第八話 ていうか、スラムにとけ込んで情報収集! ついでに真っ当に働いて稼ぐんです!
「おっはよー」
「おはよ。見ない顔だけど新入りかい?」
「うん。この間まで盗賊やってたんだけどさー……足を洗って煙突掃除の見習いを始めたんだ」
「煙突掃除かい!? 危険じゃないのかい?」
「そうなんだけどね〜……。家には食い盛りが二人いるし、遠くにも残してきてるから、たくさん稼がないといけないのよ」
「……子供かい?」
「違う違う。私は孤児院出身でさ」
「……そうかい……苦労してんだねえ……」
「別にどうってことないよ。それに私みたいな出稼ぎって他にもいるんでしょ?」
「そうさねぇ……」
……こうして朝の市場で、いろんな情報を収集するのだった。
「うぅ〜……流石に良心が痛む……」
さっきの果物屋のオバちゃんは、リンゴを紙袋いっぱい詰めて私にくれた。情報収集のためのウソを全て信じちゃったのだ。
「……今度何か買うときは、あのオバちゃんから買うようにしよう」
後日罪悪感から私は、あの果物屋の常連と化すんだけど……今から思えば、オバちゃんの思うツボだったような気がする。
「さて、それよりお仕事お仕事♪」
高い場所に慣れてる私は煙突掃除、『力』が強いエリザは荷物運び、聖術が得意なヴィーは占い師。特に顔を隠したいヴィーにはうってつけの仕事だ。
「ていうか、ここまで貧窮してたとはねえ……」
あまりに情けないグリム達のことが浮かび、ため息をついた。
「……金がない?」
エイミアを見送ってから一週間。日に日に貧相になっていくご飯の理由を聞いたら、グリムの口から飛び出したセリフが……。
「ない。軍資金はとっくに尽きた」
……だった。
「……あんたさ、スラムのトップに上り詰めたんでしょ? みかじめ料を巻き上げ放題じゃない?」
「みかじめ料は犯罪だぞ!?」
「犯罪かどうか気にするようなヤツが、スラムのトップ張ってんじゃねえよ!」
そんなこと言ってたら、私なんかどんだけ不法侵入してるやら。
「それがイヤなら真っ当に働いて稼げばいいじゃない!」
私の何気ない一言にグリム達はハッとなり。
「「「それだ!」」」
……と声を合わせた。ていうか、早く気づけよ。
……というわけで、言い出しっぺの私も巻き込まれ、こうして真っ当に仕事をしているのだ。ギルドに仲介してもらった仕事だから、違法性はない。
ちなみにではあるが、この町のギルドを牛耳っているのは当然古人族。だから獣人差別は当たり前のように横行していて、私達には「危険でキツくて給料安くて」……つまり3Kしか回してもらえなかった。
「ま、安くても数さえこなせば、それなりの金額は貰えるんだけどね……はい、これで十本目終わり〜」
スルスルと煙突を降りてくる私を見て、あんぐりと口を開いたままの親方。
「……あの……?」
「……初日から十本だと……? しかもカンペキな仕事内容……」
「は、はあ。ありがとうございます」
「おい、お前! このまま永久就職をぶぐぅおわ!」
「会った初日からプロポーズすな!」
「い、いててて……ち、違う! 正式に社員にならないかって言ったんだよ!」
まぎらわしいわ!
今日の給金を貰って鼻歌混じりで歩いていると。
「お、サーチんやん。もう仕事終わったんか?」
……山のような荷物に声をかけられた。
「エ、エリザ?」
「何や、どうかしたん?」
ズシン、ズシンと地響きを鳴らして歩くエリザの両肩には、エリザの身長の十倍近く積まれたレンガが揺れていた。
「お、重くないの!?」
「楽勝やな」
「ゆ、揺れてるわよ!?」
「無問題やな」
マ、マジっすか。ていうか、周りの住民、揃ってドン引きしてますよ。
「……ま、大丈夫ならいいんだけど……」
「ちょいと、ちょいとそこのトップレスねーちゃんんぎゃごぐぇ!?」
「誰がトップレスよ!?」
「おいおい、ウチの雇い主に暴力振るわんといてぇや」
あ、そうなの?
「それはごめんあそばせ……って失神してるわ」
「そりゃあんだけ強う蹴れば、男やのうたって失神するで!」
ギャラリーの男達は全員頷く。全員同情の視線を向けているのが生々しい。
余談だけど、女だって股間を蹴られれば痛い。
「あー……何か話があったみたいだけど、どうしようかな……」
「どうしたのですか?」
背後から聞き慣れた声が……!!?
「……何故後退さるのですか、サーチ?」
「ヴィ、ヴィー! 頭に変なもん乗せないでよ!」
「え? この方が占い師っぽく見えませんか?」
頭に牛の頭蓋骨を乗せてる占い師なんて、聞いたことないわよ!
「お客、全然来なかったんじゃない?」
「そうなのです。何故でしょうか?」
……ヴィーのセンスって、もしかしてズレてる?
「あ、それよりいいタイミングだわ。このボロ雑巾を治療してくれない?」
「……路上で股間押さえて泡吹いてる男をですか? どう考えても女の敵の末路にしか見えないんですけど?」
「……そう言わんといたって。一応はウチの雇い主やねん」
「そうですか。ならエリザに免じて……≪極小回復≫」
……極小ってとこに、ヴィーの気持ちが表れてるわね。
「……う、ぅぐ……い、いてえ、いてえよぉ〜……」
「はい、会話をできる程度には回復しておきました」
「……まあいいか。ねえ、あんた私に用事なわけ?」
「いてえよぉ〜……いてえよぉ〜……」
「……ヴィー、もうちょい回復して」
「……はい。≪極々小回復≫」
「う、うぅ……いててて」
「会話できそうね」
「あ、てめえ! いきなり何しやがんだ!」
「人に向かって『トップレス』呼ばわりしたあんたに言われたくないわ!」
「だったらビキニアーマーで歩いてんじゃねえよ!」
……おい、ギャラリーの男共、一斉に頷くな。
「ていうか、エリザまで頷いてんじゃないわよ! ヴィーもよ!」
「あ、堪忍堪忍」
「すみません、つい……」
「……たく。で? 何の用なの?」
「ふん、トップレスの変態に言うことは「オネェの扉を開いてみる?」……何でもありませんごめんなさい」
男は股間を押さえて後退さった。
「で!? 何の用なのよ!?」
「あ、ああ。あんた達グリムさんの仲間だよな?」
「…………そうだけど」
「何で嫌そうな顔をしてたのかは聞かねえよ。グリムさん達の居場所はわかるか?」
「グリムは……確か土木作業をしてるはずだけど」
「ちょっと待て。仮にもスラムのトップに君臨してるヤツが、土木作業だぁ!?」
「いろいろあるみたいだから、察してあげてよ」
「……まあいい。それより古人族の連中が、グリムさんに用事だって言って訪ねてきてるんだが」
……ついに来たか。
サーチがお金を貸せば済む問題。




