第一話 ていうか、どうにか忍び込みたいけど、結構警備がキビしい……。
「さてさて、まずはエイミアをどうやって奪還するかです」
「ふむふむ」
「……へ〜……」
私達はスラム内で宿を探したけど、旅館はやっぱりなかった。なのでグリム達のアジトの部屋を一室占拠……もとい借り受けた。
「まずオキロの町は外苑区、内苑区、そして中央の三つの区に分かれてまして……」
「ふむふむ」
「……ほへ〜……」
真ん中に位置する中央に皇城があり、その周りをグルッと壁が囲んでいる。その壁を囲むように貴族達がすむ内苑区が広がり、それをさらに壁が囲み、その外側に外苑区が……ってどっかで見たような町の構造ね。
「当然壁には多数の警備隊が配置され、常に厳戒態勢が敷かれている。正直今回は私でも侵入の糸口すら掴めてない」
「ふむふむ」
「……ひへ〜……」
「……ふんっ!」
びゅ!
投げたチョークが空を斬る。
びしぃ!
「いてえええ! な、何すんねん!」
「あんた話聞いてなかったでしょ!? 適当に相づち打ってただけでしょ!?」
「そそそそんな事あらへん! 濡れ濡れ衣や!」
「めちゃくちゃ動揺してるじゃない!」
「うぐ………そ、そんなん言うたらヴィーかて同じやんか! ずーっと『ふむふむ』しか言うてへんで!」
「お言葉ですがエリザ、私が何も聞いていなかったという事実無根な事を主張するのなら、それなりの証拠はあるのでしょうね?」
「しょ、証拠!? 証拠はあらへんけど……」
「ならば大変に遺憾ですね。即刻撤回を求めます」
「いや、あの……そ、そうや! ヴィーがちゃんと話を聞いていたっちゅー証拠はあるんか!?」
うわ、またムチャなことを言うわね。
「その主張は水掛け論の始まりになるだけですよ?」
「で、でも、ヴィーがちゃんと聞いてた証拠が無いなら、ウチの事は言えへんで!!」
かなり強引な論法だけど、的は得ているか。
「証拠はありますよ」
「「……へ?」」
「サーチが話していた事は一字一句違わずにメモしてあります……ほら」
「…………」
絶句するしかなかった。確かにヴィーのメモには、私がしゃべったことがビッシリと書かれている。しかも『この角度の表情がグッド』『この視線に萌えます』とかいう意味のわからない注釈付きで。
「……確かに一字一句違えてないわね。しゃべった本人が言うんだから間違いない」
「うぐ……」
「……無用な疑いをかけられて、非常に遺憾であります」
「……」
「非常に遺憾であります」
「……」
「遺憾であります」
「……」
「遺憾です」
「堪忍してえな」
……ヴィーの遺憾砲は効き目抜群。
最初に説明した通り、この町は三重の防壁に囲まれた特殊な形状の町だ。壁の上部には見張り台が置かれ、二十四時間態勢で警戒網が敷かれている。
「大体50m間隔で見張り台が置かれてますね。厳重と言えば厳重ですけど、無駄と言えば無駄ですね」
そうね。全部配置したらかなりムダよね。
「やったら大半は見せかけやな。予め警備隊がいるかを確かめてから侵入すればええやん」
「そうね……これは時間をかけて様子みましょう」
「ん? ぶっつけ本番でもええんやない?」
「あーダメダメ。一週間くらいは様子を見ないと危険だわ」
「……罠……ですか?」
「罠言うたって、物理的な罠ならサーチんが解除できるやろ?」
「私は罠探知機か! ……まあできるけど」
「やったら問題ないやん。心配しすぎちゃうか?」
「私が心配してるのは物理的な罠じゃなくて、侵入を外部に知らせるタイプの罠よ」
私の言葉を聞いたとたんに二人はハッとした。
「そうか、ウチらが侵入したんバレたら……」
「街中の警備も厳しくなりますから、かなり行動が制限されますね」
「その場で警備隊に見つかったくらいなら、まだやりようがある。だけど侵入自体を大多数の人間に知らせるような罠があると、ほとんど身動きがとれなくなっちゃうのよ」
暗殺は対象自身が狙われてることを自覚した時点でほぼ失敗だ。今回はそれと同じことが言える。
「だから一週間くらいかけて調査して、常に警備隊が詰めている見張り台を割り出すの。あとはそこの交代の時間を狙って忍び込むのよ」
「成程、警備隊がいるという事は、逆に罠がないという事の証明なのですね」
「そういうこと。だからしばらくは足場固めから始めるわよ」
エイミアはある意味人質だから、できる限り慎重にならないと……。
……が。
「……どうだった?」
「いえ、駄目です」
「ウチもやわ」
……まさか……まさか……こんな事態に陥るなんて……!
「……どないする? やっぱ強硬突破するか?」
「うーん…………単なる怠慢なのか、私達の存在を察知しての挑発なのか……」
調査を開始してから三日……誰一人見張り台に来ないなんて!
「……完全に足踏み状態ね……」
時間がないってのに……! 焦っちゃダメなのはわかってるけど、何か手はないのかしら……!
「……エカテルを呼んで囮アタックさせようか」
「止めろや! いくら何でも可哀想すぎるやろ!」
「……それは……サーチ、ないですよ?」
……すいません。撤回します。
「ああもう、こんなときに囮アタックさせても心が痛まないヤツがいれば……!」
路上で頭を抱えていると、私の肩を叩く感触を感じた。
「何よ! 誰!?」
「よ。久しぶりだな」
………………………………?
「……誰だっけ?」
「……は? な、何言ってんだよ。俺じゃねえか」
「……エリザ?」
「えっと……フルドラやったっけ?」
「フリドリだよ! 仲間に対してなんつー対応だよ!」
「「……仲間?」」
「……そうだよな、お前らはそういう奴等だったよ!」
ごめんごめん、冗談よ。
「久しぶりね、フリドリ。何で帝都にいるの?」
「何でって……魔神に関する重要な事実がわかったから、早く知らせた方がいいと思って……」
「……念話すれば良かったんじゃない?」
「したよっ!! 全然出ねえじゃねえかよ!」
…………そういえば不明な着信があったわね。ブッチしたけど。
「ホントにごめんごめん。マジで遺憾です、うん」
「遺憾の使い方が変だよ!」
……あ。思い出した。
「フリドリ、あんたの奴隷紋ってまだ残ってるわよね?」
「はあ? 何を言って「残ってるわよね!?」え、あ、はい」
私はエリザに視線を向ける。
「うん、ええんやないか?」
「あの、この方は……?」
ヴィーに耳打ちし、考えを伝える。
「……ははあ、成程。いいんじゃないでしょうか?」
よし、ヴィーも賛同、と。
「フリドリ、命令」
「げっ!」
「あの壁にある見張り台に特攻しなさい」
「そ、そんなああああああ」
抗議の声をあげつつも、足は勝手に進んでいく。絶大なり、奴隷紋の威力。
「止めてくれえええっ!!」
見張り台近くに至った瞬間、凄まじい警報音が響いた。やっぱり。
「フリドリ、命令ー。捕まったときは『下着ドロボーです』って言いなさいよー」
「ちっくしょおおおお! 誰が言うかよおお!」
あらら、逆らいますか。なら最終手段。
「きゃああああ! チカンヘンタイゴーカンマー!」
「……何だ何だ!?」
「お、おい、侵入者だぞ!」
「兵士さーん、そいつは私のお尻を触って逃げたチカンでーす」
「な、何だとお!?」
「引っ捕らえろ!」
「待て! 濡れ衣だああ!」
「フリドリー、絶対命令に変更ねー」
「うぐぁ………下着ドロボーでーす!」
あとで助けてあげるから。ごめんね。
フリドリ、ちゃんと後で救出されます。




