユには錘を付けられないか」
「無問題♪ アタシだって≪偽物≫くらいできるのだ……それ!」
再びパチンと指を鳴らすと、ソレイユの両足に錘が付いた。
「へっへーん。≪偽物≫はサーチの専売特許じゃないよ♪」
「……あ、この金属はダメ」
「へ?」
「重力石じゃないと」
「はあああああっ!?」
「ほっ、ほっ、ほっ」
ズシーン! ズシーン!
「ちょ、ちょっと待ちなさいいいっ!」
「ほらほら、魔力の集中が足りないわよ」
重力石は、空気中にある魔素を重力に変換する力がある魔石だ。もし人間が持ったりしたら、変換された重力によって押し潰されてしまうだろう。それを避けるには、自らの魔力で重力石をコーティングし、魔素の変換を阻害しなければならない。
……つまり、走ってる間ずーっと重力石に魔力を集中してないといけないわけで……。
「く……! ぐ……!」
繊細な魔力コントロールに慣れてないと、走ることすら難しい。つまり繊細な魔力コントロールの訓練にもなるのだ。
「ほらほら、針の穴に糸を通しながら走るイメージよ」
「無茶苦茶な事言うなぁぁぁ! ぐぅ、くぅぅぅ!」
繊細な魔力コントロールというより、ほぼ自力で走って付いてきた。さすが魔王様。
「ぜひぃ、ぜひぃ……」
「はい、次は筋トレ。これで朝練は終わりよ」
「き、筋トレね………ま、まさか、さっきの錘を付けてやる……とか言わないよね?」
「は? 何言ってんのよ?」
「だよねー、もう付けないよねー」
「さらに増やすに決まってるじゃない」
どしゃあ!
……魔王は倒れた。
このトレーニング、魔力がもともと少ない私が、魔力のムダ遣いを防ぐために開発したモノだ。
今は羽扇が魔力の肩代わりをしてくれるので、必要ないんだけど……繊細な魔力コントロールを身につけると、いろいろと細かい芸当ができて便利なのだ。だから今も続けている。
「……く、ぐ!」
「はい、二十。あと三十回だよ〜」
「う、うぅぅ……サーチが鬼だああ!」
「何回も言ってるけど、ちゃんと重力石に魔力を通せば、重さなんて何も感じなくなるって」
「無理だああああ! アタシには無理だああああ!」
……どうやら魔王様、細かい作業は苦手だったらしい。
それ以来、ソレイユが私の朝練に付き合うことはなくなった。
魔王様、翌朝全身筋肉痛に泣く。




